最終話【前編】

文字数 4,970文字

 鬼の国は、『(はる)たけなわ』だ。


 あれから、シロ様と四度(よんど)、『満月(まんげつ)』の()()ごした。


 最後(さいご)のときは、一番(いちばん)『ひどかった』。


 高熱(こうねつ)と『(けが)れ』に(むしば)まれ、寝衣(しんい)(えり)(にぎ)りしめて(くる)しむシロ様を、ぼくはただ、ぎゅって()きしめて、(かれ)目尻(めじり)ににじむ(なみだ)()めとって。


「そばにいるよ。『ひとり』じゃないよ……」 


 そう、言葉(ことば)(つむ)ぎつづけることしかできなかった。


 シロ様は、一度(いちど)だって『弱音(よわね)』を()うことなんてしなくて。




 ぼくは、『無力(むりょく)』だ。



✿✿✿✿✿


 そんなシロ様が、最近(さいきん)(今までもたまに、どうかしちゃったのかな?? って(おも)うときはあったけれど)おかしい。


 ()()うとそわそわしてしまうことが()えたし、この(まえ)一緒(いっしょ)(ねむ)るとき、寝衣(しんい)からのぞく(なめ)らかな(むね)(ほお)ずりしたら、びくーん! って()ねて、(いそ)いでお手洗(てあら)いへ()ってしまった(お着物(きもの)(うえ)からはいつもさせてくれるのに……これは直接(ちょくせつ)だとくすぐったすぎた、だけ??)。


 ぼく、なにかしちゃったのかな……。



✿✿✿✿✿



 (あさ)

 障子(しょうじ)からやわらかな(あか)るさを(かん)じとり、目をゆっくりと()けると、布団(ふとん)(うし)()きに(すわ)っているシロ様が、お着物(きもの)(ひら)きながら、ぶつぶつとつぶやいている(こえ)()こえた。

「うう、ぱんつ、五枚重(ごまいがさ)ねにしなきゃだめだろうか……」

(ぱんつ……?)

 目をこすりながらシロ様の言葉(ことば)反芻(はんすう)する。ぱんつが、五枚(ごまい)……??

「シロさま、ぱんつって一枚(いちまい)はけばいいんだよね……?」

 ねぼけたまま、なんの()なしにひょいっとシロ様をのぞきこもうとすると……。

「ひゃあっっ!!」

 シロ様は素早(すばや)(また)(あいだ)(おさ)える。

「…………」

「…………」

 (みみ)まで()()になって()まずそうに、()(およ)がせるシロ様。

 ええと、ぱんつが五枚必要(ごまいひつよう)で、大切(たいせつ)なところを(かく)さなくちゃいけなくて……それは、つまり。

「……あ!」

 真意(しんい)()づいて、ぼくも沸騰(ふっとう)したみたいに(あか)くなる。

「ご、ごめんなさい、シロ様! あの、その、オスだもんね!! そうなるときもあるよね!!」

 ()()なまま、どんどんうつむいてゆくシロ様に、必死(ひっし)にフォローをする。

「ほらだって、(あさ)(とく)にっ」

「……クロは?」

「え」

「クロは、こうなってるの()たことないですけれど」

 (かく)しながらも、(すこ)()ねたように()うシロ様。

 いや、普通(ふつう)になるときはなるよ……?

 欲情(よくじょう)しちゃったときも、シロ様がいないときに(かく)れて『処理(しょり)』しているし……。

「あの、シロさ」

 説明(せつめい)しようとしたとき、

失礼(しつれい)いたします。朝餉(あさげ)をお()ちいたしました」

「あ、ああ。ありがとう……そこへ()いておいていただけますか」

 襖越(ふすまご)しに女中(じょちゅう)さんの(こえ)がして、そのまま、この話題(わだい)()()えになってしまった。



✿✿✿✿✿



「それじゃあ、()ってきますね……」

「い、()ってらっしゃい……」

 ぎこちない空気(くうき)のまま、お部屋(へや)()てゆこうとするシロ様。

 なんだか、このままではいけない()がした。

 (ふすま)()をかけたシロ様の(そで)をとっさにつかんで、上目遣(うわめづか)いに()()ける。

「ぼ、ぼくもなるよ!」

「?」

 (かお)(あつ)くて、心臓(しんぞう)爆発(ばくはつ)しそうだけれど、(つた)えたかった。

()(めぐ)りがよくなったり、すきなひとのこと(おも)ったりしたら、普通(ふつう)におっきくなる……オスの部分(ぶぶん)


 シロ様も、伝染(でんせん)したみたいにぶわっと(あか)くなる。

「だ、だからね、それは『()たり(まえ)』の仕組(しく)みなの! シロ様とぼくは、『一緒(いっしょ)』、だからね!!」

「…………はぁ〜。本当(ほんとう)に、あなたってひとは……」

 (ふか)いため(いき)(とも)に、ぼくの(かた)()()き、しゃがみこむシロ様。

「あの……? シロ様?」

(かな)わないなぁ」

 シロ様がへにゃって、(こま)ったように(わら)った。

「???」

(かえ)ってきたら、覚悟(かくご)しておいてくださいね。もっと(はな)したい」

「……え」

 にこっとぼくに(わら)いかけて、お部屋(へや)から()てゆくシロ様。

 (はな)すってなにを??


 よくわからないけれど、その笑顔(えがお)がすごく(いろ)っぽくて。しばらくぽーっとしてしまった。



✿✿✿✿✿



 十数分(じゅうすうふん)くらい、夢見心地(ゆめみごこち)だったけれど、ずうっとぽーっとしていちゃ『だめ』だ、なにかお手伝(てつだ)いできることを(さが)してがんばらなくちゃ、と、お部屋(へや)のお掃除(そうじ)をすることにする。


 文机(ふづくえ)()()ると、そこには。

「あれ。この(はこ)……」

 (きり)でできたその(はこ)細身(ほそみ)で、あちらこちらに(いろ)とりどりの宝石(ほうせき)と、きれいな模様(もよう)があしらわれている。すごくすごく見覚(みおぼ)えがあって、さあっと()()()いた。


 これ、『王家(おうけ)万年筆(まんねんひつ)』だ……!!

 シロ様から()いたことがある。鬼の国の大切(たいせつ)書類(しょるい)絶対(ぜったい)、この万年筆(まんねんひつ)署名(サイン)をしなくちゃいけなくて、『国の(たから)』だって。

 シロ様は毎日(まいにち)肌身離(はだみはな)さず()(ある)いていたのに。今日(きょう)のぼくとのいざこざで、きっと記憶(きおく)から()んでしまったんだ。というか……。


 『仕事道具(しごとどうぐ)』を(わす)れたなんてばれたら……シロ様がクレナイ様に、(いのち)(あや)ういレベルの《《おしおき》》されちゃうかも……!!


 どうにかクレナイ様に内緒(ないしょ)(わた)せる方法(ほうほう)はないかな、と一生懸命考(いっしょうけんめいかんが)えつつ、木箱(きばこ)大切(たいせつ)(りょう)の手のひらに(つつ)み、執務室(しつむしつ)まで(しず)かに(はし)る。


 だんだん執務室(しつむしつ)()えてくると、ぼくの(みみ)は、シロ様の(こえ)をキャッチした。なんだか、この距離(きょり)にしては(おお)きい(こえ)……もしかして()づかれちゃったのかな!?

 (あわ)てて(ちか)づくにつれ、どちらかというとうれしそうな声色(こわいろ)なので、安心(あんしん)したけれど。でも。

 (べつ)心配(しんぱい)()かびあがった。



 ど、どうしよう。もはや(さけ)ぶような音量(おんりょう)なのだけれど……。ぼくじゃなくても丸聞(まるぎ)こえだよ?! もしも、鬼の国の大切(たいせつ)なお(はなし)だとしたら……!!

 (いそ)いでノックして()らせようと、()(こう)執務室(しつむしつ)(とびら)()けたそのとき。(しん)じられないシロ様の言葉(ことば)が、(あた)一面(いちめん)(ひび)きわたった。

「もう本当(ほんとう)に、(こころ)から(あい)しているんだ!! (おそ)いたい!!」


 え。

 (あたま)(つよ)く、(なぐ)られたような。

 ぐわんぐわん、世界(せかい)(まわ)るような心地(ここち)がした。

 『(こころ)から、(あい)している』。

 『(おそ)いたい』……。

 そうか、最近(さいきん)のことは全部(ぜんぶ)


 クレナイ様への気持(きも)ちが、『我慢(がまん)』できなくなっていたから――……。


 目頭(めがしら)(あつ)くなってきた。わかっていた、はずなのに。そう。シロ様はずっと、クレナイ様と(なか)がよかったもの。


 くちびるをぎゅっと()んで、必死(ひっし)にこらえる。……()くのは、『だめ』。まずは、『万年筆(まんねんひつ)』が(さき)

 ぼくは、(しず)かに呼吸(こきゅう)(ととの)えてから、とんとんとん、と(とびら)(たた)く。そして、すぅー、と、限界(げんかい)までお(なか)(いき)()めこんで、

「シロ様あー!! 失礼(しつれい)します、ですーっ!!」

 さっきのシロ様に()けないくらいの(おお)きな(こえ)(さけ)んだ。 

「クロ! どうしてここに……!?」

騒々(そうぞう)しいぞ、(いぬ)っころ」

「ご、ごめんなさいです、クレナイ様。シロ様、あの、これ。お仕事(しごと)のときに必要(ひつよう)(おも)ったから……」

 (おどろ)いた様子(ようす)のシロ様と、(まゆ)をひそめたクレナイ様が執務室(しつむしつ)から(かお)をのぞかせる。ぼくはそっと、(はこ)(はい)った万年筆(まんねんひつ)()しだした。

「……ぅえっ!? 王家(おうけ)万年筆(まんねんひつ)……(わす)れていましたか私!? ああ、ありがとうございます。(たす)かりました、クロ!」

「うん。お(やく)()ててうれしい。どうぞ、シロ様……」

 普通(ふつう)に、いつも(どお)りにしなくちゃいけないのに。

 笑顔(えがお)はがんばって(つく)れても、手が、(すこ)しだけ(ふる)えてしまった。

「クロ? どうかし……」


「あ゙ぁ゙……? なに国宝(こくほう)()()りにしちゃってんだよお前?? それがなきゃ仕事成(しごとな)()たないだろうが……」

 ぼくの()をとろうとしたシロ様の真後(まうし)ろへ、瞬間移動(しゅんかんいどう)()めたクレナイ様は、(いま)まで()たことのないような(おそ)ろしい顔をしていた。これが本当(ほんとう)の『鬼』というもの、なのかもしれない。


「だ、だってあの、最近(さいきん)いろいろ(なや)ましくて……テ、テヘ♡☆なーんて……」

「そうだよなぁ、モンモンモンモンしてたよな。じゃあそのモンモンパワーで20(ばい)くらい今日(きょう)仕事(しごと)こなせるよな??」

「いやちょっと()ってクロの様子(ようす)が……」

「ほらさっさと()いや」

 ()(そこ)から(ひび)きわたるような(ひく)声音(こわね)でシロ様の襟首(えりくび)をつかみ、()きずりだすクレナイ様。そんなふたりの()()りを、もうぼくは、しっかり直視(ちょくし)なんてできなかった。でも、できる(かぎ)り、『いつも(どお)り』を()()かせる。

「クレナイ様、ごめんなさいです。全部全部(ぜんぶぜんぶ)、ぼくのせい、なので。シロ様もごめんね、こっそりできなくて……。――応援(おうえん)してる」

「クっ、クロー!?!!」

 シロ様の悲鳴(ひめい)(うし)(がみ)()かれつつも、多分(たぶん)真実(ほんとう)』には()づいていない様子(ようす)に『安堵(あんど)』し、(もう)ダッシュでその()(はな)れる。……その()から、(ころ)がるように()げだしたんだ。

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登場人物紹介

クロ


 弱っているところをシロに拾われた、オオカミのもののけ。

 シロがだいすき。意外と大人だったりする。

シロ


 鬼の国の王子。

 一見穏やかで、柔らかな物腰の紳士だが、内心ではクロをはちゃめちゃに想っている。

クレナイ


 鬼の国の官僚。

 正直、クロを構ってみたいし、シロにはガチで引いている。

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