5話 束の間(3/5)

文字数 2,007文字

「こんにちは」
注文の品が入荷したとの連絡をもらって、リリーは仕事帰りに、封具屋を訪れていた。
扉の開閉に合わせて、カランとドアベルが軽い音を立てる。
「やあ、いらっしゃい。やっと手に入ったよ」
中では、口髭を蓄えた店主が、背を向けてごそごそと戸棚から品を取り出していた。
「これが……」
と振り返った店主の言葉がリリーを目にした途端、途切れる。
「お前さん……その髪は……」
言いにくそうに尋ねられて、リリーは努めて明るく微笑んだ。
「若く見えるでしょう?」
リリーの長く美しかった金色の髪は、すっかり短く、肩に付きそうにもない。
「……そうだな。二十歳でも通用しそうだ」
店主の気遣いに、リリーはクスッと笑って礼を言う。
「これが、坊主用の封印石だ」
店主が台の上に布包みを開くと、そこには小さなリルの手にもすっぽり収まるほどの大きさの、濃紺色をした石があった。
「あら、思ったより小さい石なのね」
「だが、力はお前さんが耳から下げているものよりずっと強力だ」
言われて、リリーが自分の耳に飾られている細長い雫型をした赤い石に触れる。
金色の留め具からぶら下がっている赤い石は、指先に当たると小さく揺れた。
「扱いには十分気をつけてくれ、下手をすれば厄介な事にもなりかねん代物だ」
釘を刺されて、リリーが答える。
「ええ、気をつけるわ」
手に取ってみたリル用の封印石は、リリーの親指と中指で輪を作ったほどの大きさで、厚みは指の半分程もなかった。
平行四辺形のような、ダイヤのような輪郭で、ぺたんとした形のそれは、鋭角の方に穴が開けてあり、皮紐が通され首に下げられるようになっていた。
濃紺色をしたそれには、まるで細かい細かい金と銀の粉がかけられたかのような煌めきが内包されている。
傷が入ると赤い跡が残るらしいその石を、リリーは傷付かぬよう丁寧に布で包み直して持ち帰った。


「ただいまー」
リリーの声に、リルがわくわくと駆け寄る。
「おかーさんっおかえりーっ! ボクの石どんなのだった?」
「はい、これよ」
布ごと手渡され、リルが両手を揃えて受け取る。
「わあっ! ありがとーっ」
母の顔を見上げて笑顔で礼を伝えたリルが、大きな疑問符を浮かべる。
「あれ……? 何か変……?」
「お母さんっ! その髪!! 切っちゃったの!?」
後ろからフリーの悲鳴に近い声があがって、リルはやっと気付いた。
「あ、髪が、短くなってたんだ」
ポンと手を叩くリル。
「ええ、若返ったでしょ?」
リリーが笑って答えると、リルもにっこり笑って返した。
「うんうんっ。おかーさん可愛いよーーっ」
そんなニコニコのリルの後ろでは、フリーが何ともいえない顔で同意する。
「う、うん……。とっても似合ってるよ……」

リリーはリルに石を無くさぬよう、とても力の強い石なので、扱いに気を付けるよう、繰り返し注意している。
「はーいっ」
と元気なリルの返事に、リリーはほんの少しの不安を残しつつも、それを任せた。

そんな二人を遠目に見ながら、フリーは思う。
母は、髪を売ってしまったのだと。
どんなに慌ただしい朝にだって、いつも綺麗に整えられていた、長く美しい金色の髪……。
ずっとずっと、母が手入れを欠かさず伸ばしていた髪が、こんなにあっさり、こんなに突然失われてしまった事に、フリーもまた、責任を感じていた。

部屋の隅でしょんぼりしているフリーに、リリーは気付く。
自分よりも明るい色をした、フリーの髪を撫でて、リリーは囁く。
「いいのよ、こういう時のために伸ばしていたんだから……」
「でも……」
納得のいかない様子で目を伏せる娘に、リリーは優しく伝える。
「ありがとうフリー、その気持ちだけで十分よ」

「つけてみたーっ! 似合うー? 似合うー?」
リルが首に濃紺の石を下げて、嬉しそうに部屋をくるくる回っている。
「あらあら、とっても素敵よ」
リルに答えて振り返る母の背に、フリーは決意と共に声をかけた。
「お母さんっ! 私も、もっと髪伸ばすっ! お母さんみたいに、なりたいから!!」
フリーは願う。
私も、母のように、大切な人を守れるようになりたい。と。
そのために役に立ちそうなことなら、何でもしておこう。
髪を伸ばすことも、手入れを欠かさないことも、いつか誰かの助けになるかも知れない。

そこへ、何も気付かないままのリルが不思議そうに声をかける。
「フリーが髪を伸ばしても、お母さんみたいなピカピカの金髪になるわけじゃないよ?」
確かに、フリーの髪はひたすら明るい黄色い髪で、淡い金色に深い輝きを持つリリーの髪に比べると、高貴さというか深みというか、そういうものが足りないと、フリーも自覚はしていた。

ゆらり。と姉の背後に怒気が揺らいで、失言に気付いたリルが慌てて背中を向ける。
瞬間、リルの両こめかみはフリーの拳に挟まれた。
「人が気にしてる事をっ!!!」
ぐりぐりと回転をかけつつ、拳がこめかみにめり込む。
「ぎゃぁぁあああああ!!」
リルの悲鳴が、村外れの小さな家に響いた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

リール・アドゥール (reel・adul) [鬼と妖精のハーフ]


フリーの双子の弟

14歳 6月25日生まれ 身長145cm 体重はかなり軽い

頭のてっぺんにちっちゃなツノ有り

種族の関係上、見た目は8~9歳程度


妖精ばかりの村でただ1人の鬼っ子。いわゆる虐められっ子。

幼い頃からずっと姉の後ろで守られてきた為、どうにも甘えた性格に。

泣き虫で、無邪気で純粋。良くも悪くも空気が読めない。


潜在能力は物凄いものの、まったく制御が出来ない(汗)

逆に言えば、今後一番成長していける子。


リールという名前は本編中では常にリルと略されている。

※久居・菰野はそれが略だということすら知らない

フリー・アドゥール(free・adul) [妖精と鬼のハーフ]


リルの双子の姉

14歳 6月25日生まれ 身長155cm 体重は普通 歳のわりに胸がある

背中にトンボのような羽と、頭に触角有り

こちらは14歳程度の外見


笑ったり泣いたり怒ったり、くるくる表情が変わる天真爛漫な女の子。

リルに比べるとずっと我慢強く、すぐに泣くタイプではないものの、

リルに比べて酷い目に遭いやすい。


普段はリルをからかったり虐めたり八つ当たりしてみたりと玩具にしているが、

いざというときには弟を守るべく必死になれる良いお姉さん。


背中に羽が生えているものの、退化していて飛ぶことは不可能。

材質的にはトンボの羽のような感じ。

爪のように毎日ちょっとずつ伸びるので、時々カットして長さや形を整える。

男性は小さめに、女性は大きく緩やかなカタチに整えるのが最近の流行。


触角はマナーとして一般的に接触禁止。


菰野 渡会 (こもの わたらい)


菰野が名で渡会が姓。姓は国(藩)名と同じ。

本編中には下の名前しか出ない

皇(藩主)の実姉の子

15歳 10月10日生まれ 身長160cm 体重は見た目より重い 童顔


生まれたときから城暮らし。

5歳の時に、海辺に落ちていた久居を拾って来る。


母親は菰野が10歳の時に死去。

その後は母の弟である譲原皇に温かく見守られ育つ。


立場上微妙なところにいるせいか、一人称が登場人物中誰より多く

私・僕・俺を器用に使い分ける。

久居 (ひさい)


苗字は記憶と共に喪失

18歳 5月生まれ(日は不明)身長165cm 体重は思ったより軽い

髪型のせいか態度からか、老けて見られる事が多い

8歳の冬、海辺に打ち上げられていたところを、菰野とその母に拾われて以降、菰野の傍を片時も離れず菰野の面倒をみながら育つ。

拾われる以前の記憶には部分的に抜けがある。

自分の存在意義を菰野に見出しており、菰野の為なら惜しみなく命も手放す。


過去のトラウマから、首元に触れられると意識を失う体質のため、真夏でも首元に布を巻いている。

幼少時から常に丁寧語で話す癖があり、咄嗟のときも、心の声も全て丁寧語。

葛原 渡会 (くずはら わたらい)


皇(藩主)と正妻との第一子

21歳 1月28日生まれ 身長165cm 体重は見た目よりずっと軽い


正統な皇位継承者。


父以外に愛情を注いでくれる対象を持たず、よって菰野が羨ましくてしょうがない人。

生まれたときから母親には邪険にされている。

譲原 渡会 (ゆずはら わたらい) 


皇(藩主)亡き姉の忘れ形見である菰野を、とても大事にしている。


姉が面倒を見ていた久居を引き取り、居場所と地位を与え、あれこれと教育を施す。

それに対し、久居は恩を一生尽くす事で返すつもりでいる。

そんな久居を譲原も信頼している。

加野 渡会 (かの わたらい) 


皇の実姉、一人息子の菰野をなにより大事にしていた。


菰野が拾ってきた久居の世話を焼き、居場所と仕事を与える。

その事を久居もとても感謝しており、恩を一生尽くす事で返すつもりでいる。

そんな久居を加野も、とても信頼していた。

リリー・アドゥール (lily・adul) {妖精}


リルとフリーの母親


妖精の村を隠す為、山にぐるりと張られた結界の管理者。

彼女にしか出来ない仕事というのが多く、案外多忙。

結界を扱うその能力は群を抜いている。


村長の娘ではあるが、妖精以外の種族との子を産んでしまったため、村から離れた結界ギリギリの場所に、ポツンと家を建てて家族3人で暮らしている。

子供達の安全の為、夫とは別居しているものの、夫婦仲はすこぶる良好。

葵 (あおい)


国(藩)に仕える盲目の隠密 女性 24歳


先に重りをつけた鎖を武器として用いている。

隠密としては優秀な類で、里の代表として国(藩)に仕えている。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み