黒ずきんちゃんとオオカミ男

文字数 3,208文字


 昔、赤ずきんちゃんと呼ばれ一世を風靡したあたしだけど、いつまでも子供のままじゃないってちゃんとわかってる?
 可愛いと言われて喜ぶ歳でもなくなったあたしが、ずきんの色を黒にしてから数年、今では森の中でもすっかり定着したハロウィンのイベント。
 黒いずきんを被っているからという理由だけで、ここ数年、魔女の仮装はあたしで決定という流れになっているの。
 毎日黒ずきんなわけだし、仮装にならないじゃない、これ――と言っても、あたしの主張は聞き入れられない。
 だって、あたし以外、動物とか妖精とか……とにかく人間はあたしだけ。
 森の中で暮らしていると世間離れに拍車かかって、今では森の妖精まで見えちゃうの。
 ま、そんな話はいいとして……世間的に知られている赤ずきんてどんな話?
 おばあさんのお見舞いに行って、おばあさんを食べてしまったオオカミをやっつけて、めでたしめでたし……だったわね。
 その後、そのオオカミと赤ずきんがどうなったかしっている?
 流れからして察しがつくと思うけど当然、下僕、主従関係にあるわけ。
 最初は憎まれ口叩いていたオオカミも次第にあたしの虜になったみたいで、森の妖精に「おいら、人間になりてぇ」と頼んだ――という噂があたしの耳に入るほど。
 妖精もそんな大それた願いを叶えられるはずもなく、今ではすっかり勝手に人間の男だと思い込んでいるオオカミがあわれだわ……と嘆いているとかいないとか。
 そんなオオカミがハロウィンの夜、あたしの前に姿を見せたのは、盛り上がるイベントの終盤だった。

◆◇◆◇◆

「よう……」
 鼻を赤くしてあたしの前に現れたオオカミ、吐く息がなんとも酒臭い。
「よう……じゃないわ。もうイベントも終わりよ。あなた、あたしの下僕の分際で今まで何やってたのよ。まさか、ずっとお酒飲んでたなんて言わないわよね?」
 言わなくても、酒臭さがあるからバレバレだわ。
「何ってよ……おいら、黒ずきんちゃんを見てただ……トリックオアトリートって言えばくれるんだべ、お菓子」
 お、お菓子をくれですって?
 散々あたしを放って飲み食いしていたのに?
 でも待って、気にするところはそこじゃないわ。
 このオオカミ、あたしをずっと見ていたって言ったわ。
「あ、あんた……ずっとあたしを見ていたの? それ、世間ではストーカーって言うのよ、覚えなさいよ」
「オオカミの中じゃ、獲物を見つけたらチャンスを狙う為にずっと見張るものさ。どこが違う?」
「ち、違うわよ。生きている世界がだいたい違うし。ま、いいわ。トリックオアトリートと言えばあげるから、お菓子。でも残念、もうこの籠の中はからっぽ。また来年ね」
 最近のオオカミには、オオカミらしい獣の雰囲気が欠けている気がする。
 人間になりた~いなんて思っているからなのか、それとも……
 そりゃ、あたしもお年頃って言ってもまだ許される歳だと思うわ。
 出るとこは出て、しぼむとこはしぼんで。
 ボンキュッボンのナイスボディだと自負する。
 そのナイスボディも黒ずきんとマントで隠れて披露できないんだけど。
「来年までまてねぇ。おいら、ずっと見てた、黒ずきんのこと。下僕でもええ、おいら……菓子がねぇなら、黒ずきんがええ。食わせろ」
 ――は?
 何言ってんの、こいつ。
 下僕が主人を食べる世界がどこにあるっていうのよ!
「無理。あたし、獣姦の趣味ないから。だいたい、あたしのおばあちゃんを丸飲みした相手とすると思う?」
 オオカミの耳がシュンと垂れる。
 少しは気にしているのかしら?
 憎い相手なら下僕になんかしないわよ。
 あたしも不思議だったんだけど、なんていうのかな、ノリと勢いみたいな感じで、「本当に悪いって思うなら、あたしが許すまで下僕になりなさいよ」て言っちゃったの。
 まあね、普通ならふざけるなと断るじゃない。
 けどオオカミは違って、即答で「おいら、おまえの下僕になる」て言ったのよ。
 もしかして、ドМ?
 だったらあたし、勉強しなきゃ……そっち系。
 ――それから今日まで、そんな素振りはなかったけど、時折視線は感じていた。
 ねっとりとした視線……あれ、雄が雌を狙うような、そんな視線だと思う。
 気持ち悪いって思う反面、女として見られている女の部分が喜んでいたのも否定できない。
 あたしがあたし自身を守っていたのは、獣姦は無理って理由、ただそれだけ。
「そりゃ、わかってるだ。人間になれない限り手出しはできない。けど、そろそろ気づいて欲しいだ。おいらがばばあ飲みこんだ理由。あれ、おまえの気を惹きたかったからだ。ずっと見てた。赤いずきんの似合う女の子がばばあの家に通っているところ。なあ、お菓子、いらねぇ。おまえが欲しい。トリックオアトリート」
 駄目……と思ってもあたしの女の部分がオオカミの告白に反応している。
 獣姦は嫌、でも――
 でも……今日はハロウィン。
 人間の世界ではいろいろ仮装して楽しんでいる。
 人間ではない姿を仮装している……
 オオカミも、オオカミの着ぐるみを着ていると思えば、獣姦じゃない……てならない?
「わかった……」
「ほ、ほんとか?」
「ええ……」
 と言いながら、あたしは黒いマントを外し胸元が大胆に開いたドレス姿をオオカミに披露する。
 生唾を飲込む音が耳に届く。
「美味そうなくだものがふたつくっついてんだな……」
「でしょう? 吸うとミルクが出るのよ。吸ってみる?」
「もちろんだ。トリックオアトリート、くれ、おいらに、くれ」
 くれ……て、あたしはお菓子じゃないって。
 でも、悪くはないわ……誰からも欲しがられないよりはマシ。
「爪は立てないで。肌を傷つけたら、絶対に許さないんだから」
「わかってるだ。おいら、そんなことはしねぇ。やっとやっとおいらのモノにできるんだ」
 尖った爪の先がふっくらとした胸元に食い込む痛さもカイカン。
 絶妙な舌加減、舌使いの上手さはきっと動物の方が上ね。
 常日頃から舐めてるんだもん、当たり前か……
 それに、人の舌と違ってザラザラしている、ザラッとした舌に舐められると、なんともいえない刺激が快感になっていく。
「ねえ、そこだけでいいの? こっちも欲しくない?」
 大胆に入ったスリットから生脚をチラッと見せて誘う。
「い、いいのか?」
「ちゃんとおねだりしたらね。あたしの脚、棒飴のように甘いかもよ?」
「トリックオアトリート……黒ずきんちゃんの脚、くれ。丁寧に舐める。牙立てたりしねぇ」
 スリットから見え隠れする脚にオオカミ男の手が忍び込む。
 大胆にもその手は戸惑う事無くあたしの大切なところへと伸びて来た。
 チクリと爪の先が女の大事なところに触れる。
「もう? オオカミって結構せっかちなのね」
「いやか?」
「別に。楽しませてくれるんでしょう?」
 さりげなく、足を開いてオオカミを誘う。
「もちろんだ。おいらの舌使いでイカなかったおなごはいねぇ」
 カカサカと草が揺れる音、ザワザワと木々の葉が風に揺れる音がする中で、あたしはオオカミの下敷きになり、獣の欲望に身を任せた。
 どこからどうみてもオオカミの着ぐるみを着た男と、魔女の仮装をした女が性欲を貪っている――としか見えないはず。
 そう願いながら、はじめての獣姦への嫌悪を拭い去り、舌使いの上手い男に身を委ねているのだと思い込む。

 これは1年に1度だけの禁忌。
 ハロウィンというお祭りを隠れ蓑にした、大胆な禁忌。

†*†*†*†*†*†

 その昔、赤ずきんちゃんと呼ばれ知名度と好感度抜群だった少女も、年を重ねるとひとりの女となり、妖艶に男……いや、雄を手玉に取る――そういうこともあるという、ひとつの例え話である。

 END
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