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文字数 1,679文字

 あたしは桜田先輩の隣に並ぶと、カメラの画面を覗き込んだ。先輩の写真は全部モノクロで、なんかよく分からないけどアーティストっぽい。これが芸術ってやつなんだな、と分かったように頷いてみる。

 写真の中のあたしは恥ずかしくなるほどピアノに夢中だ。先ほど先輩が勝手に撮った写真なんか眉間に皺を寄せている。鍵盤の重さに苦戦している顔だ。
 でも、写真はすごく綺麗。携帯電話のカメラかインスタントカメラしか使ったことがないあたしにとってはすごく新鮮だった。

「わあ、先輩の写真すごーい! なんかもう、アーティストじゃないですかあ」
「アーティスト? 大げさだよ」
「だってモノクロの写真だなんておしゃれだし。被写体はあたしで残念だけど……」
「残念じゃないよ。いきいきしていて、生命を感じる。あ、もしよかったらこの写真、現像できたらもらってくれるかな?」

 桜田先輩は目を細める。あたしは写真よりもそちらの方が気になってしまい、その目の形が花びらみたいに見えた。この前会ったときはあまり話さなかったけど、この人がこんな顔をするんだということを知ると、あたしはなぜか嬉しくなった。綺麗だけど、ちゃんと人だったんだ、と思う。

「この写真……今度の写真コンクールに出してもいいかな? この写真、すごく好き」

 コンクールということは、『考える人』みたいに深刻な顔をするこの中林梅が全国にさらされてしまうのか──それはものすごく恥ずかしい。というか大切なコンクールにこんな変な写真を出していいものなのか。芸術って分かんない。

 でも、コンクールに出す以上は一番を目指してほしい。写真のコンクールというと、優秀賞とか呼ぶんだろうか。あたしの写真が優秀賞を取ったら、それはそれで面白い気もしてきた。

「へへ、じゃあ一番を目指しましょう! それならいろいろな写真撮りましょうよ! あたし、ものまね中ならもっといい顔します」
「ものまね?」

 面白さ半分、照れ半分──そんな感じであたしは特技のピアニストものまねを披露する。ピアノの前に座り鍵盤に指を乗せ深呼吸。

 ──ものまね第一弾、テンション上がったときの行原先生!

 行原先生はテンションが上がるとピアノの音が少しだけ跳ねる。おそらく気持ちが音に乗りやすい人なんだろう。そして生徒たちに向かって穏やかなアイコンタクトを送り、すぐに伏せるとピアノ越しにあの綺麗なハゲ頭が覗く。おじちゃんだから背中が丸まっているのがポイントだ。

「えーっと……それ、行原先生のまね?」
「大正解です」
「ふふ……はは、そっくり。すぐに行原先生だって分かった」
「じゃあ続いて、最近流行りのロックバンドのキーボード担当の女やります」

 少し前に歌番組で聞いた曲を覚えている範囲で弾く。先輩は知っているというような表情をしたので、安心しながら続けた。

 あのロックバンドの女は基本的に座ってプレイする。リズムを取るとき身体を前後左右に揺するし、別にコーラスをやっているわけではないのに常に口を動かしている。あと、妙なアドリブを入れるところが結構気に入っている。
 あたしは今、あの女だ。そんな勘違いをしだしたところで、あの機械音がまた割り込んだ。今度は先輩の笑い声も一緒だ。

「あ、今のいい感じでした?」
「うん……あー、涙出るくらい笑っちゃった。シャッターチャンス逃しそうだったよ」

 先輩は写真を見せてくれた。あたしはいつもこんな感じでものまねをしていたのか、と自分を外から見ることでいろんなものに気づく。顔とか弾き方とか姿勢とか──ものまねに改善の余地ありだ。

「この写真もいいなあ。これもコンクールの候補にしちゃおうかな」
「あたしも今の写真の方が好きです」

 その後もあたしは渾身のものまねをいくつか先輩に披露した。先輩はそのクールな見た目とはうらはらに意外と笑いのツボが浅いらしい。あたしがものまねを披露した人達では、央ちゃんと競り合うくらいには目を潤ませている。

 それでも先輩のすごいところはちゃんとカメラを構えているところだ。シャッターチャンスへの情熱を感じると、あたしも俄然やる気になった。
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