あけましておめでとうございます
文字数 3,260文字
しんせきのいおりおねえちゃんは ぼくのすむとうきょうよりもずっととおくにすんでいます だからまいとし おしょーがつにいおりおねえちゃんとおねえちゃんのおとうさんたちといっしょにぼくのいえにくるときにしかあえません
おねえちゃんはしょうがくせいでぼくよりもおねえちゃんです ぼくはひとりっこでおにいちゃんもおねえちゃんもいないから いおりおねえちゃんがくるとほんとうにおねえちゃんができたみたいでうれしいです
いっぱいあそんでくれるいおりおねえちゃんが ぼくはだいすきです。
ぼくは、いおりお姉ちゃんが大好きです。大人になったら結こんしたいと思っています。でも、好きだって言いたいんだけど、はずかしくて言えません。来年のお正月に会った時には、言えるかなあ……
いおりお姉ちゃんが今、中学1年生。ぼくは小学校3年生。ぼくが結こんできる18になったら、いおりお姉ちゃんは22かあ……その頃にはぼくの身長はいおりお姉ちゃんより大きくなっているかなあ……
正月に親戚が家に集まるというのは、うるさくて仕方がない。はっきり言って嫌だ。
酒を飲んだ大人達の声が自分の部屋にまで聞こえてくる……本当に嫌だ。「将来のため」と言われ親戚達からもらったお年玉は相変わらず今年も両親に回収されているが、果たしてそれらは本当に俺のために蓄えられているのだろうか?
そんなことを考えていると余計に嫌になり、やっている店もまだコンビニくらいしかないだろうけど気分転換に外に出かけようかと思った。
その時――伊織ちゃんが部屋に現れた。
「けっこう綺麗にしてるじゃん」と、あけましておめでとうの言葉よりも先に部屋を片付けていることを褒められた。
それが嬉しかった。
いや、嬉しかった本当の理由は違う。
伊織ちゃんに今年もまた会えたことが、嬉しかったんだ。
この年、伊織ちゃんは受験勉強に専念するということで正月に家に来なかった。たぶん、俺の記憶にある範囲では初めてのことだろう。
思った以上に、がっかりしている自分がそこにはいた。
母さんの「あらら、伊織ちゃんが来なくて残念?」という、からかい半分の言葉が本当に胸に刺さった。
初日の出を拝めていないのと一緒……いや、なんだその例えは。
17歳にもなって、親戚の姉ちゃんが好きだというのは流石に痛いだろうし、自分でもそんな気持ちはなくなっているんだろうと思っていた。現に、今気になっている異性がいるかと言われたら、隣のクラスの下村優奈の名前を出すと思うし。
でも、12月の中旬に母さんが「今年のお正月は伊織ちゃんだけ家に来るって! 由美子さん夫婦、ハワイへのペア旅行券が当たったからお正月はハワイだってさ、羨ましい……」と言った時――やはり伊織ちゃんが自分の中に強くいるということがわかった。
伊織ちゃんは今、21歳。17歳の俺は子供に見えるだろう。
今の俺と同じ17歳の頃の伊織ちゃん――俺の部屋が綺麗だと褒めてくれたあの時の彼女はずいぶん大人に見えたけど……
そうだな。きっと、俺にとってはいつまでも「自分より大人なお姉さん」であることが、彼女が特別な理由なんだろうと思った。
この年は俺も受験生で、正月は追い込みの時期というか追い込まれている時期だった。
そんな中、就職先も決まり春からは社会人という伊織ちゃんが俺に差し入れだと栄養ドリンクを買ってきてくれた。「私は、一日にこれを4本飲んだね」と笑いつつ、「でも飲みすぎるなよ」と袋に入った沢山のドリンクを渡す。
何となく、「好きだ」と伝えるのは今かなと思ったが、秒で「いや違う」と考えを改めた。
受験生の俺が――まだ自分で稼いでいない身の俺が――そんなことを言っていいはずがないだろうと思ったからだ。
一人暮らしを始め、授業よりもバイトを優先しがちで、お軽いサークルにも入って、大学生活をエンジョイしていた俺だが正月は実家に帰る。元日の夕方に家に戻った俺は、「遅いよ~」と既に他の親戚達と飲んでいた伊織ちゃんに笑われた。
もちろん、俺もその輪に入る。中学の頃なんかは、こういう風に酒を飲んでワイワイしている大人達が嫌いだったが、自分が酒を飲めるようになるとそうじゃなくなるんだなと思った。
何より、サークルの飲み会と違ってタダだし。
伊織ちゃんと酒を飲めたというのもめちゃくちゃ嬉しかったが、飲み過ぎて次の日の昼まで寝ていたらその間に伊織ちゃんが帰ってしまったのが残念だった。
今年は、伊織ちゃんより俺の方が先に家にいた。当然親戚一同の飲み会が始まるが、昨年の失敗が頭をよぎり、あまりペースを上げないようにした。そんな中、伊織ちゃんはだいぶ酒に強いんだなと気付く……そこも素敵なんだよな。
翌日、伊織ちゃんが帰るというので、まだ数日実家で厄介になる予定の俺は彼女を駅まで送ることにした。
道中で、大学生活は楽しいかとか、そろそろ就活だ卒論だでその楽しさも終わる時がくるとか色々言われる。他愛もない会話だったが、それが本当に楽しかった。
そして、そろそろ駅に着くかという時、俺は伊織ちゃんに聞こうと思っていたことを聞くことにした。
「伊織ちゃんってさ、彼氏とかいんの?」
「んー……今はいないね。あんたは?」
「俺もいない! ハッハハ、お互いさびしいね!」
「いーんだよ、私は今は仕事が楽しいんだから」
これを聞いて、俺はどうしたかったんだろう? それは俺にもわからない。
彼氏がいないことに安心した? いないなら俺が立候補しようとした?
いると言われたらやっぱショックだったのか?
「じゃあまた来年かな」と、ホームに消えていく伊織ちゃんの姿を見送ってもまだ、俺の頭には変なモヤがかかったままだった。
社会に出たことで、実家のありがたみというのを学生の時以上に実感するようになる。
ダラダラとテレビを見ていると夕飯の準備がされていることのなんと素晴らしいことか。
そしてこの年、伊織ちゃんの両親より少し遅れて伊織ちゃんは家にやってきた。
白い車の助手席から降りた伊織ちゃん。その車を運転していたのは、俺の知らない男だった。
ああ、終わったなと思った。
いや、何が始まっていたわけでもなかったんだが。マジで。
「結婚式の時以来ねー」という母の言葉ははずんでいる。旦那の和弘さんは「もっと早くご挨拶に伺えればと思っていたんですが、結局お正月になってすいません……」と言うが、母は「いいのよー」と返す。
たぶん、今この日本のそこかしこで似たような会話が繰り広げられているんだろうなあと思ったりする。
今年の親戚達の飲み会で伊織ちゃんは酒をほとんど飲まずに手伝いに明け暮れていた。俺は「いいから飲みなよ」と声をかけるが、伊織ちゃんはやんわりと断る。親戚のおっさん連中も若い女性と飲みたいのか酒臭い息で彼女を誘うが、やはり、やんわりと拒否。
(まさか……)という空気が部屋を包んだ時、和弘さんとアイコンタクトをとった伊織ちゃんが「実は……」と切り出した。
年が明けたことよりももっとおめでたいことが、親戚一同に舞い降りたのだった。
この年は、優奈と翼を連れて大晦日から実家に帰っていた。親戚が徐々に集まってくると、翼が少し落ち着かない様子だった。どうしたのかと聞いてみると、「だって、美樹ちゃんがそろそろ来るでしょ」と恥ずかしそうに言うのだった。
美樹ちゃん……そういえば、今年も伊織ちゃんは美樹ちゃんとその弟の勇太君を連れて和弘さんの車でうちに来るはずだ。
――そうか。
「お前も、そうなんだなあ……」
「ん? どういうこと?」
男同士の会話が優奈にも聞こえてしまっていたようだが、こいつにはそれが「どういうこと」なのかは絶対に言えない。
俺はごまかすように翼の頭を撫でていると、外から聞き慣れた車のエンジン音が聞こえた。
おねえちゃんはしょうがくせいでぼくよりもおねえちゃんです ぼくはひとりっこでおにいちゃんもおねえちゃんもいないから いおりおねえちゃんがくるとほんとうにおねえちゃんができたみたいでうれしいです
いっぱいあそんでくれるいおりおねえちゃんが ぼくはだいすきです。
ぼくは、いおりお姉ちゃんが大好きです。大人になったら結こんしたいと思っています。でも、好きだって言いたいんだけど、はずかしくて言えません。来年のお正月に会った時には、言えるかなあ……
いおりお姉ちゃんが今、中学1年生。ぼくは小学校3年生。ぼくが結こんできる18になったら、いおりお姉ちゃんは22かあ……その頃にはぼくの身長はいおりお姉ちゃんより大きくなっているかなあ……
正月に親戚が家に集まるというのは、うるさくて仕方がない。はっきり言って嫌だ。
酒を飲んだ大人達の声が自分の部屋にまで聞こえてくる……本当に嫌だ。「将来のため」と言われ親戚達からもらったお年玉は相変わらず今年も両親に回収されているが、果たしてそれらは本当に俺のために蓄えられているのだろうか?
そんなことを考えていると余計に嫌になり、やっている店もまだコンビニくらいしかないだろうけど気分転換に外に出かけようかと思った。
その時――伊織ちゃんが部屋に現れた。
「けっこう綺麗にしてるじゃん」と、あけましておめでとうの言葉よりも先に部屋を片付けていることを褒められた。
それが嬉しかった。
いや、嬉しかった本当の理由は違う。
伊織ちゃんに今年もまた会えたことが、嬉しかったんだ。
この年、伊織ちゃんは受験勉強に専念するということで正月に家に来なかった。たぶん、俺の記憶にある範囲では初めてのことだろう。
思った以上に、がっかりしている自分がそこにはいた。
母さんの「あらら、伊織ちゃんが来なくて残念?」という、からかい半分の言葉が本当に胸に刺さった。
初日の出を拝めていないのと一緒……いや、なんだその例えは。
17歳にもなって、親戚の姉ちゃんが好きだというのは流石に痛いだろうし、自分でもそんな気持ちはなくなっているんだろうと思っていた。現に、今気になっている異性がいるかと言われたら、隣のクラスの下村優奈の名前を出すと思うし。
でも、12月の中旬に母さんが「今年のお正月は伊織ちゃんだけ家に来るって! 由美子さん夫婦、ハワイへのペア旅行券が当たったからお正月はハワイだってさ、羨ましい……」と言った時――やはり伊織ちゃんが自分の中に強くいるということがわかった。
伊織ちゃんは今、21歳。17歳の俺は子供に見えるだろう。
今の俺と同じ17歳の頃の伊織ちゃん――俺の部屋が綺麗だと褒めてくれたあの時の彼女はずいぶん大人に見えたけど……
そうだな。きっと、俺にとってはいつまでも「自分より大人なお姉さん」であることが、彼女が特別な理由なんだろうと思った。
この年は俺も受験生で、正月は追い込みの時期というか追い込まれている時期だった。
そんな中、就職先も決まり春からは社会人という伊織ちゃんが俺に差し入れだと栄養ドリンクを買ってきてくれた。「私は、一日にこれを4本飲んだね」と笑いつつ、「でも飲みすぎるなよ」と袋に入った沢山のドリンクを渡す。
何となく、「好きだ」と伝えるのは今かなと思ったが、秒で「いや違う」と考えを改めた。
受験生の俺が――まだ自分で稼いでいない身の俺が――そんなことを言っていいはずがないだろうと思ったからだ。
一人暮らしを始め、授業よりもバイトを優先しがちで、お軽いサークルにも入って、大学生活をエンジョイしていた俺だが正月は実家に帰る。元日の夕方に家に戻った俺は、「遅いよ~」と既に他の親戚達と飲んでいた伊織ちゃんに笑われた。
もちろん、俺もその輪に入る。中学の頃なんかは、こういう風に酒を飲んでワイワイしている大人達が嫌いだったが、自分が酒を飲めるようになるとそうじゃなくなるんだなと思った。
何より、サークルの飲み会と違ってタダだし。
伊織ちゃんと酒を飲めたというのもめちゃくちゃ嬉しかったが、飲み過ぎて次の日の昼まで寝ていたらその間に伊織ちゃんが帰ってしまったのが残念だった。
今年は、伊織ちゃんより俺の方が先に家にいた。当然親戚一同の飲み会が始まるが、昨年の失敗が頭をよぎり、あまりペースを上げないようにした。そんな中、伊織ちゃんはだいぶ酒に強いんだなと気付く……そこも素敵なんだよな。
翌日、伊織ちゃんが帰るというので、まだ数日実家で厄介になる予定の俺は彼女を駅まで送ることにした。
道中で、大学生活は楽しいかとか、そろそろ就活だ卒論だでその楽しさも終わる時がくるとか色々言われる。他愛もない会話だったが、それが本当に楽しかった。
そして、そろそろ駅に着くかという時、俺は伊織ちゃんに聞こうと思っていたことを聞くことにした。
「伊織ちゃんってさ、彼氏とかいんの?」
「んー……今はいないね。あんたは?」
「俺もいない! ハッハハ、お互いさびしいね!」
「いーんだよ、私は今は仕事が楽しいんだから」
これを聞いて、俺はどうしたかったんだろう? それは俺にもわからない。
彼氏がいないことに安心した? いないなら俺が立候補しようとした?
いると言われたらやっぱショックだったのか?
「じゃあまた来年かな」と、ホームに消えていく伊織ちゃんの姿を見送ってもまだ、俺の頭には変なモヤがかかったままだった。
社会に出たことで、実家のありがたみというのを学生の時以上に実感するようになる。
ダラダラとテレビを見ていると夕飯の準備がされていることのなんと素晴らしいことか。
そしてこの年、伊織ちゃんの両親より少し遅れて伊織ちゃんは家にやってきた。
白い車の助手席から降りた伊織ちゃん。その車を運転していたのは、俺の知らない男だった。
ああ、終わったなと思った。
いや、何が始まっていたわけでもなかったんだが。マジで。
「結婚式の時以来ねー」という母の言葉ははずんでいる。旦那の和弘さんは「もっと早くご挨拶に伺えればと思っていたんですが、結局お正月になってすいません……」と言うが、母は「いいのよー」と返す。
たぶん、今この日本のそこかしこで似たような会話が繰り広げられているんだろうなあと思ったりする。
今年の親戚達の飲み会で伊織ちゃんは酒をほとんど飲まずに手伝いに明け暮れていた。俺は「いいから飲みなよ」と声をかけるが、伊織ちゃんはやんわりと断る。親戚のおっさん連中も若い女性と飲みたいのか酒臭い息で彼女を誘うが、やはり、やんわりと拒否。
(まさか……)という空気が部屋を包んだ時、和弘さんとアイコンタクトをとった伊織ちゃんが「実は……」と切り出した。
年が明けたことよりももっとおめでたいことが、親戚一同に舞い降りたのだった。
この年は、優奈と翼を連れて大晦日から実家に帰っていた。親戚が徐々に集まってくると、翼が少し落ち着かない様子だった。どうしたのかと聞いてみると、「だって、美樹ちゃんがそろそろ来るでしょ」と恥ずかしそうに言うのだった。
美樹ちゃん……そういえば、今年も伊織ちゃんは美樹ちゃんとその弟の勇太君を連れて和弘さんの車でうちに来るはずだ。
――そうか。
「お前も、そうなんだなあ……」
「ん? どういうこと?」
男同士の会話が優奈にも聞こえてしまっていたようだが、こいつにはそれが「どういうこと」なのかは絶対に言えない。
俺はごまかすように翼の頭を撫でていると、外から聞き慣れた車のエンジン音が聞こえた。