恋愛編

文字数 1,654文字

 梅/ジャケット/逆転勝利

 女子に取り巻かれている先輩の背中を横目に、私は足早に後ろを通りすぎようとした。彼女らを押しのけて卒業のプレゼントを渡す勇気はなかった。
 だが突然、先輩がふりむいて私のところへ歩み寄ってきた。
「君だろ、いつも試合の時梅のガムを差し入れてくれたのは。ジャケットから同じ匂いがする」



 露/フォーク/貿易摩擦

 胡散臭い英会話学校の講師に貢いでいる友人は、フォークでケーキをいじいじとつつきながら、私だまされてるのかしら、などと泣いている。
「日本の女性朝露のように儚げ、マモッテアゲタイデース」などと言われたと喜んでいたくせに。
 日米貿易摩擦、愛の輸出超過。
 バカじゃないの、と私はため息をついた。



 マンゴー/エスカレーター/信じる者は救われる

 星占いを真に受けて黄色いブラウスで出勤したけど、残業を押し付けられただけ。
 深夜の駅のエスカレーターにぼんやり乗っていると、急に上から黄色いものが転がってきた。
 すみません、と振り返ったのはこの駅でよく見かけるイケメンだ。
 熟れたマンゴーを手渡すと、彼は、よかったらどうぞ、と微笑んだ。



 ありがとう/トマト/貯金箱

「トマト投げ祭りに行きたいのよ。そうスペインの。そのために毎日小銭ためてんの。もう日本なんか飽き飽き。ラテン男と結婚したいわあ。ここ奢り?  嬉しいありがとう、じゃあね、また」
 そう言って彼女は去った。
 彼女の貯金箱がいっぱいになる前に就職を決めなくては。ラテン男に取られてたまるか。



 緑/ドラえもん/火薬

 どこでもドアがあったらいいのにね、と、彼女は緑色の火花を見つめながら呟いた。そうしたら、いつでも会いに行けるのに。
 火薬の匂いが漂い、手元だけが明るい。草むらから虫の音が聞こえる。
 夏の終わり、東京に戻る僕は、むしろスモールライトで彼女を小さくして、ポケットにいれてしまいたかった。



 ささむけ/あっかんべぇ/サッカー

 うちのチームに福岡から転校してきたあいつは、さかむけのことをささむけと言う。
 変なの、と言ったら、あっかんべぇをされた。
 クリーム塗れよ、とか余計なお世話だよ。女にしちゃ上手いな、とかうるさいよ。
 風を切ってあいつは走る。いつまで同じピッチに立てるんだろ。ため息がゴール前に白く漂った。



 シュシュ/くるみパン/掲示板

 休講予定と並んで掲示板に貼られているのは、僕が彼女にプレゼントしたシュシュだった。
「落とし物/A棟3F女子トイレ」
 それは捨てたんだ、と僕は苦笑する。
 別れてからもしばらくつけていたけれど、この前彼女は髪を切ったからな。
 僕が教えた駅前の美味いくるみパンも、いつか食べなくなるんだろう。



 生クリーム/薬指/スコップ

 テレビに映る雪景色。彼女は、あれが全部生クリームだったらいいのに、という。
 スコップで掘って食べたいわ、と呟く横顔を見ながら俺は考える。
 雪山っぽいケーキを作り、スコップ型のスプーンを添えたらどうだろう。
 生クリームの雪を掘ると、薬指にぴったりの指輪が出てくるなんて、あまりに演出しすぎかな。



 フィアンセ/日課/炎

 ゴメンナサイ、と彼女は言った。
 日課のジョギングの途中で立ち寄るジューススタンドの売り子。
「ワタシ国にフィアンセいます。親の決めた相手」
 彼女の姿が見えなくなって半年後、その故国で内乱が起こり首都は炎に包まれた。
 あの時の自分を腰抜けと罵りながら、僕はパスポートを握りしめた。



 露/駅/修学旅行の夜

 修学旅行三日目の夜、それが最後のチャンスだった。
 俺たちは無人駅の待合室で、けれどもあっさりと捕まってしまった。
 早まるな、こんなことして親御さんに、と言いながら俺の腕を掴み、彼女をタクシーに押し込める教師たち。
「露とこたへて消えなましものを」という古典の一節がふいに胸に蘇った。

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