【1時限目】999年浪人中の天使
文字数 2,692文字
―――西暦1999年。
僕の名前はサトル。年齢は29歳。職業は高校生向けの名門進学塾『妄信ハイスクール』講師。大学卒業後に就職して以来、生来のS気質を生かした怒濤のスパルタ教育を行うことで生徒の合格実績をハイペースで積み上げ、『天才塾講師』の名を欲しいままにしていた。
ある日、仕事を終えた僕は帰宅中に不思議な霧に視界を奪われたかと思いきや、『幻界』と呼ばれる異世界に降り立っていた。
こちらに来て間もなく、右も左も分からないまま周辺を徘徊していたところ、レッドブックという天使の姫様が乗るペガサスの進路妨害をしてしまい、『王族に対する不敬罪』で捕まると、そのままスピーディーに事が進み、気がつけば裁判にまでかけられお先真っ暗な状態となった。
ところが、裁判中に日本での経歴を丸裸にされた僕は、塾講師を生業としていた点を評価され、幻界でお手上げの『浪人生』である姫様を『志望校』(界立 異能力総合学院)に合格させることができれば特別恩赦で『免罪』するという司法取引を持ちかけられた。即答で合意した僕は、今日から『異能力総合学院予備門』で姫様の特別講師として働くことになったのだ。
ただこの姫様、噂によると精神面に難があるらしく、それが祟って浪人を繰り返しているらしい。次期国主とは思えない問題児ぶりが気になる所だ。
ちなみに、代々天使の名門貴族が国を治める『レッドブック国』では国主になるための条件として、幻界での最高学歴である『異能力総合学院』を卒業することが義務づけられており、次期国主の候補者が学院への入学を逃すということは国主の座までも逃すことになり、政治的な問題にまで発展する可能性があるらしい。
そんなこんなで次回の入試は、『投獄』と『王位継承権剥奪』という受験とは程遠いプレッシャーを抱えた僕ら二人にとって、『絶対に負けられない戦い』になることを意味していた。
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姫様直属の執事と名乗った高齢の男性が僕に話しかけてくる。タキシードに身を包み、一見好好爺調な出で立ちだが、背中には黒い羽と大きな鎌を背負っており獄卒のようにも見える。
恐らく、姫の成績が少しでも下がりようものなら、すぐにでも僕を捕らえ投獄するつもりなのだ。彼はいわば僕の監視役といったところだろう……。
これで、がらんとした教室には姫様と僕の二人のみ。
教室があるこの予備門は、レッドブック王家の所有物らしく、二階建てで部屋数も20以上あり、かなり広い。この教室自体も僕が働いていた進学塾の教室二部屋分はありそうな広さだ。
しかし、表情は分厚いマフラーとまん丸のガリ勉風眼鏡で覆われており、全くうかがい知ることができない。
まぁ、そのためにいかなる生徒でも、授業中は私の下僕同然に命令に従ってもらいますが。
(今、絶対『愚者』『下僕』って言ったよね?)
(……あ、あぁんっ!)
で、ですが、入試規則のせいで来年が受験の『最後のチャンス』で後がない状況ということもありますし、それに、あなたがいかに優秀な講師だとしても私にはあなたを信じきれない理由があるのです……