第3話 うつろな人々

エピソード文字数 1,236文字


 結局、高価な骨董品が五つとも、すべて壊されていた。ご隠居は、散らばったかけらの真ん中で正座していた。目がうつろだ。
 八っつあんの部屋も、かなりあらされていた。ふすまや障子は破られていたし、料理の材料に買っていた野菜類は踏みつけられて汁が出ていた。小鳥遊の部屋は、さすがに綺麗だった。しかし小鳥遊はそれがかえって心苦しいらしかった。

「すまない、拙者が――いや、わたしの腕がなまくらなばかりに」
「お武家さまのせいじゃねえっすよ。みんな、あの権三が悪いんだ」
 八っつあんは、小鳥遊を慰めた。
「拙者はもう、侍ではない……」

 小鳥遊は、つらそうにつぶやいた。
「文明開化め!」
 ますます生きる気力が、喪われていく気がする。八っつあんは、怒りの持って行き場がなかった。
「新しい旅籠(はたご)って、いつごろ建つの?」
 ヨネさんは、顔をしかめている。

「えーと、ホタルだかホテルだとかって言ってたわね?」
 カリカリかんざしで頭をかいている。
「どうだっていい。興味もない。毛唐相手の乳臭い料理なんか食べたら、牛になりそうじゃないか」
 ヨネのことばに気持ちを引き戻され、ご隠居も、顔をしかめている。
「けれどよ、その新しい旅籠ってヤツのせいで、うちの長屋が、こんな目にあってるんじゃないかよ。住んでる人間がいるのに、大家の権三はひでーよな」
 八っつあんがこぼす。

「それがなんだ! 思い入れのあるこの長屋を出て行く気はない! 石にかじりついても、ここを死守してやる!」
 ご隠居が、むぎゅっと拳を握りしめた。
 長屋を潰して、西洋料理付きの大きな旅籠をつくる。その話が権三からあったのは、二週間前。その後、毎日のように、立ち退きを迫られている長屋の五人であった。ご隠居は、二つとなりの部屋、小鳥遊はつきあたり、ヨネは、八っつあんの隣に住んでいる。トメが半分あっちの世界に行ってしまったので、面倒を見てくれているのである。

 立ち退きの話は、この五人の間では禁句であった。話し合えばなんとかなる、とも思えなかった。浪人の小鳥遊は、あれからずっと部屋にこもりっきりで、傘を張っているのかふて寝しているのか、うかがい知ることはできなかった。小鳥遊には、独特の雰囲気があり、うっかり近づくとヤケドしそうだ、と八っつあんは思っている。

 ちなみに八っつあんは、もうじき六十のおじいさんだ。おじいさんには見えないほど若々しく、その江戸っ子気質も手伝って、四十代に見える。ガミガミ気質で気風がよい男で人気者だ。半分あっちの世界に行っている女房のトメと、仲良く暮らしている。ご隠居は趣味の骨董品集めが高じ、借金がかさんでいるらしいが、いずれ骨董品を高値で処分する、というのが口癖である。おとなりのヨネさんは、あきれているが、世話を焼くのが好きなので、トメとご隠居の両方を世話している。ヨネさんは、最近ご主人を亡くしたばかりだ。みんなで葬儀を出した。
 そして、五郎。
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