(五・三)祐天寺駅前3

文字数 1,800文字

 二十歳でバルタン協会に入信した彩子は、その当初から積極的にバルタン協会の教えを学び、自発的に教団行事、祭典や布教活動にも参加する。渋谷駅前で見知らぬ通行人に声を掛けることに最初は緊張や躊躇いもあったものの、実際やってみると何かしら悩みを抱えている人が多いことに気付かされ、もっと頑張らねばと夢中になってゆく彩子。病気、経済問題、人間関係、孤独……、人の悩みは千差万別。何とかして救って上げたい、助けたい、そう思う彩子に、信仰の先輩である田島京子や布教リーダーはやさしくアドバイスしてくれる。
「バルタン協会の神様の御前に導いて上げることが、その人にとって最上の救いになるんだよ」
 素直な彩子は「はい、頑張ります」と張り切る。結果、渋谷駅前の布教で沢山の人をバルタン協会の施設へと案内する彩子である。
 誰かを幸福にする、救って上げる、その手助けをしたのだという気持ちは、今迄一度として味わったことのない異質の喜び、幸福感であり、彩子に何ものにも代え難い充実感とやり甲斐を与えてくれる。加えて同世代である布教仲間ともどんどん仲良くなり、毎日が楽しくて止められない抜けられない状態。学校の友人や会社の同僚とはとても話せなかった人生の悩みなども気軽に相談し合えるから、それだけ絆も深くなるし、同じ願い、祈りの下に人類救済という大いなる目標を目指し、こつこつと支え合い励まし合うから、まさに同志と呼ぶに相応しい愛しき仲間たちである。そういった人間関係は彩子の人生にとって勿論初めてのことであり、彩子はバルタン協会の活動へと弥が上にもその情熱を傾け没頭してゆく。こうして会社員時代の彩子は、仕事以外のすべてをバルタン協会の活動へと捧げるのである。
 勿論すべてが順調だったという訳ではない。時に疑問を抱き、挫折し、信仰に躓きを覚えるのは誰しも同じこと。なぜ布教や献金にノルマが必要なのかと教団や幹部に不信を抱いたり、折角自分の導きでバルタン協会の信者となった人が失望して辞めてゆく姿に無念さを覚え無力を痛感、ひとりで悩みもがいたり。また神様は本当に存在するのか、バルタン協会に入信することが本当に人にとって最大の幸福、救済となるのかなどと大いに迷う。
 こういう場合、教団の同志や先輩、リーダーとの話し合いだけでは、往々にして解決しないもの。しかしその度毎に、バルタン協会の信者たちが『祝福』と称する神様の証しを体験することで、彩子もその迷いと疑念を払拭して来たのである。そして挫折を乗り越えたことで信仰は更に強固なものとなり、信仰者として成長し、布教にも尚一層励むようになるのである。
 さてこの『祝福』なるもの、一体何か。これはバルタン協会独特の一種の奇蹟であり、具体的には信者が直接神の声を聴くことを指すのである。それはいつどんなふうにして聴こえ来るかというと、先ず真夜中、バルタン協会のチャペルに於いて信者が唯ひとりで祈りを捧げている時に限定される。その時、その信者のみに、神様の声が聴こえて来るというのである。ただしどんな声でどんなことを語られたかは他言してはならないと、『祝福』中に於いて、しっかりと釘を刺される。よって他人は何も知ることが出来ない。よって神秘であり奇蹟なのである、って本当かよと、熱心なバルタン協会の信者でもない限り、疑いたくもなるのである。
 この『祝福』が正真正銘の奇蹟であるのか、はたまた単なる最新テクノロジーを駆使したマインドコントロールの一種に過ぎないのかは、これこそ神のみぞ知るというか、バルタン協会の教祖並びに幹部連中のみぞ知るである。てことは例のゼットンフォーラムの教祖様、佐谷も知っていて、ゼットンフォーラム内でも同様の奇蹟が起こってたりするかも……。これもまた神のみぞ知るである。
 それはさておき、数々の挫折と躓きを乗り越え、逞しき信仰者、布教者となった彩子が会社を辞めバルタン協会の活動に専念しようと決意するのは順当な流れであり、時間の問題であり、然して二十四歳、彩子は遂にそれを果たすのである。とはいっても教団施設に入って活動に専念するにしても、生活費はやっぱり必要。食費、交通費、その他必要経費はすべて信者である自分持ち。献金だってしなきゃならないのは一般信者であるなら当然のこと。彩子は会社員時代の貯金でそれらを賄いながら、何とか現在に至っているという訳である。
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