第18話 10年ぶりの邂逅

文字数 4,256文字

 深く息を吸う。命を奪うように吸い込む。もはや歓声も嬌声もなくなった、時化た舞台で唯一対戦相手のみが、愉快に唇を歪め頬笑んでいる。

「まっさかあの魔喰いかよ? 本当に本当だったら、俺はここで英雄になれる」

 肩を震わせながら、武者震い。歓喜をあらわに、ゆっくりと近づいてきた。

 戦いのゴングも鳴っていない。

 しかし、もうやることが決まっていた。

 そこに至るまでの工程も、動作も——結果も。

 彼女、マクイには全てがくっきりと見えていた。





 はっ、と息を殴る様に吐き、巨漢の男サルマンが向かう。

 向かう、なんて言葉ではぬるかった。

 刹那。刹那の間で、距離が十分の一。もう数秒で彼女の眼前に迫る腕。もう一度でも瞬きをすれば、死ぬ。

 瞬殺の覇気。そして彼は恐らくその速さでもって、このただでさえ恐ろしい世界で、闘いの場にあえて身を投じてなおも生き永らえてきた。本当の戦人である。

腕が来るか、足が来るか、鬼が出るか蛇が出るか。怯えているだろう。

しかし、

「どうなってる……?」

 届かない。振りきった拳は何も掴まずに空を切る。かような言葉がでたのはその行為を三度繰り返してとどめに突き上げるように蹴りを入れた直後だった。

ちっ、と舌打ちし、背後に回るふりをして、足払い、かわされる。もう一度今度は軸足を狙う。避けられる。背面から正拳を突いたがこれもひらりと雲の如く躱される。

疑問が口をついてでた。おかしい、と。からくりを探した。

サルマンが見たのは、まず彼女の動きだった。まるで自分の動きを予め知っているかのような動きだった。それを確かめるため、連撃を放った。

全弾回避。疑問よりも何故か全て回避されるという異常が彼にヒントを与えた。

 魔法以外にこんな面妖な術はない。すぐに解析しようと、いったん距離を取る。

 が、しかし。

「ぐっ!?」

 強烈な頭部の圧迫を感じた。そして揺らぐ視界。

なんだ、と思う思考すら麻痺していく。回る世界。ついに彼は膝を突き反転して仰向けになった。

そしてその口から驚愕のセリフを吐いていた。

参ったと、降参のサイン。そしてそのまま彼は動かなくなった。

すぐにも、ざわつく観衆と、それを制するように張り上げる運営側の声。

「さあてお次はこうはいかないぜ。残るは2戦だ。生き残れるか!?」

 しかし、続く2戦目は開始早々で正面にむけて盛大に倒れた男が今度はそのままぐうぐうと爆睡するという笑い話にもならない珍騒動があり、合間で一戦挟んで3戦目でそのまま決勝となったが、何かおかしいと観衆が騒ぎ出した。

「そいつはそもそも本当に魔喰いなのか!? フードを取れ!」「貴様等イカサマしてんじゃねえのか!?」「茶番みにきてんじゃねえんだよ! くそがっ」顔も見えねえいかさま野郎に何負けてんだ!? ガキの遊びじゃねえんだよ!」

一人が騒ぐとたちまち全体に波及した。そも、魔喰いが何者か、なんであるのか、地域によっては噂ばかりが独り歩きしてあまり馴染みがないことも手伝って、八百長試合ではないかと疑心暗鬼を生じていた。

「まあ待ちな。じゃあ、こうしよう。奴を倒すのは俺だ」

 どよめいた。

「元々奴に金払うのは俺達なんだ。ムダ金は使わない主義でね。主催の俺が引導を渡してやるよ。そもそも最後には俺と死合って勝った者だけにファイトマネーとは別に賞金をだす仕組み。御存じの通り、死ぬまで俺の一人勝ちだ」

 ばっと躍り出たのは天からだった。天井に無造作に開いた穴。そこから飛び降りて円の中心に着地。

「最後の試合だ! ベットはマックスでいいな!?」

その声こそ、先刻まで闘技場でずっと張り上げられていた声。その声に負けじと、どっと甲高い声が連なる。最大級の歓声があがる。

 そして、本当の獣が、吠えた。

 主催の男は相手が何を用いていようと、気合いと覇気で全てを蹴散らすつもりでいた。

 実際に目で見た。耳で聞いた。噂で聞いた。嗅覚でも確かめた。しかし、どうにもぴんとこなかった。男が女に負けるなんて、ありえないと。

 あんな骨と皮しかないような細い女が、仮に魂ですら負ける気はしないと、彼は思い、実際に途中まではよかった。1戦目と同じく、躱し躱され軟体生物のように避ける女にしかし彼は微塵も負ける気がせず、むしろ彼女が力尽きるまで、この回避行動を続けてやり、疲労で動けなくなったところで、叩き潰すつもりでいた。

 本当にそのつもりで、彼は一度天井近くまで飛びあがり、周囲のどよめきも他所に体重で加速した剛腕をお見舞いするつもりでいた。

 落ちたところは彼女の何故か背後。またも躱された。でも問題ない。拳を落とした箇所は衝撃で小さなクレーターができていて拳が半分埋まっていたが、すぐに引き抜き、今度は足で、とプランがあった。

 はずだった。

固まっていた。

石のように動かず、近づいたまま、目の前でぴくりともせず。

 あれだけ沸いていた観衆もしんとする。

「なん……こりゃあ」

 その無防備すぎる姿にマクイが、同情するような顏をしていた。

 何が面白くていきなり敵の面前で固まりだしたのか、皆々疑問が尽きないだろう。

 主催の男もまた、当然のように疑問を口にし続ける。

 何故、口だけは動くのか。当然、彼女が操っていたからに決まっている。







マクイは目を見開いた。

彼女の魔法は、相手の感情を操る。

 他人の思考を口の中で踊るゼリーのように転がせる。

 主催の男の表情が次第になくなっていく。彼女がそうなるように思い描くと、そうなる。

 しかし、さすがの強者か、身体が僅かに震えていた。抗っている。それに内心驚いたすきに、主催の男の身体が動き出した。

今が好機と。

「さすがだな……こんなことができたのか」

ただし、動けたとはいえ、もう掌の上。いつでも倒せる。いつもの恨み言かと。後退しつつも彼女は黙っていた。

「なんかいえよ、おい! マクイ!」

しかし、彼は、最後にその言葉を残して、泡を吹いた。

 動けない。つまり、呼吸も止まっていた。それに気づいていたから主催の男はあれほど必死に動こうとしていた。

彼女——マクイの魔法は、つまり人を間接的に確実に殺す。

そうして、マクイはため息を死ぬほど深く吐いた。声が出て、気付けば短い嗚咽になっていた。

そもそも何故こんなことになったのか。

 魔喰いにはすべからく得手不得手がある。

 感染した魔喰いは、感染元の相手の能力から得意な魔法能力の一部を譲り受ける。そうして段階的に、得意な能力を譲り受ける形になると、最終的に得意な魔法がなくなり、その者は暴走する魔喰いという災いの種のみを残す形になる。

 彼らの魔法は魔喰いという首尾一貫した意志により、すべからく支配され、操られ、そして時に国に大地に世界に大いなる災いをもたらしてきた。

 魔法の暴走によって、である。

魔法とは本来が、希望を叶える夢のようなもの。

 しかしコントロールしている感情そのものを自他を問わず、得意魔法としている人物がいたら、どうか。

 彼女の得意は自他の見境なく感情のコントロール機構そのものをいじる魔法であった。

 きっかけは彼女自身ですら覚えていない。

 育て親の老婆にマクイと呼ばれていたことはよく覚えている、

 当初はとても愛されていた。しかし日毎に赤子の彼女をあやすその声や顔が、その目が、笑いの目や声ではなく、狂気に満ちた殺意に変わっていたような記憶がある。

 そう彼女には赤子の頃からの記憶があった。

 彼女がよく覚えているのは、まだ生きていた頃の老婆の最後のセリフである。

「お前は生まれる時代を間違えた。お前は生まれてはいけない忌み子だった。わかっているとは思うが、お前の恐れや不安、その怒気すらも人を殺す。お前はもはや人ではない。人を食う魔。元来お前の持つ魔法は先祖代々から守り刀じゃった。それがお前の出現で色を変えた。希望を叶える魔法すら食うお前の不安という魔法。つまり魔喰いじゃ。それはいずれお前自身の命すら奪う。こんな嫌なことを言うわしが憎いか? ならころせ。この老いさらばえ、枝のように弱い足腰の婆を殺して、お前は、真にマクイとなれ」

 以降の事柄は記憶にない。気づいたら、牢屋にいた。数々の牢屋を転々としていた。

 歪な魔法で自分の感情すら殺していた彼女は、しかしその魔法と周囲の人間の悪意で彼女自身の封じた不安をさらに激増させ、無尽蔵に恐怖を発生させた。

そんなただでさえ、疎まれ恐れられ、排除されるようなその能力を王族の外の人間に知られたのはいつの日の事か。

もはや記憶すら薄い過去の事柄にいつまでも魘されて、魘され続けてこんなところにいた。行きついた。

敵として与えられた戦士たちがマクイの前で次々に倒れていた。

観衆が既に半数になっていた。

危険を察知した人々が、次々に外へ外へと逃げ出す。

それでも居残った人間達は余程タフなのか恐怖を知らないのか、何も言わずにただ茫然とみている。それはもはや、この場で何が起きているのか考える頭が麻痺したように。

彼女の精神操作魔法は無意識にも働くことがある。

その最たるは恐怖の暴走である。

逃げる観衆をみて、彼女が何を思い出したのかそれは彼女自身にすらわからない。

ただ俯き、じっと耐えた。

そんな彼女の様子をずっと前から見ている人がいた。呆然と我を失う彼らとは別に、彼の眼には意思があった。思いがあった。感情がはっきりとしていた。自我は確かだった。

 ぽんとマクイの肩に手を置かれる。

「逃げた魚は肝が小さかった」

そんなトンチキな言葉ですら、それをまるでずっと待っていたかのように、彼女はようやく顔をあげる。

ラストの貫かれたはずの胸は綺麗に傷一つなく塞がっている。

理由など知らない。ただ生きている事だけはしっていた。彼の精神が活動していたのは検知していた。

残っていた観衆が、我に返って逃げ出していく。

そんなことには目もくれず、彼——ラストはひたすらマクイの手を引っ張って、言った。

いきなりだけど帰ろうと。

「俺たちの故郷に、きっとあいつらも待ってる」



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登場人物紹介

後々記載するにゃ

実は前に出した分を削除してしまったので再投稿にゃ

因みに吾輩は作中で喋る猫として登場するにゃ

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