第1話
文字数 1,475文字
受付で応対していた女の事務員が私のところに来て言った。「昨日のセールスの人が、また来たのです。断っているのですが、話が長く、居座られると仕事の邪魔になるので困っています。」
私は気軽に席を立って、受付の方を見た。近づくにつれて、どこかで見たことのある風貌だと感じた。三十歳前後だろうか、セールの男も近づいていく私の顔を見て、表情がなんとなく緩んだようであった。「どんなことでしょうか。」私は椅子を手前に引いて男と向かい合った。
「あのですね。自家栽培農園を支援するフアンド基金を募集しているのです。よかったら一口でいいですから、ご加入してもらえないかとお願いに来たのです。それでですね。もし、加入してもらえれば、毎週1回、収穫できたフルーツや野菜を籠に入れてお届けしているのですよ。一人暮らしのご年配の方からは大変、喜ばれているのです。ただし、フルーツ籠をお届けした時、100円だけ配達員に渡してもらえれば、それで済むわけです。配達員はボランチアでやってくれていますので低料金で配達できているのです。ただし、これは、あくまでもフアンド基金に出資してもらった方に限ります。ですから、まず、フアンドに1口十万円なのですが、加入していただくことが取引の前提になっているのです。いかがでしょうか。本日、ご訪問させていただき、いいチャンスじゃないですか。」
この時、私の記憶が蘇って、思わず笑ってしまった。
「あなた、もしかして、盛林という人じゃないかね。」
これまで流暢に喋っていた男の口が止まった。そして、テーブルに置いていた右手を移動させて床に置いている手提げ鞄の方へ視線を移した。
「何か、勘違いされているのでは?自分はモリ、モリバヤシじゃないです。」
「そうかな。オレの顔に覚えはないかね。」
私は、男が表情を変え、慌てだしたので笑い掛けながら、余裕を持って相手を見ていた。
「人違いですよ。まあ、なんです、ご賛同いただけないのであれば、帰らせてもらいます。」
男は腰を浮かそうとしたから、そっと相手の肩に手をやって、私はニンマリした。
「そう急がなくても、ゆっくりと落ち着いて話そうや。どうや、オレの顔、思い出してくれた。」
「なんとなく、思い出せそうですが、違っていれば、失礼ですので、またの機会にします。」
もう、たまらなく私は腹の底から愉快になってきた。
「あんた、昔、イチゴハウスの窃盗でオレに捕まったことあるだろう。ええ、どうだ。ずばりだろうが、まさか、こんなところで再会するとはな・・。オレも最初、人違いかなと思ったよ。」
「昔は昔、今は真面に働いていますよ。過去をホジクらないでください。」
「そうか。だがな、お前が奨めている自家農園フアンド基金というの。それはちゃんと、法的に認められた基金なのか。勝手にこしらえて、金を集めているようであれば、詐欺だ。また、出資法にも抵触しているからな。このことを分かって、お前は勧誘に回っているのか。」
「いえいえ。そんなことありません。誤解です。」
「警察を退職して半年ほど前から企画相互社という、この会社の総務部に勤務しているのだが、あんたのような人が飛び込んでくるから、過去の職歴が役に立ったということだ。オレの後輩が現役でバリバリやっているので盛林が、やって来たことを報告しておくが、どう思う。」
セールスの男は不意に立ち上がって、ドアをバタンと鳴らして飛び出て行った。
受付の事務員が「さっきの人、逃げて行きましたが、どうしたんでしょう。」というので、私は「ちよっと薬が効きすぎたかな」と言って、席に戻った。
私は気軽に席を立って、受付の方を見た。近づくにつれて、どこかで見たことのある風貌だと感じた。三十歳前後だろうか、セールの男も近づいていく私の顔を見て、表情がなんとなく緩んだようであった。「どんなことでしょうか。」私は椅子を手前に引いて男と向かい合った。
「あのですね。自家栽培農園を支援するフアンド基金を募集しているのです。よかったら一口でいいですから、ご加入してもらえないかとお願いに来たのです。それでですね。もし、加入してもらえれば、毎週1回、収穫できたフルーツや野菜を籠に入れてお届けしているのですよ。一人暮らしのご年配の方からは大変、喜ばれているのです。ただし、フルーツ籠をお届けした時、100円だけ配達員に渡してもらえれば、それで済むわけです。配達員はボランチアでやってくれていますので低料金で配達できているのです。ただし、これは、あくまでもフアンド基金に出資してもらった方に限ります。ですから、まず、フアンドに1口十万円なのですが、加入していただくことが取引の前提になっているのです。いかがでしょうか。本日、ご訪問させていただき、いいチャンスじゃないですか。」
この時、私の記憶が蘇って、思わず笑ってしまった。
「あなた、もしかして、盛林という人じゃないかね。」
これまで流暢に喋っていた男の口が止まった。そして、テーブルに置いていた右手を移動させて床に置いている手提げ鞄の方へ視線を移した。
「何か、勘違いされているのでは?自分はモリ、モリバヤシじゃないです。」
「そうかな。オレの顔に覚えはないかね。」
私は、男が表情を変え、慌てだしたので笑い掛けながら、余裕を持って相手を見ていた。
「人違いですよ。まあ、なんです、ご賛同いただけないのであれば、帰らせてもらいます。」
男は腰を浮かそうとしたから、そっと相手の肩に手をやって、私はニンマリした。
「そう急がなくても、ゆっくりと落ち着いて話そうや。どうや、オレの顔、思い出してくれた。」
「なんとなく、思い出せそうですが、違っていれば、失礼ですので、またの機会にします。」
もう、たまらなく私は腹の底から愉快になってきた。
「あんた、昔、イチゴハウスの窃盗でオレに捕まったことあるだろう。ええ、どうだ。ずばりだろうが、まさか、こんなところで再会するとはな・・。オレも最初、人違いかなと思ったよ。」
「昔は昔、今は真面に働いていますよ。過去をホジクらないでください。」
「そうか。だがな、お前が奨めている自家農園フアンド基金というの。それはちゃんと、法的に認められた基金なのか。勝手にこしらえて、金を集めているようであれば、詐欺だ。また、出資法にも抵触しているからな。このことを分かって、お前は勧誘に回っているのか。」
「いえいえ。そんなことありません。誤解です。」
「警察を退職して半年ほど前から企画相互社という、この会社の総務部に勤務しているのだが、あんたのような人が飛び込んでくるから、過去の職歴が役に立ったということだ。オレの後輩が現役でバリバリやっているので盛林が、やって来たことを報告しておくが、どう思う。」
セールスの男は不意に立ち上がって、ドアをバタンと鳴らして飛び出て行った。
受付の事務員が「さっきの人、逃げて行きましたが、どうしたんでしょう。」というので、私は「ちよっと薬が効きすぎたかな」と言って、席に戻った。