第7話 僕の時代と現代

文字数 1,497文字

 そう……大正時代(ぼくらのじだい)の女学校は卒業前に結婚が決まって、卒業まで在籍しないのが普通だった。
 だから、17歳の千代さんの縁談話は、遅すぎるくらいだったんだ。
 銀行業や様々な商売を営む資産家との縁談。
 当時、第一次世界大戦が終った後の不況の波に、千代さんの実家の呉服問屋は借金をすることも出来ず、倒産寸前だった。
 その資産家の息子が、千代さんに惚れて嫁に欲しいと言い出さなかったら、本当につぶれていただろう。
 本当なら、正妻になれてた千代さんを妾まで(おとし)めたのは僕だというのに。

 由希子さんのお友達が帰った後、僕はキッチンで洗い物をしながら思い出していた。
 今の時代は、本当に良い。
 いや、時代の所為にしてはいけないな。
「伸也さん」
「何? 由希子さん」
 いけない、由希子さんにも手伝ってもらってたんだ。
「伸也さんにとって、私は子ども……なんだね」
 ん?
「養い子、だよ。僕は親にはなれないからね」
 そうだよ、おこがましい。由希子さんにとっての親は、死んでしまったご両親だけだ。
「うん」
 由希子さんは、少し嬉しそうな顔をした。

「高校生になったら、大人扱いしてくれる?」
 ああ、子ども扱いが嫌って事か。そうだよな、思春期だものな。大人扱いされたい年頃か……。うんうん、僕にも覚えがある。
「そうだねぇ。進路も決めないといけないだろうし。
 大学の費用も充分にあるから、ゆっくり考えて決めたら良いよ。大人として」
 そう言ったら、また微妙な顔をされた。
 本当に、由希子さんは難しい。



 あの時より、里沙さんはあまりこの洋館に来なくなっていた。
 東大に入りたいのなら、中三といえど、もうこの時期は遊んではいられないだろうし、良き理解者だと思っていた僕は、何のことは無い保護者側の人間だったと気付いたのかも知れない。
 どちらにしろ僕には関係無いことだ。少し寂しいけれどね、責任が取れない以上仕方が無い。

 その代わりの様に、由希子さんは、僕にべったり張り付きだした。
 僕の所為で、友達との関係が崩れたのなら、申し訳無いが。
「由希子さんは、勉強しなくて良いのかな?」
 いつまでも、僕の部屋から出て行こうとしない由希子さんに訊いてみる。
 何せもう十二時近い。明日も弁当作るから、そろそろ寝たいのだけどね。

「私、里沙みたいに東大行きたいとか思ってないから、大丈夫」
「里沙さんかぁ。もし東大受かったら、僕の後輩だねぇ」
「え? ウソ」
「本当。ただ、卒業は出来なかったけどね。
 さ、僕はもう寝るから、自分の部屋にお帰り」
「ええ? なんで、卒業でき……」
「さぁさぁ、由希子さんも明日は学校でしょう? 勉強しなくて良いから、早く寝なさい」
 ドアの外まで引っ張り出して、『おやすみ』と手を振ってドアを閉めた。

 やれやれ、最近僕の部屋に由希子さんが入り浸りだしたから、うっかり写真も置いておけないんだよね。
 僕は、チェストの中にしまい込んでた写真立てを取り出す。
 最初で最後の僕と千代さんの写真。
 そこには、着物姿に袴の女学校の制服を着て椅子に座っている千代さんと、その後ろに立っている学生服を着た僕が写っていた。

 ベッドサイドのテーブルに写真を置き、僕はベッドに入る。
 あの頃には、考えも付かなかった生活を送ってる。人を気にかけ、世話をして、そして疲れて眠る。
 いや、一度だけ……千代さんのお世話をして過ごしたことがあった。
 僕はもう、睡魔に逆らえず眠ってしまっていた。


 だから、これは夢……。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み