第1話

文字数 1,913文字

鼻の奥がツンと冷たくなる聖夜の夜
クリスマスムード一色の街は、幸せそうなカップルや家族連れの人々で賑やかだ

ここは都内の高級ホテルの21階
息を飲むような美しい夜景と、ミシュラン星付きの本格フレンチが売りのフレンチレストラン

最近ではなかなか予約がとれない店の代表格にもなりつつある
広々とした薄暗いフロアには、ジャズが心地よく流れ、店にはロマンティックな雰囲気が漂っている

そんな中、夜景が見える絶好のテーブルに、1組の男女が向かい合って座っている
白いクロスが掛かったテーブルに置かれたキャンドルライトが、踊るようにゆらゆらと揺れる

2人はすでにコース料理のメインである子羊のロティを食べ終わり、
静かにぽつりぽつりと言葉を交わしていた

「おいしかったね」
男性が赤ワインに手を伸ばす

「ほんとね フルコースって少しずつなのに
いつの間にかお腹いっぱいになってるよね」

女性は膝に置いたナフキンで指をぬぐう

ウェイターがテーブルに近づき、
デザートを運んでいいかを確認し、すぐに去っていった

2人きりになると、男性がスラックスの左ポケットから小さい箱を取り出す

この日のために準備をしたダイヤモンドの指輪
箱を隠すようにして両手でテーブルの上に置き、ゆっくりと上の蓋を開けて、彼女の方へ向けた

「僕の家族になってほしい」

女性はじっと箱の中身を見つめる

男性は反応を待つ

「家族になるってなに?」

緊張した空気が流れる

「なにって籍を入れるってことじゃない?婚姻届け出して、一緒に住む」
「法律上で婚姻関係になって、一緒に住んだら家族なの?」

食事をしていた時と表情を変えずに、彼女が問いかける

「どうしたの…何か気に障った?」
「そんなことないよ」
「じゃあなんでそんなこと聞くの?家族は家族だよ」

「まあそうなんだけど
 改めて言われると、『家族になる』っていったいどういうことなんだろうって
 どうしたら血のつながりのない人と『家族』になるのかわからなくて」

「えと ちょっと待ってね」

男性はジャケットのポケットからスマホを取り出し、急いで「家族」を検索する

こんな洗練された場所で、しかもクリスマスにスマホをいじってる無粋な男だと、周りから思われたくないという思いが彼を焦らせた

「出た。『家族とは』同じ家に住み生活を共にする、配偶者および血縁の人々
 だって」

スマホをすぐにポケットに直す

「ありがとう じゃあ単身赴任のお父さんは家族じゃないってことなのかな」
「それは違うでしょ 配偶者および血縁の人々ってのに当てはまるし」
「じゃあ家族が 配偶者および血縁の人々が共同生活をする集団(一時的に共同生活をしていない場合ものぞく)だとしましょう
 あなたはどうしてわたしと家族になりたいの?」

男性の中で様々な感情が渦巻く

『そんなのなんだっていいから早くOKしてくれたっていいのに』

『でも、こんな話し合いにすら一緒に出来ないやつなんて、彼女の夫にふさわしくないよな』

彼は覚悟を決めて『家族』について向き合うことを決めた
女性は、答えに窮する男性を見つめながら、静かに彼の返事を待っていた

『ずっと一緒にいたいから家族になるもんなのか?
 なんでみんな家族になりたがるんだ?』

彼はふと自分の家族のことを振り返った

『一番家族がいてよかったって思ったのいつだろ』

『親父が入院した時だ』
これまでの記憶を頭の中でさかのぼっていくうちに、1つの出来事が掘り起こされた

『親父がガンだって分かった時、俺たち全員で
 面倒みたり、保険の面倒な手続きしたりしたな

 あの時に、家族っていた方がいいんだなって思った
 よりによって誰かが病気の時にそんなこと考えてた』


『「家族」って幸せになるためにあるんじゃないのか…?』

ゆっくりと顔をあげ、しっかりと目を見て男性が口を開いた。

「家族って 多分安全保障なんだよ」
「安全保障?」
「そう安全保障
 幸せになるためにあるんじゃない
 幸せになる土台というか
 出来るだけ不幸にならないためにあると思う」

 「君と結婚して家族になって、
  俺が君を幸せにするなんておこがましいよ
  出来るだけ困った状態にならないようにお互い考えて
  困ってしまった時は、助けあう拠り所になりたいんだ」

「俺は君と そんな関係になりたい」

女性は彼の答えを聞いて、開かれたままの箱から指輪を取り出し、自分の左手薬指に滑らせていく

「なるほど 納得できたかも
 あなたは私を人生の荒波を共に乗り越える戦友でありたいのね」
「なんか物騒だけど まあそんな感じかな」

2人は息を合わせて、グラスを掲げる

「じゃあこれからも よろしくね」
「イエス サー」

グラスが合わさり繊細な高音が鳴ると、それを合図にしたように、最後のデザートが運ばれた
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み