特殊性に湧き出す興味――菅原和也『さあ、地獄へ堕ちよう』
文字数 1,134文字
すっかりおなじみの光景と化した放課後。善光寺高校文芸部の部室には京泊孝彦と高崎玲奈がいた。
ドマリー先輩、『さあ、地獄へ堕ちよう』をやっと読んだわ。
破滅的なノワールね。SMとかボディピアスとか、人体に関する描写が徹底的でいっそすがすがしいくらい。個人的には金原ひとみあたりが扱ってもおかしくない題材に思えたわ。
なるほど、そう来たか。俺はこういう疾走感と破壊衝動が融合した小説が大好きなんだ。タフな女性のソリッドな一人称も最高にしびれる。
ノワールが主軸ではあるけど、どんでん返しもきっちり作り込まれているわね。謎の闇サイトはなんのために存在しているか、とか。
そうなんだ……その部分がミステリ的にはおいしいところなんだが、俺は純粋に楽しめなくてな。
この作品は横溝正史ミステリ大賞の受賞作なんだが、刊行前、俺は選評の載った雑誌『野性時代』をたまたま手に取って読んでいたんだ……。
ネタバレってなぜか頭から離れていかないんだよ。だから俺は刊行からだいぶ時間を置いて読んだ……それでも闇サイトの真相がずっと頭の中にちらついて……。
でも、その部分がわかっていても充分面白く読めたんじゃない?
まあな。最初はアンダーグラウンドで戸惑っている主人公がだんだん壊れていく過程がすごくよかった。知らず知らずのうちに泥沼にはまってるんだが、簡単に折れない。後半の行動力なんてすさまじい。窓から飛び降りて人間をクッションにするシーンとか、印象深いな。
そういえば語り手はSM嬢だけど、男性の作者が書くにはすごくハードルが高かったんじゃないかって思わない?
アンモラルな話ならたくさん読んできたから。この作品の場合、舞台や語り手の特殊性が際立っているせいか、作者のことが気になるのよね。
キャバクラのボーイ経験があるらしいからな。実体験も混じってるのかもしれん。
それを聞いて色々と納得したわ。経験は創作における大きな武器だものね。
経験もそうだが、明らかに地力が強いよ。スピード感のある文体と展開、両方を維持したまま書き切るのってすごく難しいからな。
確かに。ラストシーン、主人公のこの先が明るいようにはあまり思えないのよね。でも前向きに終わるから、壮絶な物語のわりには後味が爽やか。
俺はこの締め方でよかったと思うよ。エンドロールの先は読み手が好きなように補完すればいい。
ちなみに次に発表された『CUT』も歓楽街を舞台にしつつ、より謎解きに比重を置いた作品だから、興味があったら読んでみてくれ。
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