第27話 嫌なところ

文字数 1,366文字

 
 初夏の暑さと、未嗣と一緒にいると緊張するのもあって、水を飲んでも飲んでも喉が乾く。

「夕雨ちゃん、大丈夫?」

「ちょっと暑くて…」

「冷たいの頼もうか?」と言ってメニューを開けると、シンプルな銀の器に盛られたアイスがあった。

 未嗣は「これでいい?」と聞くとすぐに頼んでくれる。

「無理させてる?」

「そうじゃなくて…。緊張してるんです」

「緊張?」

「だって…初デートだから」

「え? 初デートって…。今まで…したことなかったの?」と未嗣が驚いたように言う。

 でもそれだと、頑張っておしゃれしてきたのが分かる気がする。夕雨なりに一生懸命デート用にいつもとは違う服を着て、髪を下ろして…いろいろおしゃれをしてきたんだろうと。似合ってないわけではないのに、本人が居心地悪そうな感じだったのも分かった。ハーフアップだから、横髪から見える耳が真っ赤になっている。
 その夕雨の気持ちが可愛くて、未嗣は何て声をかけたらいいか悩んだ。

「高校は女子校だったから…」

「大学は行かなかったの?」

「本当はパンの専門学校に行こうかなと考えてたんですけど。でもその前に留学もしたくて…。専門学校に行ったら、すぐに働くことになるだろうし…。だからアルバイトして留学費用を貯めて…って思ってたから男の人とお付き合いする時間もなくて」

「それで…そんなに可愛くして来てくれたんだ」と言うと、夕雨は唇を噛んで、未嗣を見た。

「やっぱり…似合わないですよね」

「そんなことないよ。可愛くて、おしゃれして来てくれたのも本当に嬉しいし」

 そう言っている間に、アイスが運ばれて来た。

「溶ける前にどうぞ」と未嗣が言う。

 冷たいアイスで少し気持ちが落ち着いて来た。

「夕雨ちゃん…。君のこと、何にも知らないって言ったけど…。少し知る度にもっと好きになるんだけど?」

「私の嫌なところ…見てないだけじゃないですか」

「嫌なところって? 頑張り屋さんだし、可愛いし…。見てないって言うか、見えないよね。今のところ」

「じゃあ、見たら嫌になると思います」

「どんなところ?」

「えっと。部屋が散らかってるところとか」といつも母に注意されていることを夕雨が言うと、未嗣は思わず吹き出した。

「ごめん」と謝っているが、まさかそんなことを言われるとは思わなくて、笑いが止まらなくなる。

「どうして笑うんですか? 先生だって…三条さんだって何かあるでしょう?」

「お見合いみたいだなぁ…。あるよ、ある。えっと…床で寝る」

「え? どうして床で?」

「それは徹夜して、お風呂に入れなくて、でもベッドは清潔にしておきたくて…床で寝る」

 今度は夕雨が笑った。

「せめてソファで寝たらいいのに」

「あ、ほんとだね。でもソファだと体がはみ出るから、なんか血の巡りが悪くなりそうで」

 さらに夕雨はおかしくなった。未嗣から血の巡りなんていう言葉を聞くとは思いもしなかったからだ。笑いが止まらない夕雨を優しい表情で見ている。

「それで…嫌いになった?」と未嗣が聞いた。

「床に寝なくていいようにお風呂に入ってもらいます」と夕雨が言うと、未嗣は幸せな気持ちになった。

 言ってから、まるで結婚生活の話のように思えて、また夕雨は恥ずかしくなった。

「今度は…絶対に離しちゃだめなんだって思ってる」

「今度?」

 それは奥さんのことがあったからだろうか、と夕雨は思った。

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