13. にゃんこ先生

文字数 1,984文字

 教科書を読みつつ、分からないことはスマホの数学のページを検索しながら何とか理解しようと努めること小一時間。頭がパンクしてきたころだった。

「ほい! 先生を連れてきたぞ」
 顔を上げると、レヴィアが腕に黒猫を抱いてやってくる。
「せ、先生……?」
 和真は首をかしげた。
「先生の言うことをしっかりと聞くんじゃぞ!」
 レヴィアはそう言って黒猫をテーブルに放つ。
 黒猫はぎこちなくピョンと飛ぶと、所在なさげにうろうろとし……、そして、教科書の脇に座ると金色のつぶらな瞳で和真をじっと見つめた。
 よく見ると猫はずんぐりとしており、毛並みも毛皮というよりは、もこもことしたフェルトに見える。それは、ぬいぐるみだった。
「へ!? これが……先生? それに……猫じゃない……ぬいぐるみですよね?」
「あー、細かいことは気にするな。この猫はこう見えても優秀でな。情報理論からコーディングまで一通りマスターしておる」
「え!? そんなすごい猫ですか? にゃんこ先生ですね」
 和真はそう言いながら、不思議そうな顔でそっと両手で猫を捕まえ、だき寄せた。
 猫は戸惑った様子を見せながらも静かに和真に抱かれた。
「うわぁ、温かい……。名前は何て言うの?」
 すると猫はキョトンとしてレヴィアを見つめた。
「え? な、名前……?」
 レヴィアは黒猫と目を合わせ、困ったように首を傾げ、言った。
「ミ、ミィ……、にしよう」
「え? 名前無かったんですか?」
 怪訝(けげん)そうな和真
「いや、無いことも……無いんじゃが……。まぁ、ミィでええじゃろ。ええか?」
 すると、猫は可愛い声で答える。
「名前は何でもいい……にゃ」
 和真はそのぎこちない話しぶりにも違和感を感じた。
 名前もないぬいぐるみが先生、一体どういうことだろうか……。
 和真はミィを目の前に持ち上げ、その金色の瞳をじっと見つめる。
 すると、ミィは嬉しそうにニコッと笑うと、ミィ! と可愛い声でないた。
 その愛らしさに和真は思わずほほが緩んだ。
 例え怪しかろうが、行き詰ってる数学を助けてくれる先生は頼もしい味方。今はパパの仇を討つのが最優先なのだ。仲良くしよう。
「じゃ、数学、教えてね、ミィ」
「ま、任せる……にゃ」
 和真はさっそく行き詰ってる教科書のページを指さして聞いた。
「ここの数式がわからないんだけど、なんでこうなるの?」
「見せる……にゃ」
 そう言ってミィは和真の腕からピョンと飛びだすが、着地に失敗してゴロゴロと転がった。
 レヴィアはクスクスと笑っている。
 ミィは恥ずかしそうにしながら教科書をのぞき込む。そして、首をかしげると固まった。
「ちょっとスマホ貸して」
 そう言うと、和真のスマホをパシパシと操作して数学の解説ページを出し、しばらく何かを考えると、
「あー、わかった。これはね……」
 そう言いながら脇に置いてあったペンとメモ帳を使ってサラサラと数式を書き始めた。
「この式はこう変形できるだろ?」
「あれ、ミィ、『にゃ』って言わないの?」
 和真はミィの顔を見る。
 ミィは少し固まって、
「わ、忘れてたにゃ。そんなことより数式見るにゃ!」
 と、怒る。
 レヴィアは目を細め、そんな二人を優しく見つめていた。

         ◇

「ヨシッ! 焼肉じゃ!」
 夕暮れ時になり、レヴィアは奥から出てくると叫んだ。

「え?」
 ポカンとする和真。
「お主らの『けーび隊』加入を祝ってやる」
「あ、ありがとうございます」
「よし、じゃ準備せい、行くぞ!」
 レヴィアは嬉しそうにカーディガンを羽織った。

     ◇

「恵比寿でええか?」
「いや、どこでも……」
 レヴィアは宙を指先でツ-っとなぞると空間を切り裂く。そして両手でぐわっと空間の裂け目を広げると、
「ほれ、行くぞ!」
 と、切れ目をくぐった。
 慌ててついていく和真とミィ。
 裂け目を抜けると薄暗い神社の境内だった。
「ここなら目立たんからな」
 そう言いながら繁華街の方へと進むレヴィア。
 きらびやかな看板が所狭しと並ぶ通りを抜け、にぎやかな人混みを避けるように裏通りへと進んだ。そして、おしゃれな店の前で足を止める。チョークで書かれたメニューが掲げられ、とてもいい雰囲気である。値段を見るとかなり高く、シングルマザーの家庭ではとても食べられない。和真は思わず唾をのんだ。
 大きな木の扉をギギギーっと押し開けたレヴィアは、
「こんばんはー、個室空いてる?」
 と、マスターに陽気に声をかける。
「あら、レヴィちゃん、いらっしゃい。二階の奥にどうぞ……、ん?」
 マスターはそう言いながら和真に抱かれたミィを見つけ、眉間にしわを寄せる。
「あ、ぬいぐるみなのね、よくできてるわねぇ」
 そう言いながらしげしげとミィを見つめ、ミィはバレないように固まっていた。

「マスター、いつもの。それから適当に三十人前ね!」
 レヴィアは上機嫌にそう言うと階段を上がっていった。
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