第13話

文字数 1,997文字


 それからしばらくして、ぼくたちとイサムたちは教室の後方で合流した。 
「よし、あとは教室の真ん中を調べるだけだ」 
 つっけんどんな口調で、イサムが言う。どうやら、イサムのやつ、さっきの己を自分の中でいまだ、うまく処理できていないみたい。 
 一方で、ぼくは内心安堵の息を洩らしている。いくらなんでも、教室の真ん中には出やしないだろう、とタカをくくって――。
 そんなふうに、一息ついていると、ふいに、ぼくはTシャツの裾あたりに、なんとなく違和感を覚えた。
 後ろから、そのあたりを、だれかが引っ張っているような、そうした感触を覚えたからだ。
 しかもそれと同時に、ねぇ……とささやくような低い声。それが、なまぬるい息と共に、ふっと耳にふれた。 
 ヒ、ヒエッ!!!  
 たじろいで、ぼくは後ずさろうとした。が、足が動かない。身体がピンと硬い棒のように固まって、まるで動かないのだ。
 ただ、頭だけはなんとか働く。その働く頭で、ぼくは突然、考える。 
 はは、これって、出たってこと……背筋がゾッとして、心臓がドキッとして、思わずおしっこちびりそうになる。 
 ねぇ……。
 い、いやだ、いやだ! く、くるな!! くるなアァァァァ!   心の中で、ぼくは、思いっきり悲鳴をあげてしまう……。
 
 
 ねぇ、ったらあ、カッちゃん……。 
 へ⁈ 
 ぷつん、と音を立てて緊張の糸が切れる。
 な、なんだよ、もう……ユウジかよぅ。
 むやみやたら怖い怖いとビビっているものだから、なんでもないことまでも、つい怖いと思ってしまう。 
 もちろん、理屈ではわかっている。ダメだってことは。けれど、やっぱり、どうしても……。   
 改めて、肩でひとつ息をつく。そこでようやく、気を取り直す。それからぼくは低い声で、ささやくように尋ねる。 
 いったい、どうしたっていうの、ユウジ? 
 ユウジも同じ口調で、返す。 
 ねぇ、なんか聞こえない。 
 え⁈ なんかって、なにが? 
 真っ暗闇な中、ぼくは耳をそばだてる。 
 うん⁈ 
 教室の真ん中あたりで、「た……」とかなんとか、はっきりは聞こえないけれど、なにかささやくようなか細い声らしきものが……。  
 う、うん、たしかに聞こえる。 
 で、でしょう。なんて、言ってるんだろう。 
 さあ。なにしろ、かすかにしか聞こえないからね――。
 おい。
 だしぬけに、イサムが、ぼくたちの会話に割り込んできた。いささか乱暴な口調で――。
 二人して、なにぶつくさ言ってんだよ。 
 え! あ、うん……だ、だから、いきなり、声、かけんなって、もう……。
 ぼくは内心不満を洩らし、それから、口を開く。
 あのさぁ、なんか聞こえない。 
 あえて、低い声で、ささやくように、ぼくは訊く。 
 え⁈ なんかって? 
 うん。とにかく、耳を澄ましてよ。 
 わかった……あ、ほんとだ、なんか聞こえる。これ、教室の真ん中あたりじゃないか。 
 イサムはそう言うと、、懐中電灯の灯りを、声のするほうに向けた。
  ぼくも、手にしている懐中電灯の灯りをあててみる。 
 いったい、なに?  
 そう言って、ぼくは首をかしげた。 
 
 
 あ、ラジオだぞ、これ。そこから、なにか聞こえてくるんだ。 
 こんな暗闇の中なのに、イサムは難なく、声の主を言い当てた。それも、確信したように――。 
 ラ、ラジオ? 
 疑心暗鬼ながら、ぼくも目を凝らす。 
 あ、ほんとうだ、ラジオだ。赤い色の。それも、ただの赤じゃない。昼間見た、町村安里画伯のガレージにあった、あの真っ赤なポルシェを彷彿とさせる、そんな赤だ。 
 白い机。その広い天板の上に、ぽつんとひとつ置かれた、真っ赤なラジオ――ふと、既視感をぼくは覚える。ある作品が、にわかに脳裏に浮かぶ。 
 黒いテーブル。広い天板。その上に、ぽつんとひとつだけ置かれた、ティッシュケースぐらいの大きさの真っ赤な箱――。  
 そう、町村安里画伯の、あのシュールな作品……天板の色はちがえど、それと目の前の風景とが、ぼくの中で綺麗に重なる。 
 ただ、ぼくはいまさらながらに、思う。 
 やっぱり、あの作品の良さはさっぱりわからないや、というふうに。 
 
 
 けれど、それにしたって、どうして、理科室にラジオ⁈ 
 ぼくは内心つぶやきを洩らして首をかしげる。 
「おい、ライト」 
 突然、イサムが、ライトの名を呼んだ。
「近くに行って、なんて言ってるか聞いてこいよ」 
 命令口調で、イサムが、ライトに言う。 
「え、ぼ、ぼくが……」 
「そう、ぼくが。いいから、はやくいけ」 
「う、うん」 
 渋々ながら、ライトがうなずく。でもライトは、ためらっている。そりゃ、そうだ。
 それでなくても、ライトは気がちっさい。そこにもってきて、きわめて不気味な、この気配。
 そうした中を、ひとりで行ってこいだなんて、いくらなんでも、かわいそうすぎる……。
 
 
つづく
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み