天の国の猛騎兵(ハッカペル)

正典の霹靂

エピソードの総文字数=1,445文字

 聖書は、すべて神の霊感を受けて書かれたものであって、人を教え、戒め、正しくし、義に導くのに有益である。

(新約聖書『テモテへの手紙二』3章16節)

(はぁー……。入学して1ヵ月経つけど友達は出来ず。昼ご飯もずっと1人で食べてるし。このまま寂しい高校生活を送るのかなあ……)
 水野陽太は意気消沈した様子で弁当箱を取り出す。彼は、キリスト教による人間教育を掲げる嗣業学園高等学校に入学してからというものの、全く友達が出来ず、陰鬱な気持ちで日々を過ごしていた。

 休み時間には寝ている振りをして机に突っ伏し、昼休みにはひたすら孤独に耐えるという、砂を噛むような面白みのない日々であった。誰かに声をかけることができたならとは思うが、周囲のクラスメイトがどこか自分よりも"格上"に感じてしまう。そして、誰かに親し気に接するのが"分不相応"に思えてしまい、誰にも声をかけることもできず、日々劣等感と孤独感に押しつぶされるのであった。

(あれ?黒板の前に女の子が一人出てきた。名前は覚えてないけど。一体何しに……。)
 陽太が弁当箱を開け、ほうれん草のお浸しに箸をつけようとしたその時、1人の女子生徒が黒板の前に躍り出た。その名はサイッコラ愛花。長い髪に、目鼻立ちのくっきりした顔。ただしその表情は、何かしらの覚悟を決めたような表情であった。

 愛花は教室を見回すと、突如口を開いた。

お昼ごはん中失礼します!

聖書は聖霊様を通してこの世にもたらされた、神の言(ことば)ですっ!間違いなんてありません!!

 突然そう言い放つと、彼女は黒板に「聖書は神の霊感によって書かれた誤りなき言葉である」と書き、そのまま黒板の横に立っていた。

 数秒の沈黙の後、騒めき出す教室。



(何やってんだよあの子!あんなに激しく黒板に文字書いたら、チョークの粉飛び散るじゃん!昼ご飯食べてんのに!しかも言ってること意味不明だし……。)
サイッコラの奴……何考えてんだ……。あまりに唐突過ぎるだろ。
サイッコラちゃん前から変わってるなって思ってたんだよ。
あれって、聖書科の授業を否定してるってこと……?

先生は、聖書は人間の言葉だから、全部が事実だと思う必要はないって言ってたし。

おいおい先生に対する宣戦布告か~?
唐突に逆らっていくスタイルいいぞ~。よく分からんけど!
 愛花の主張に共感する生徒はおらず、困惑や嘲笑の声が聞かれる。中には愛花の行動を面白がる者もいるが、主張の内容は理解していない。
(うわー、めっちゃ白い目で見られてるじゃん、あの子。そりゃそうだよ。急にあんなこと言って黒板に書いたら、変な目で見られて当然だよね。一体なんのつもりなんだろう。ネタとしても滑ってるし。)
(ドヤァアアアア)
 愛華は教室中からの白い目にも関わらず、自信満々の様子である。

 それが更なる嘲笑を誘う。

 それでも愛華は決して怯まない。嘲笑されればされるほど、愛華の顔は自信に満ち溢れていくようにすら見える。

(聖書科の授業だって、『聖書は多くの人の手によって書かれ、それぞれの記者の意図が反映されている。だから矛盾や時代の限界もあり、全部信じないといけないというものでもない』っていう風に先生言ってたじゃんか。あの子授業聞いてなかったのかな……。)
 その後、愛華は教室を飛び出して騎兵の如く廊下を駆け回り、全クラスの教室に同じ言葉を書き残して回った。


 聖書は神の霊感を受けて書かれた誤りなき言葉である


 この日、愛華は同学年の生徒ほとんどから、白眼視されるようになった。

TOP