Ending
文字数 2,452文字
●
美人の転校生がやってきたと思えば、その娘はそういう名前らしい。なんと個性的で、良い名前。
「岳倉街からやってきました」
岳倉といえば、あの岳倉か。リゾートとか高級住宅が並ぶという、あの。
そんなざわめきを気にせず、彼女はつづけた。
「これからよろしくおねがいします。……好きな事は、読書です」
読書。8割方何かを隠すために使われる趣味。
本当の本好きにとって、千差万別である本の趣味をうかつに聞く面倒であり、興味本位で聞いてきた者にはここ数年で読んだ本の話をしておけば良い。
便利だ。
彼女の趣味とは、いったい何なのだろうか。
●
隣の席に座りなおした天涯孤独は、私の方を見て、小さな声を掛けてきた。
「よろしくね、朽久木さん」
そういわれたのなら、応えるほかなくて。
「うん。……久しぶりだね、孤独」
甘い、いい匂いがざわめいた。私たちの隣も、前も、もちろん担任も、私たちがいかな付き合いであったかを知らないし、これから私たちがどういったことを始めるのかも知らない。
「……イサラ」
清廉な雰囲気が、もう孤独からいなくなってしまった。おびえた、驚き。
「帰り、暇でしょ?新居に連れてってよ」
「ええ。……わかったわ」
それきり、黙りこくってしまった彼女に対して私は、半身だけ身体を寄せてみて、時折彼女の匂いを嗅いでみる。
甘くて、緊張が融けるほどに甘くて、いい匂い。
二度と彼女に会いたくないと思ってしまうほどに、強烈な色気。
天涯孤独は、そういう人間だ。
奪った私が言うのだから、間違いない。
●
案の定彼女の自宅は豪邸で、付近ではもうすでに、この古びた洋館が改築されたのだという話題は知れ渡っていた。
「こんな田舎じゃ、もうあなたはやっていけないわよ」
私は、心配症だ。だから孤独に忠告しておいた。
「あなたは、もうこの街じゃ足りないわ」
「良いのよ。だってここにはイサラがいるもの」
「私には、孤独を救えないわ」
「助けてくれだなんて、言ってないもの」
彼女と別れた日から、孤独はありえないほどに強くなっていた。
一体、何年生きてきたのだろう。一体、何人の人生を身体に浴びてきたのだろう。
「ここが、私の部屋」
案内された先、一人暮らしには広すぎる大きな大きな家の端に、その部屋はあった。
防音室。とても広くて、閉塞感の無い、防音室。
ふわふわした絨毯、床を感じないくらいやわらかいじゅうたんを抜けて、私と孤独は大きなベッドに倒れこんだ。
「いい匂い、イサラ」
一分くらい見つめてから、孤独は言った。
私はその間、この部屋を見ていた。
決して安くない、けれど派手ではない家具が並んでいた。角の丸い家具だった。木製で、光に当たるとぎらぎら照って。
この部屋が、決して孤独だけのものにはならないことを、私は知っていた。男と、女と、何人も、いや何本もの救いの手が、この部屋に訪れることだろう。彼女は飽きるまでそれを知ろうとして、そして知った気になった時、それは終わる。
対話だ。生きるということ、感じるということ、食べるということ、吐くということ。彼女はすべてを学ぼうとする。終わることのない、知識欲。
「孤独」
「なあに?イサラ」
彼女は、私の知らないうちに奇麗になっている。恐ろしいくらいに、まるで多くの人間を喰らってきた魔女ののように。
彼女には、私が生きている何倍もの人生が、埋め込まれているから。同じ日に生まれた私たち。同じように成長を遂げて、今ではこんなにも違う、わたしたち。
「孤独は、これからどうするの?」
怖くて、聞かずにはいられなかった。
「恥ずかしい話なんだけどね、イサラ。わたし、人助けがしてみたいの」
孤独は、私の身体に指を添えて、言った。
「今まで、いろんな人間と寝たわ」
「だろうね」
「初めては、イサラよ」
「知ってるわ」
「狂わせたのよ、あなたが」
「でしょう、ね」
私たちは、お互いに抱き合った。気づかぬほどに、自然に。
やわらかくて、あたたかな身体。舐めたら融けてしまいそうで、喰らったらなくなってしまいそうな、温いぬるい孤独の全身。狂ったほどに、私は彼女と唇を重ねた。
「好きよ」
「うそつき。わたしはあなたに愛される生き物じゃないもの」
●
気づけば、男が立っていた。
イサラは隣で寝息を立てていて、わたしはその体を隠すように毛布を掛けた。
それから、わたしは立ち上がって彼を見た。
「イサラのこと、見た?」
「見ていない」
「そう。なら、良いわ」
それから、彼はわたしたちの暴れた跡を片付け始めた。脱ぎ散らかした服も、ぐしゃぐしゃになったシーツも、だめになった絨毯も、すべて、すべて。
「いつも、ありがとうね」
男は驚いたように見返した。
「……やっぱり、なんでもないわ。……ああ、そうだ。イサラの服、切り刻んでおいてくれるかしら」
「これは制服だろう。良いのか?」
頷いた。
「昔、この子とね、話したことがあるのよ」
切り刻まれるほどの恋って、どんなだろう。か、
「バカね」
こんなに楽しい、うれしい夜は、一体何度目と、どうして数えられよう。
わたしといういやなからだがその興奮を、鼓動にして、全身を揺らして、熱くして、温い。
「昔の私たちに、教えてあげたいわ。そうよね?」
「……そうだとも。そうおもう」
鋏ハサミの音、布を断つ気色の悪い、きれいな音。
____こんなの、ただの愛でしかないというのに。
美人の転校生がやってきたと思えば、その娘はそういう名前らしい。なんと個性的で、良い名前。
「岳倉街からやってきました」
岳倉といえば、あの岳倉か。リゾートとか高級住宅が並ぶという、あの。
そんなざわめきを気にせず、彼女はつづけた。
「これからよろしくおねがいします。……好きな事は、読書です」
読書。8割方何かを隠すために使われる趣味。
本当の本好きにとって、千差万別である本の趣味をうかつに聞く面倒であり、興味本位で聞いてきた者にはここ数年で読んだ本の話をしておけば良い。
便利だ。
彼女の趣味とは、いったい何なのだろうか。
●
隣の席に座りなおした天涯孤独は、私の方を見て、小さな声を掛けてきた。
「よろしくね、朽久木さん」
そういわれたのなら、応えるほかなくて。
「うん。……久しぶりだね、孤独」
甘い、いい匂いがざわめいた。私たちの隣も、前も、もちろん担任も、私たちがいかな付き合いであったかを知らないし、これから私たちがどういったことを始めるのかも知らない。
「……イサラ」
清廉な雰囲気が、もう孤独からいなくなってしまった。おびえた、驚き。
「帰り、暇でしょ?新居に連れてってよ」
「ええ。……わかったわ」
それきり、黙りこくってしまった彼女に対して私は、半身だけ身体を寄せてみて、時折彼女の匂いを嗅いでみる。
甘くて、緊張が融けるほどに甘くて、いい匂い。
二度と彼女に会いたくないと思ってしまうほどに、強烈な色気。
天涯孤独は、そういう人間だ。
奪った私が言うのだから、間違いない。
●
案の定彼女の自宅は豪邸で、付近ではもうすでに、この古びた洋館が改築されたのだという話題は知れ渡っていた。
「こんな田舎じゃ、もうあなたはやっていけないわよ」
私は、心配症だ。だから孤独に忠告しておいた。
「あなたは、もうこの街じゃ足りないわ」
「良いのよ。だってここにはイサラがいるもの」
「私には、孤独を救えないわ」
「助けてくれだなんて、言ってないもの」
彼女と別れた日から、孤独はありえないほどに強くなっていた。
一体、何年生きてきたのだろう。一体、何人の人生を身体に浴びてきたのだろう。
「ここが、私の部屋」
案内された先、一人暮らしには広すぎる大きな大きな家の端に、その部屋はあった。
防音室。とても広くて、閉塞感の無い、防音室。
ふわふわした絨毯、床を感じないくらいやわらかいじゅうたんを抜けて、私と孤独は大きなベッドに倒れこんだ。
「いい匂い、イサラ」
一分くらい見つめてから、孤独は言った。
私はその間、この部屋を見ていた。
決して安くない、けれど派手ではない家具が並んでいた。角の丸い家具だった。木製で、光に当たるとぎらぎら照って。
この部屋が、決して孤独だけのものにはならないことを、私は知っていた。男と、女と、何人も、いや何本もの救いの手が、この部屋に訪れることだろう。彼女は飽きるまでそれを知ろうとして、そして知った気になった時、それは終わる。
対話だ。生きるということ、感じるということ、食べるということ、吐くということ。彼女はすべてを学ぼうとする。終わることのない、知識欲。
「孤独」
「なあに?イサラ」
彼女は、私の知らないうちに奇麗になっている。恐ろしいくらいに、まるで多くの人間を喰らってきた魔女ののように。
彼女には、私が生きている何倍もの人生が、埋め込まれているから。同じ日に生まれた私たち。同じように成長を遂げて、今ではこんなにも違う、わたしたち。
「孤独は、これからどうするの?」
怖くて、聞かずにはいられなかった。
「恥ずかしい話なんだけどね、イサラ。わたし、人助けがしてみたいの」
孤独は、私の身体に指を添えて、言った。
「今まで、いろんな人間と寝たわ」
「だろうね」
「初めては、イサラよ」
「知ってるわ」
「狂わせたのよ、あなたが」
「でしょう、ね」
私たちは、お互いに抱き合った。気づかぬほどに、自然に。
やわらかくて、あたたかな身体。舐めたら融けてしまいそうで、喰らったらなくなってしまいそうな、温いぬるい孤独の全身。狂ったほどに、私は彼女と唇を重ねた。
「好きよ」
「うそつき。わたしはあなたに愛される生き物じゃないもの」
●
気づけば、男が立っていた。
イサラは隣で寝息を立てていて、わたしはその体を隠すように毛布を掛けた。
それから、わたしは立ち上がって彼を見た。
「イサラのこと、見た?」
「見ていない」
「そう。なら、良いわ」
それから、彼はわたしたちの暴れた跡を片付け始めた。脱ぎ散らかした服も、ぐしゃぐしゃになったシーツも、だめになった絨毯も、すべて、すべて。
「いつも、ありがとうね」
男は驚いたように見返した。
「……やっぱり、なんでもないわ。……ああ、そうだ。イサラの服、切り刻んでおいてくれるかしら」
「これは制服だろう。良いのか?」
頷いた。
「昔、この子とね、話したことがあるのよ」
切り刻まれるほどの恋って、どんなだろう。か、
「バカね」
こんなに楽しい、うれしい夜は、一体何度目と、どうして数えられよう。
わたしといういやなからだがその興奮を、鼓動にして、全身を揺らして、熱くして、温い。
「昔の私たちに、教えてあげたいわ。そうよね?」
「……そうだとも。そうおもう」
鋏ハサミの音、布を断つ気色の悪い、きれいな音。
____こんなの、ただの愛でしかないというのに。