とある音楽教師の末路

文字数 4,329文字

「コンチクショー!お前ら絶対に許さないからな!覚えとけ!うわぁあああん!」


―――――


「次授業なんだっけ?」
「ああ?確かあのハゲの授業だよ」
「うわ~、あいつの授業一番面倒くさいんだけど……」
「言うなって」
「おい、どうするよ?」
「フケる?」
「サボタージュは不味いだろ」
「もう別に良い気がするけど」
「男子!何くっちゃべってんの!授業始まるよ!」
「「はーい」」
「もう男子ったら」
「と、いいつつ貴方も嫌がってるじゃない」
「……というかあの授業嫌がらない人居るの?」
「あはは、それウケる!」
「いや、ウケ狙って言ったわけじゃないんだけど」
「それよりほら行くよ、第三講義室だよ」
「楽典持たなきゃ」
「はーい」


―――――


 私は、この学校で楽典の指導をしているのである。他の先生方よりも指導に長けているという自負はある。何故ならば、私は教育というものに対して、並々ならぬ熱情を持っているからである。楽典、音楽の基礎。それらが書かれているものを、生徒たちの頭に叩き込む。そのためには私は日々、色々と試行錯誤をしているのである。最近先生方の間で私の噂が流れているようだが、どうせ私を褒め称える噂をしているのであろう。さてと、今日の授業は楽典と後半は聴音の抜き打ちテストを行う予定なのである。よって吾輩は忙しい。他の先生方も私を見習ったほうが良いと思うのだが、理解者は少ないのである。非常に嘆かわしいことである。私の様な良き指導者になるのが最善だと言うのに……他の先生と来たら、生徒に厳しくし過ぎではないかと私に訴えるのである。甚だ遺憾である。生徒に厳しくする。それは心苦しいものがあるが、それは生徒の為であり、教育者として厳しく接するのは当然なのである。嘆かわしいことに、それを理解できない無能が、この学校の教職員には多い。非常に嘆かわしいことなのだが。私のような崇高な指導を目の当たりにして何とも思わないとは、如何なものかと思うのだが、才能の無き者にあれこれ言っても仕方がないのである。さてと、此の様な所で思考の迷路に潜り込んで居ては時間の無駄というもの。今から始まる授業に行くのである。


―――――


(行ったか?)
(ああ、行ったみたいだな)
「ふぅ~」
「はぁ~」
「疲れるなお互いに」
「ですね」
「どうしてあのハゲは先生をやれているんだろうか……不思議でならない」
「年度末の採点の時、俺あの先生に2つける」
「あっ、じゃあ俺もそうしようかな?」
「ちょっとあれは問題だよね?」
「一応俺たちは教員免許持ってるけど、あの教育方法は無いよな」
「というか、ハゲの指導案見たことあるか?」
「いや、無いけど、というか見たくない」
「それ、正解。ぶっちゃけ教頭ブチ切れてたからな」
「うへぇ、あの温厚な教頭がか?」
「ああ、仏の顔も三度まで。最初は指導主事訪問の時、略案じゃなく細案出すじゃん」
「ああ」
「全部赤線引いたらしいぞ、教頭」
「うへぇ、マジか」
「しかもその後が凄い」
「なになに?聞きたいような聞きたくないような」
「まぁまぁ、とにかく聞いておけ。で、細案に全部赤線引かれて、再度提出したのが全く別物の細案だったらしい。しかも、直されたところを直したのではなく、全く別物。一から書いてきたらしい」
「……アホか?」
「アホだな。で、教頭はまだ我慢できたみたいだ。全部にまた訂正入れて返してやったんだとさ」
「それで?」
「で、その後更にもう一度同じことを繰り返して」
「おいおい、まだあるのかよ」
「4回目に提出する時、教頭通さず直接校長に持っていったらしい」
「……いやいやいや、無理だろ。つ~か、校長が受け取らないだろ」
「そうなんだよ。だけど、あのハゲなんて言ったと思う?」
「……なんて言ったんだ?」
「校長に「教頭は無能だ。私の指導案が通らない。これは由々しき事態である。改善を要求する。そして、これがその指導案である」と言って渡したらしい」
「……」
「で、校長は馬鹿嫌いじゃん?」
「あ、ああ」
「そらまぁブチ切れたわな」
「だろうな」
「だがしかし、それでもへこたれないからハゲなんだよ」
「何があった?」
「結局、ハゲは何度も教頭の所へ持っていって、全部訂正。持っていって全部訂正ってのを繰り返していたんだけど……」
「それで?」
「締切日、教頭あのハゲの細案に判子を押して、通すって言って、受け取ったんだ」
「え!マジで!」
「ああ、だが一番恐ろしいのはここからだ」
「どうなったの?」
「その後、教頭が全部書き直して校長に直接持っていったらしい」
「……それは何とも」
「で、それにハゲは激怒して言いたい放題教頭に言ったらしいんだ」
「……それでブチ切れたとか?」
「ああ、正にその通りだ」
「すげーなあのハゲ」
「だよな。あのハゲ、すげーよな」
「ああ、信じられないくらいすげー」
「まぁ、待て。まだ面白いエピソードはあるんだ」
「まだ何かあるのか?」
「研究授業だ」
「……嗚呼、阿鼻叫喚の絵図が見えてくる」
「まぁ、ぶっちゃけそうなんだけどさ。あいつ、研究授業の細案もことごとく駄目出し食らって、それでもへこたれず、頑張ってた。その結果、今度は教頭がやられた」
「というと?」
「やっぱり締切日に細案を出して、訂正された。そこまでは良かったんだが、あのハゲ、それをそのまま訂正して出したらしい」
「え!?それは意外!」
「だが、それがやつの手口だったんだよ」
「手口って……犯罪者じゃないんだから」
「いや、教育という面においては、あれは犯罪」
「……そこには激しく同意するが一応犯罪ではない。法律では罰せられない」
「そこがあれなんだけどね」
「で?」
「ああ、そうそう。それでな、教頭も何か不穏な空気は感じたけど、訂正したのをそのまま書いて持ってきたため何も言えなかったんだと」
「まぁ、そりゃそうだわな」
「そして、研究授業当日」
「……あー、何か落ちが見えてきた」
「まぁ、此処まで言えば分かるよな……まぁ、訂正される前の指導案をそのまま配って、研究授業をやりやがったんだよ、あのハゲ」
「うわぁ~」
「教頭がその時ばかりはブチ切れてたな」
「あの教頭を怒らせるって、並大抵のことじゃ無理だぞ?」
「俺もそう思うのだが……大変激怒しておられた」
「マジかよ」
「まぁ、触らぬ神に祟り無し。だな」
「そうだな」
「じゃ、俺、授業の準備してくるから」
「ありがとうございます。貴重なお話を聞かせていただき」
「お前、新任だからな、やっぱ知っとかないと不味いだろ」
「助かります」
「じゃあ、俺は行くな」
「ありがとうございます。自分は次の授業の準備と略案は書いたから、明日の分の略案に取り掛かるとします」
「おう。新人のうちは略庵書いて必死にやればなんとかなるさ。それにあのハゲ以上に酷いやつもなかなか居ない。いい勉強になるだろうよ」
「はい!色々な意味合いでご指導ありがとうございました」
「何、良いってことよ」


―――――


「今日はそうですね……音階のところをやるのである」
(始まったよ、わけのわからないところからの授業の開始)
(いつものことだから気にするな)
(こら、男子うるさい!先生に聞こえたらどうするの!)
(あの熱血馬鹿のハゲが気付くわけ無いだろ?)
(……それには同意するけど、気をつけなさいよ)
(分かってるって)
「それでは全員楽典の本を閉じるのである」

 今から授業というのに楽典を閉じろと言う。

(気でも触れたか?)
(元からだろ)
(そういやそうだった)

「それでは、問題である。日本音名でファのシャープは何と言うか答えなさい」
(うわ~、陰湿……てか、それくらいみんなもう勉強済みだよな?)
(基礎だから沢山ヤることに意義があるらしい)
「そうであるな。そこの男子、答えるのである」
「は、はい「エイヘ」です」
「よろしい。では座るのである。次はドイツ音名でシのフラットは何と読みますか?次はその隣の男子!」
「はい!「ベー」です」
「よろしい」

 こうして授業が続いていく。するとハゲは唐突に聴音をやると言い始めた。しかも小テストだと。

(糞あのハゲ一体何考えてるんだ!)
(聴音とか、マジ最悪!練習してねぇぞ!)
(男子うるさい!だけど、それには同感)

「それでは音取りをするのである」

 先生がピアノの椅子に座る。そして、音を出そうとした瞬間、遠くから微かに救急車の音が聞こえてきた。

「おや、救急車であるな。うるさいので、通り過ぎたら授業を再開するのである」

(あっ、俺良いこと思いついた)
(何をひらめいた?)
(ちょっと待ってろ)

 そいつは立ち上がった。

「みんな!音取りだ、救急車の音取りをしよう!ドイツ音名で!」
「こ、コラ、一体何を……」

 クラス全員が一丸となった瞬間だった。聴音という名目での壮大ないじめが始まった。

『ハーゲーハーゲーハーゲーハーゲー』

 救急車の音は「シ」と「ソ」。ドイツ音名に直すと「ハー」と「ゲー」である。

「こら!君たち!これは一体何なのだね!私の頭のことを言っているのであるか!」

『ハーゲーハーゲーハーゲーハーゲー』

 大合唱は鳴り止まない。

「ちょ、ちょっと待つのである」

 だけど、そんな言葉で止まるわけがない。わけの分からん授業を今まで散々されてきたのだ。

『ハーゲーハーゲーハーゲーハーゲー』

 救急車はとっくに通り過ぎている。だけどやめないハゲの大合唱。

『ハーゲーハーゲーハーゲーハーゲー』

 とうとうハゲは切れた。

「コンチクショー!お前ら絶対に許さないからな!覚えとけ!うわぁあああん!」

 そう言い残すと、ハゲは教室から消えた。その後クラス全員で大爆笑し、その笑い声と職員室に戻ってきた先生を見て、職員室から先生が駆けつけた。お叱りを受けるかと思ったところに教頭先生が入ってきた。

「皆さん。先生をハゲ呼ばわりするのはよろしくないですね」

 クラスのみんなはやばいと思った。あの温厚な先生が怒るのかと思って。

「ですが、聴音の授業で救急車の音を正確にドイツ音名で拾えたとのことで、次の君たちの聴音のテストの内申点は満点をあげましょう」

 と教頭はにこやかに言った。教室は一瞬の静寂の後、歓喜に包まれた。



 因みに、その時、職員室の一つの机の所で子供のように泣きじゃくる大人が一匹居たそうな。
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