七年目の……

文字数 1,338文字




「本当にごめんなさい」
 妻がしょげ返っている。
 実は結婚指輪をなくしてしまったのだ。

 僕らは結婚七年目、五歳の息子と三歳の娘がいる。
 結婚指輪などそうそう外すものではない、妻がそれを外したのは子供たちが通う幼稚園の芋掘り大会の時。
 子供たちと一緒に芋掘りをして、真っ黒に汚れた手を洗うのにちょっと外して流しの縁に置いたらしい。
 手を洗っている間にも五歳と三歳は大人しくなどしていてくれない、子供を追いかけて捕まえて、流しに戻った時にはなくなっていたのだそうだ。
 流しと言っても野外のステンレス流し、地面に落ちてやしないかと這いつくばって探し、流しも隅々まで探し、挙句は排水トラップまで外してもらったと言うが、ない。
 どうやら水流にもまれて排水管へ流れてしまったらしい。

「仕方がないよ、新しいのを買おう」
「だめよ、もったいないわ」

 今は2DKのアパート暮らし、子供も直に大きくなることだし、マンションを買おうと決めて積み立ての真最中、一~二万の出費でも痛いのだ。
 
 それっきり、妻は指輪をしていない。

▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽

 その年のクリスマスのことだ。
「子供たちはもう寝た?」
「ええ、枕元にプレゼントも置いて来たわ」

 家族四人のクリスマスパーティ。
 手作りのケーキに、鶏手羽の照り焼きを色紙で飾り、色紙や風船で部屋をそれらしく飾り付けただけのささやかなパーティだが、嬉しそうにそれを頬張る子供たちの笑顔が一番のごちそう。
 育ち盛りの子供の口に勢い良く食べ物が消えて行くのを見ると幸せな気分になる、親鳥が巣の中の雛にせっせと餌を運ぶのと同じ、きっと親鳥達も幸せを感じているのではないかと思う。

「じゃ、今度は大人の時間」
 子供たちが寝静まると、僕は台所に立ち流しの下に隠しておいたハーフボトルのワインとカマンベールチーズを取り出した。
「少し業務成績が良かったんで、ボーナスに色をつけてくれたんだよ」
「わぁ、ワインは久しぶりね……今年もお仕事お疲れ様でした、ありがとうございます」
「君もがんばってるからね……それと、ささやかだけど、クリスマス・プレゼント」
「私に? どうしよう、私は何も用意してない……」
「いいから、開けてみて、大して値の張るものじゃないけど」
「……え? 指輪? ああ、可愛い」
「芥子粒みたいに小さいけど、君の誕生石のガーネット入り」
「あら……結婚記念日の刻印も……」
「まあね」
「ありがとう……本当はすごく欲しかったの……」
「そこまで我慢しなくて良いんだよ、僕が頑張ればいいんだから」
「でも、パートに出てる人も沢山いるのに、私は専業主婦で……」
「子供たちに母親が大切な時期だよ、第一、あんな可愛い盛りを無駄にするのは、それこそもったいないだろ?」
「ええ……ありがとう……本当に……」
 ちょっとだけ目頭を押さえてから、妻はこっちを向いて微笑んだ。

 プレゼントのお返しはそれで充分……僕らに『七年目の浮気』の心配はなさそうだ。

       (終)
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