はじまり

文字数 1,266文字

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 ある四月上旬の日、もう夜にさしかかろうという時間、男子高校生は心身ともにボロボロの状態で歩いていた。どれほどボロボロなのかというと、今の彼は杖を必要とするくらいだ。

 彼は山田。高校二年生。平凡な姓である。だが、その体つきは細身で、平均的な身長よりは少し高いくらいだが、ガッシリとしており、鍛えていることが伺える。武芸のたしなみもあるようだ。それならば、今日の朝から彼の身に降りかかった数々の災難をいくつかは回避することが出来たのではないかとも思うのだが、彼はひたすら耐え忍んだ。

 平凡な姓とは裏腹に、彼のルックスだが、短すぎず、長すぎない髪をきれいにまとめている。所々赤いメッシュが入っているが、それでも清潔さは失われていない。目鼻立ちも整っている方だ。街を歩いていると、女の子の方が声をかけてくることが多い――もちろん、毎回必ずというほどではないが――十分にイケメンにカテゴライズしても文句は出ない顔立ちだろう。女難の相が出ているのか、これまでそういうことも無かったのに、本日においてはそういう事態に立て続けに見舞われた。

 もう一つ、平凡な姓とは裏腹に、彼の学校生活についてだが、品行方正、文武両道である。その品行方正さは他の生徒の模範とされ、立候補してないのに、さらに入学して半年であるのにも関わらず、生徒会の役員選挙に推薦され、ほぼ満票で合格したのである。自らの学校のみならず、他校の不良生徒も彼の前ではほとんどが借りてきた子犬のように大人しくなるようだ――何らかの事件があったのかと思われるが、彼はそれについては語ろうとしない――文武両道に関してだが、成績は優秀。赤点などとは無縁で、このまま順調に行けば、難関の国公立大学も、有名私大も問題なく受かるであろうというのが、職員室一同の共通見解だ。特定の運動部には所属していないが、いわゆる“助っ人”を依頼されることが多く、陸上部では東京都の記録更新、野球部では強豪校相手にノーヒットノーラン、将棋部では全国大会出場に貢献するなど、たくさんの好結果を残してきた――これは文化部方面でも同様――皆は部活への所属を勧めるが、彼はそれを頑なに固辞し、無所属を貫いている。

 以上のように、平凡な姓だが、完璧と言ってもいいほどのスペックを備えた山田少年。そんな彼がなぜボロボロになっているのか。それについて説明する前に、彼の目的地に着いた。東京、世田谷の三軒茶屋。彼の家から電車三本乗り継げば、すぐに到着したはずなのに、どうしてこんなに時間がかかったのか……。もう遅いとは思ったが、彼はインターホンを押す。

「……はい」

「あ、遅くなって大変申し訳ありません、山田です……」

「……ちょっとお待ちください」

 しばらく間が空いて、建物のドアが開く。中から、ショートヘアーに所々、緑色のメッシュを入れた、ピシッとしたスーツ姿の美人の女性が出てきた。山田は彼女の顔を見て驚く。

「⁉」

「……男の子? って、あなたは……」

 女性はまた別の意味で驚いたようであった。
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