第6話

文字数 5,345文字

 洞窟の中、作業机の上で赤い髪の人間の女の子、スゥハが眠っている。

「……くー……すー……」

 右手に食べてる途中だった焼き魚の頭を握ったまま。
 寝てる顔は起きてる顔より幼く見える。
 身体も精神もかなり疲労していたみたい。
 ここまでを整理して振り返る。

 森で果実と魚を獲ってきて、果実をスゥハに与えてみた。

「あの、ありがとうございます」
「いいから食べて」

 スゥハが果実を食べてる間に魚の鱗を爪で落として洗って串を刺す。

 創物魔法『塩』

 串刺しにした魚を竈で塩焼きにする。人間は生だとお腹を壊す。
 果実にかぶりついて汁で顔と手をべたべたにしたスゥハに焼いた魚を与えてみる。
 初めはおそるおそる、でも一口食べたら凄い勢いでむしゃむしゃ食べてる。よっぽどお腹が空いていたらしい。
 三匹目を食べてる途中で、

「う、うぇ、あ、うあああああん」

 急に泣き出した。

「うあぁ、ひぐ、え、うあああああん」

 ぼろぼろ涙を溢す。思い出したように手にした魚を口にして、また泣く。
 泣き声が小さくなって落ちついたのかな、と見てたら。
 パタリと横に倒れて寝てしまった。
 せわしない子だなぁ。

 生け贄に出される前の晩は最後の晩餐でパンとシチューを食べた。と、果実を食べてる途中のスゥハから聞いた。僕は魚を焼きながら聞いた。
 ということは、それから三日で森の中でベリーを食べただけ。裸足であの村から三日かけて僕の住み処まで歩いてきたのか。
 よく熊とかに襲われなかったもんだ。
 それで手足も顔も泥だらけで、右足は捻挫して。
 そんなに僕に食べて欲しかったのかな?

 机の上でスゥハが寝ている。この洞窟は人間には寒いんじゃないかな。
 ドラゴンの僕は温度はそれほど気にしない。気にしなくても問題無い。寒いのは嫌いだけど水が凍る程度ならたいしたことはない。
 人間はそうもいかない。寒すぎても暑すぎてもダメ。
 創物魔法『糸』
 作業机の上に糸の塊が出る。
 糸は出せるんだけど、布とか毛布とかは無理なんだよなぁ。
 保温性があるもの、えーと。
 創物魔法『綿』
 これならいいかな?
 綿の固まりを手でほじって穴を開ける。
 スゥハが右手に握りしめてる焼き魚。尻尾を持って取ろうとすると頭がもげた。
 スゥハは寝たまま右手で焼き魚の頭をしっかりと握っている。まぁいいか。
 起こさないように優しく持ち上げて、

「んうぅ」

 なんかぐずってるけど、まだ寝てる。寝てるスゥハを綿の固まりの穴に収めてみる。
 綿の固まりから頭だけ出して寝てる人間の女の子。
 ふむ、なんだろう。これって芸術?
 白い綿の固まりから赤い髪の人間の女の子の頭が生えているようにも見える。
 集めた雪の上に赤いイチゴを置いたようにも見える。

「……くー……すー」

 いや、食べないよ。食べないからね。

 しかし、これからどうするか。
 とりあえず、これからの冬を越すくらいは僕がめんどうをみることにしようか。
 そうなると保温性の高い家、そして食料か。
 それにスゥハの足はキズだらけだった。すぐに破れる薄い皮膚の人間。街の人間は靴を履いてたっけ。
 街の人間の生活を思い出す。

 ただひとりのドラゴンの友人。黒いドラゴンのミレスに引っ張られて人間の街に行ったことがある。

『人間の集めた黄金の場所を偵察しようぜ!』

 ミレスには人間への変化魔法とか教えてもらって、ふたりで人間の振りして街の中をうろちょろしてたっけ。
 トラブル起こしてめんどうになって、ドラゴンの姿に戻って商人の倉庫襲って逃げた。
 ミレスのバカに付き合わされただけなんだけど。
 今思い出すとけっこう楽しかったな。

 なので短い期間だけど人間の街で暮らしたことはある。そこで人間の生活のことは知ってる。
 必要なものは衣食住。
 ランプの明かりを絞って小さくして、スゥハを起こさないように音をたてないように洞窟の外に出る。

 洞窟の前に家を建てようと考えたものの、いちから作るとなると時間がかかる。
 洞窟の近くにある一本の大きな木、太さも十分。これを使うか。
 木は保温性に保湿性も良好。いずれ家を一軒建てるにしても今晩から使える寝床も必要。
 洞窟の中は広くて寒いだろうし。
 木が死なないように気をつけて穴を開ける。雪が積もることも考えて少し高い位置で。
 爪でバリバリと木を抉る。人間の家で二階の高さくらいのところを。
 ここに綿を詰めてリスみたいに過ごせば寒くは無いだろう。
 木の巣穴の中で綿にくるまれるスゥハを想像してみる。
 なかなか良いかも。
 ゆくゆくは広くして暖炉も作る。飲み水を溜める水槽もいるか。いや、持ち運びしやすくするために樽にしようか。
 扉も作ろう。保温効果を上げるために二重扉に。
 窓も欲しい。ガラス窓も二重にして風の強いときは割れないように木窓もつけると三重になるか?
 なんだか楽しくなってきたぞ?
 鼻唄しながらバリバリと木に巣穴を作る。

 これまではのんびりと思い付くままに作っていた。
 僕が納得できるもの、いままで誰も作ったことの無いもの、他のドラゴンが驚くようなもの。
 そんなものを作ろうとして、上手くいかなくてガラクタを作っては捨てたり壊したり。
 目的が無く基準も曖昧なら当然かもしれないけどさ。
 今回は目的が明確だ。スゥハが冬を越せる生活ができること。この一点。
 しかも時間に制限がある。冬が厳しくなる前に。
 長寿で時間に囚われることの無いドラゴンにとって、時間に追われることなんてまず無い。
 僕にとっても初めての時間への挑戦。タイムアタック。期日までに作り上げなければならない。ちゃんと使えるものを。
 これはおもしろい。
 木をバリバリとえぐり抜きながら次のことも考える。
 この地上最強生物、ドラゴンに挑戦させるなんてなかなかやるじゃないか。
 やってみようじゃないか。
 わくわくしてきたぞ。

 扉を作るために乾燥木材と釘と金槌を取りに洞窟の中へ。
 音をたてないようにこっそりこっそり。
 スゥハはまだ寝てる。
 洞窟の中で作業すると音が響いて起こしそうなので、必要なものを外に出そうか。
 木材を持ち上げようとして、

「んむ?」

 スゥハが起きた。
 白い綿の固まりに埋もれてキョトンとしている。ちょっとかわいい、かな。
 白い綿を手でポフポフして、

「……雲の上? 天国?」

 まだ死んでないよ。ここは天国じゃ無い。
 右手を開いて、

「魚の頭、なんで?」

 君がずっと宝物みたいに握りしめてたんだけどね。
 砂糖湯でも飲ませたらしゃっきりするかも。お湯を沸かすか。
 ヤカンを竈にかける。

「ドラゴン様?」
「ユノンだよ。べつにドラゴン様でもいいけれど」
「ユノン様」

 空腹状態で食事したから消化のために血液が内臓にいって、頭に血が回ってないのかな?

「あ、あの、私」

 急にわたわたともがいて綿の固まりから脱出しようとして、足が絡んで倒れそうになる。手のひらで倒れるスゥハをキャッチ、なにやってんの。
 スゥハは僕の手のひらに両手をついて身を起こす。

「あ、ありがとうございます」
「なに慌ててんの」
「あの、ケガも治していただいて、食事も、本当にありがとうございます」
「そればっかりだね」
「それと、食事中に寝てしまうなんて、失礼、ですよね。ごめんなさい」
「疲れてたんでしょ。気にしなくてもいい」
「いろいろお世話になりました。ユノン様のお慈悲、私は一生忘れません」
「恩に着せるつもりは無いけど」
「それでは失礼します。ユノン様に神の御加護がありますように」
「どこ行くつもり?」

 離れようとするスゥハの手を親指と人差し指で摘まむ。

「私はユノン様の迷惑になりたくありません」
「スゥハ、それは僕が聞いたことの答になってない。どこ行くつもり? 森に行って死ぬつもり?」

 スゥハは無言でうつむく。

「僕ががやる気になったからにはスゥハには僕の発明につきあってもらう」
「やる気? 発明?」
「だからスゥハのことは、そうだな春までめんどうを見よう」
「私ひとりだけがユノン様の慈悲を受けるのですか? 村のみんなは?」

 そこまでめんどうはみきれない。でもスゥハも譲らないか。
 村を生かすために自死を選ぶ強情。
 じゃ、言い方を変えるか。

「君は僕への生け贄なんだろう。だったら君をどうするかは僕が決めることだ。僕は君を、そうだな、ペットのように飼うことに決めた。そして僕の発明品の規準設定のためにスゥハ、君に協力してもらう。春まで僕につきあってもらう。スゥハが春まで生き延びることができたら解放する。自由にしていい」
「それは、私がユノン様のお役に立てることでしょうか?」
「役に立つ、というかひとつの試み、実験、かな? そのためにはスゥハが必要だ。スゥハには僕の作ったものを使ってみて、その感想と評価をしてもらう。お世辞とかはいらない。そしてスゥハがここにいれば、村の方も君の食い扶持を心配しなくてすむ。あぁ、スゥハの食料については僕がなんとかしよう」

 スゥハは少し考えて、

「わかりました。卑小な身でどれほどのことができるか。ですが誠心誠意勤めさせていただきます。どうかよろしくお願いします」

 沸かしたお湯を湯飲みに入れて砂糖を溶かしてスゥハの前に。僕ももうひとつの湯飲みで一杯飲む。
 スゥハがどうやって飲むか見てみると、ドラゴンサイズの湯飲みに手を入れてすくおうとして、熱くて手を引っ込める。

「そうやって手ですくって飲んだの?」
「はい。少し冷めたところで。とても甘くてびっくりしました」

 スゥハのサイズの湯飲みも作らないと。その前に一度作るものをリストに並べて優先順位をつけようか。

 少し冷めた砂糖湯をスゥハが手ですくって飲む。砂糖だから手がべたべたするか? 手を洗うのに皿に水を入れて置く。ちゃぷちゃぷと水音をさせて皿に手を入れて手を洗ってる。
 僕は木材でスゥハの身体の大きさに合わせた梯子を作る。外の大樹の巣穴に入れるように。スゥハひとりでも出入りできるように。
 スゥハを両手で持って作業机から下ろす。

「ついて来て」
「はい」

 洞窟の外に出ると夕方。日が落ちる。
 これは今日中には寝室作りは間に合わないか。明日一日で巣穴寝室を実用可能状態に仕上げてみようか。と、なると、

「スゥハには今晩はさっきの作業机で寝てもらうとして、これから冬になって寒くなる。なのでこの木の穴をスゥハの住み処にしようと思う」
「木の穴に、ですか?」
「洞窟の中はスゥハには寒いだろう? これから木の穴の中を人の家の寝室と同様に作る予定」

 木の巣穴まで梯子をかけて。
 中をちゃんと見るためには僕が小さくならないとダメか。
 変化魔法『人間』

 かつての悪友、黒鱗赤角のミレスに教えてもらった人に変化する魔法。久しぶりだけど上手くいってるかな?
 手を動かして足を動かして首を回す。
 はた目には白い髪に白い肌に青い目の人間の青年男性に見えてるはず。
 視線の高さが低くなって変な感じ、地面に寝そべっているような視界の低さ。
 スゥハを見ると驚いて固まってる。

「人に化ける魔法だよ。ちょっと待ってて」

 梯子を昇って僕が掘った木の穴の中に入る。爪で掘ったばかりでささくれだらけで、スゥハが中に入るのは危ないか。
 寝床は綿で、あっちに寝床でこっちに暖炉とか、広さは十分、天井はもうちょっと高くしようか。
 巣穴から顔を出して外を見る。だいたい人の家の二階の窓から見る高さと同じ。
 よっと、飛び下りて着地。

「スゥハ、ちょっと梯子を昇って中を見て欲しい。広さとか高さとか、これから寝室として使うのに何が必要か教えて欲しい」

 スゥハを見ると、ん?
 顔を真っ赤にしてぷるぷると震えている。

「スゥハ? どうしたの?」
「服ー!!」

 スゥハは叫んで顔を手で覆って身体ごとをあっちの方に向ける。なんだ?

「服を着てください!」

 服?

 変化魔法は身体を変化させる魔法。ドラゴンの僕はもともと全裸で、だから魔法で人に化けても全裸なのは当たり前。
 なので今も素っ裸。
 それとも変化魔法が失敗してて、人間の男の裸としてはなにかおかしいところでもあるのだろうか?

「スゥハ、こっちを見て。他の人間の男の裸と違うとこがあったら教えてほしい。変化魔法をかけ直すから」
「だから服をー!」
「いや、人間の服なんて、僕は持ってないし」
「やー!」

 耳まで赤くなって顔を覆って首を振るスゥハ。
 これは、恥ずかしがっているのか?
 裸を見られているのはスゥハじゃなくて僕なのに?
 それにドラゴンの姿のときだって僕は全裸だ。スゥハは僕の裸を見てたじゃないか。
 なんで今さら恥ずかしいんだ?
 変なスゥハ。


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登場人物紹介

ユノン

白鱗銀角のユノン。ドラゴンの中では珍しい一本角。独自の魔法を活かす方法を探る内に、工作好きに。人間とは感覚、習慣、羞恥心が違う。スウハと出会うことで胸の中がモヤンモヤン。

スゥハ

山に下りたドラゴンを鎮める為に、村から出された生け贄の少女。後にドラゴンの聖女と崇められる。過去の経歴から男性には警戒しがち? ユノンの無自覚セクハラに悩まされる日々。

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