第9話

文字数 2,596文字

 おじいちゃんとおばあちゃん……。
 心配だけど……。
 二人とも武術の達人だし……。

 その前に今日中に近所を調べないと!
 もし、俺の仮説が正しいのなら何か法則性があるはずだ!
 心影山には準備をしてからだ!
 明日、朝一で行ってみよう!
 
 それに今日は何曜日だ?
 表の世界では確か金曜日だったはずだ。

 だから土日を挟んで今日は月曜日だ!

 もう、居ても立っても居られなかった!
 今日は学校休むぞ!!
 緊急なんだ!!

 俺は妹を置いて屋敷の外へと飛び出した。

 だが、案の定……。

「ほひいちゃーーん!!」

 俺を屋敷の玄関から猛スピードで追ってきた……。
 朝食のパンをまだかじりながら我が妹がこちらに土煙を上げ爆走してくる。

「ちょっと、待ったーーー!! 光!! ご飯粒ついてる!!」
「ほひ?」

 片手でほっぺを擦っている可愛い我が妹を置いて、俺はそのまま突っ走った。

 広大な芝生を走り抜けると、俺は坂道を駆けた。
 それから、坂のど真ん中で瞬間的に真横に飛んだ。

 これからは危険なんだ。妹には悪いが……屋敷に置いておくことにした。恐らくは恵さんが学校へ行かせるだろう。 
  
 着地したところは……古びた本屋の前だった。 
 緑色で普通の屋根だが、全体的に蜘蛛の巣が張り巡らされている。出入り口のドアもそうだった。
 古びたドアは、頑健な木製だった。
 ノックをすると、乾いた音が辺りに鳴り響いた。

「いらっしゃい! 開いてるよー!」

 店員さんかな?
 本屋の奥の方から野太い声が聞こえた。

 こんなところに本屋?
 いつも歩くか走るかしている通学路の傍に本屋なんてあったっけ?

 きっと、野太い声からすると大男か太った男なのだろう。 
 
 うぎっ?!

 まったく違った。

 奥の本に埋もれたレジには……小さな小さなおじさんがいた。ぺラリぺラリと分厚い本をかなり遅いスピードで読んでいて、時たまこちらに目をうかがわせている。
 どう見ても、声だけ威圧感があって、文弱なんだな。
 きっと、このおじさんは表の世界でもギャップが激しいんだろうな……。

 そうだ!
 ここでならこの街の情報も手に入るだろう。
 ついでに、心影山の場所もわかるはずだ。

 店内に差し込む闇がスッキリとした夜から、やがて柔い暗黒へと変わるまで俺は色々な街に関する本を読んだ。

 それでわかったことが幾つかある。

 この街のすぐ近くに心影山があること。
 この街には黒い家が四つあること。黒い家は昔は元々、町民の集会の場所だったようだが、今では影が占領している。

 それと、俺の家は、数年前に取り壊されているようだ。
 原因はやはり父さんと母さんは何者かに殺されてしまっていたからだ。
 ここ影の世界では俺たち……息子と娘は存在していない。
 
「ふーっ……ちょっと一休みだー。色々とわかったなあ。良かったぜ。近所を見て回らなくて、近所っていっても広いからなあ」
 
 元々、俺は本は好きだった……。
 小さい頃は、色々な冒険小説を読んでいたっけ。
 これはおじいちゃん譲りだ。
 おじいちゃんは冒険小説好きだった。

「おーい、そんなにいっぱい本をタダ読みして、ちゃんとその本の山は買ってくれるんだろうな?」
「……」

 真っ暗な奥のレジにいる文弱なおじさんが言った言葉に俺はひたすら無言を貫いた。
 が……。
「すいませーーん!! 今度買いますーーーー!!」

 俺は本屋を飛び出し猛ダッシュした。
 でも、なんていうか、店内の照明が弱くてか薄暗いが凄く落ち着ける本屋だったな。
 
 近所を散策していると、空は柔い暗黒からどんよりとした暗闇になった。
 俺を包み込む空気もやたらと寒くなってきた。

 そして、やっと来た。
 問題の黒い家に……。

 黒屋根に黒い扉。それ以外は何の変哲もない普通の家だった。
 近づくと、窓から大勢の低い祈りの声が聞こえてくる。
 どこかおどろおどろしいその声を放っているのは、他でもない影だった。

 うぎっ?!
 この部屋の中。
 全員が影だ!!

 俺は窓から中の様子を窺っていた。
 そこには、地下への扉があって、影はみんな床に平伏してお祈りをしていた。
 徐々にお祈りを終えた影から地下へと扉を開けて降りていく。
 辺りには俺の影は見当たらなかった。
 地下には何があるんだ?

 そう思ったら、さすがに怖くなった。
 妹を置いておいて良かったぜ。

 全員の影が地下へと降りてしまうと、俺は黒い扉から家の中へと入った。
 さあ、玄関から右の部屋にある扉から地下へ降りてみよう。

 本当に地獄や魔界に繋がっていたりして……。

 一歩、一歩、地下への階段を降りると……。

 うぎっ?!

 そこは、さっきまでいた黒い家の右の部屋だった。
 俺は部屋にあった地下への階段を何故か……上っていた??
 いや、確かに降りたんだ……!!

 うーん???

 不思議だが、階段を降りるとまた同じ部屋へと戻るようだ。
 だけど、何かが違った。
 家の外へ行ってみよう。
 黒い家だったところから外へ出ると、そこはスッキリとした朝日が射す虎倉街の住宅街だった……。

 振り向くと、そこは黒い家ではなくて白い教会に変わっていた。

「うぎーーっ!! ここは……どうなってるんだ!! 女神さまー!! いや、あーー! わかった!! やったー!!  多分、戻れたんだ!! 表の世界に!! ここには俺の家があるはずだから! 帰れるんだ!! 早速、妹を呼びに……あれ?」

 住宅街の通行人たちは何故か全て真っ黒な影だった……。

 
 
 異様な雰囲気が包み込んでいて、本当にここは虎倉街なのかと俺は思った。
 周囲の生活の音が木霊して、自動車も影が運転している。
 自動車のクラクション、チャイムの音、「行ってきまーす」とかの日常会話。

 音だけはそれぞれのいつもの喧騒が聞こえてくる。
 だけど、全て影たちによるものだった。
 ここでは影たちが生活をしているんだ。 

「な……なんだってんだ! ここも影の世界なのか?!」
 
 俺は暴走する不安を、一旦立ち止まらせた。
 ここは表の世界のはずだ。
 そう、俺たちの世界だ。
 だけど、辺りは影たちが生活をしていて、普通の人が一人もいない。

「と、とりあえずはだなあー。近所を調べてみようか……」
 
 
 幾度も通行人の影を過り。
 しばらく歩くと、俺の家があった。
 郵便箱にはまた何かが飛び出しているが……。
 普通に建っている。 
 うん。俺の家だ。

 中へ入ってみよう。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み