魔人の継承者~マジンノケイショウシャ~

文字数 2,743文字

日本の某所、闇の奥の奥――。

「なあ母さん――」

「なあに(はるか)――」

「いつまでこんなことを続ければいいんだよ――」

二人の女性らしき声が闇に響く。

シュボ!

闇の中にいきなり光が生まれた。それは薬タバコに火をつけたライターの光。
その光に照らされた顔は――、

「遥――、今は動く時ではないわ。
2か月前は私の言った通りに成功したでしょ?」

「アレは――」

闇の中に、タバコの火に照らされた()()()()()()()()()()は、顔をしかめて言う。

「アレは()()に隠れてこそこそやっただけだろうが。
あんな、ドブネズミみたいな事は成功とは言わねえ――」

「――でも、薄汚い『一般人(ノーマル)』はたくさん死んだわ」

「くだらねえ……」

母である女の声にそう吐き捨てる金髪女『遥』は――、

「親父は、()()に殺された――、
その()()から、こそこそ逃げ回って弱っちい小虫を殺すのが、あたしら誇りある『十絶旺陣』の使命かよ?」

そう言って母に向かって薬タバコを投げ捨てた。
一瞬、金髪碧眼の女の顔が照らされる。

「私は――、貴方のお父さんを助けることができなかった。
細胞一個からすら人を再生できる私が――。
お父さんは――、『十河(とが) 王司(おうじ)』は()()にきれいに焼かれた――、
細胞一個すら残さないレベルで――。
わかるでしょう? 貴方はそうなってほしくないのよ――」

「――あんたの気持ちはわかるが、
だからってこそこそ隠れて捻くれた恨みを晴らすだけなのは、あたしの性には合わないんだよ」

「ひどいわ――、捻くれた恨みなんて――。
私は――」

その母の言葉を遮って遥が答える。

「玩具だったんだろ?
超能力研究者どもの――。
嫌というほど聞かされたぜ」

「いいえ、あなたはわかっていないわ。
私が薄汚い『一般人(ノーマル)』からどれだけの屈辱を受けたか。
強力な自己・他者再生能力を持っているからこそ、私は――」

それは口から発する事すら憚れる凌辱の日々。

「あなたはお父さんに守られて生きてきた。
甘くなるのは仕方がないのかもしれない――。でも忘れないで?
貴方は新生『十絶旺陣』のリーダーなのよ?」

その母の言葉に、遥は一度舌打ちしてから頷いた。

――と、不意にどこからか声が響く。

「お嬢サン。お客様ヨ」

それはどこかしら外国訛りした男の声。

「なんだ?
(ジー) 黄煉(ホヮンリェン)か――」

「うちの本国からのお客さんダヨ」

「ふん? 誰だ?」

その言葉に反応するように、闇の中から声が響いた。

「私の名は『林 梓豪』――、
RONに所属する超能力者だ」

「――中国の犬が何しに来た」

遥はそう吐き捨てるように言った。

「……、
貴方たちに、ある仕事を頼みたいのですが」

「RONの犬があたしらに何かを頼める立場とでも?」

「いいえ――、これはRON本国よりの依頼で、報酬は当然それなりのものを用意しています」

「ほう? それはどのくらいだ?」

遥は意地悪そうな笑いを浮かべて聞き返す。

「円に換算すれば1兆円ほどの資金提供と――、
RONによるあなた方の活動への支援です」

「――」

遥は笑顔を消して真顔になる。顎に手を当てて少し考えてから答えを返した。

「ふむ――それで?
どんな仕事だ?」

「ある人物の調査と暗殺です」

「調査と暗殺?
その程度のことテメエでできるんじゃないのか?」

「無論、出来なくはありませんが。
地の利を持たない我々より、あなた方のほうが仕事が有利に運ぶでしょう?」

「まあ、それは当然だな。
あたしらの方が、お前ら雑魚のように弱くないし――」

遥は心底見下した目で『林 梓豪』を見下ろす。

「……」

とうの彼は、その目を見ないようにしつつこうべを垂れた。

「お願いを聞いていただけますかな?」

「その目標とやらは誰だ?
それ聞をかない限り何もしないぞ?」

「……この人物です」

その時、『林 梓豪』が差し出してきたのは一枚の写真。
ピンボケしてわかりにくいその写真には、しかし確かに一人の人物の顔がはっきりと映っていた。

「――」

それを見た遥は少し驚いた表情をする。それは確か2か月前に見た顔であったからだ。
フリルワンピースを着て、白い帽子をかぶった少女。
遥は記憶の海からその顔を呼び起こした。

「これは? 誰だ?」

「それは――、
日本政府が主導した、ある作戦行動にかかわった人物で――、
TRAパイロットであるという事だけはわかっています」

「ふむ? TRAパイロット?
一般人(ノーマル)』?」

「おそらくは――」

遥は細目で『林 梓豪』を見下ろしつつ疑問を投げる。

「『一般人(ノーマル)』の個人情報なんざ、あたしら超能力者にとっては鍵のついてない家と一緒だろ?
なぜおまえらで調べられないんだ?」

「無論、その通りではありますが。
どうやら、彼女の周りには最高レベルの情報統制が敷かれているようで」

「ふむ――、政府の犬がかかわっていると?」

「その通りです」

その言葉に、突然遥は笑い声をあげ始めた。

「ははははは!!!!
なるほど――、お前らこいつにいいようにやられたんだな?
だから、身元を暴き出そうと超能力を使って調査したが、見事に日本の情報部(イヌ)に返り討ちにあったってところか?」

「――」

『林 梓豪』は無言で頭を下げる。

「おもしれえ――いいぞ。
調査と暗殺――、やってやろう」

「それは本当で――」

遥のその答えに『林 梓豪』が顔をあげると、そこには悪鬼のごとき怒りの表情をたたえた遥の顔があった。

「だが――、貴様は生きて帰さん――。
あたしら『十絶旺陣』が、現在進行形で苛烈な超能力者差別を行っている()()の仕事を受けると思ったか?」

「な!!!!」

「興味がわいたからお前の言うとおりにするが。
――ソレとコレとは別。
死ね()()()()()――」

「!!!!」

その時、『林 梓豪』は力場を展開しようとした。
しかし――、

「やっぱり貴様らは馬鹿だな?
あたしにA級超能力者程度が傷をつけられるとでも思うのか」

ドン!!!!!

一瞬にして『林 梓豪』の力場空間は押しつぶされ打ち消されてしまう。

「ぐがあああああ!!!!!」

そのあまりに強大なサイコキネシスに、『林 梓豪』はただ苦し気な悲鳴を上げるしかなかった。

「あたしを倒せるのはかの()()だけなんだが?
聞こえているか? カスヤロウ――」

そのまま『林 梓豪』は物言わぬ肉片へと変わっていく。

「はははは!!!!
久しぶりに全力が出せたぜカスヤロウ。それだけは感謝してやるよ」

闇の中に悪鬼の嘲笑がこだまする。その場に残ったのは一枚の写真のみ。

「フン――おもしれえ。
奴らが調査してくれって言ってるってことは。
2か月前のアレを生き残ったってことか――。
ただの『一般人(ノーマル)』が――」

写真を念動で手元へと運んだ遥は、その写真に写った少女を面白そうに見つめる。

「遥――」

心配そうな声色で母親が名前を呼ぶ。

「ちょっと遊びに行くから――、
お前らは余計な手出しをするなよ?」

その遥の言葉に、母親も、『李 黄煉』もただ首を垂れるしかなかった。
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登場人物紹介

小柄な中学生くらいの見た目の少女。

人工的に合成された遺伝子による人造人間であり、肉体年齢的にはもう中学生程だが、実年齢はまだ9歳に過ぎない(本編第一話の時期)。

その身体能力は極めて高く、強化義体によるサイボーグでもないのに、それと同等の運動能力を発揮できる一種の超人である。

その能力の高さは、知能に関しても同等であり、大学レベルの論文なら一瞬にして理解できる知能を有する。

その能力に裏打ちされた性格は極めて尊大であり、自身を『天才』だと言ってはばからない、多少他人を見下しがちな悪癖を持つ。

しかし、そんな彼女の本質は極めて純真で、他人を思いやる気持ちに満ちた、本来は戦争行為など行えない優しい性格をしている。

すぐに他人の気持ちを察知できる頭脳の持ち主なので、必要な時は決して他人を不快にさせる言動はしない。

それほど純粋な性格に育ったのは、育ての親である研究者たちに、大切に育てられたことが大きく影響している。

なにより、平和な日常を守ることを使命だと考え、テロリズムには自身のできうる限りの苛烈な暴力で制圧を行う。

日本陸上国防軍・二等陸佐である優男。通称『おじさん』。

第8特務施設大隊の大隊長であり、桃華の後見人にして直轄の指揮官でもある。

そこそこ整った顔立ちのイケメンだが、多少くたびれた雰囲気があり周囲には昼行燈で通っている。

国に奉仕することを第一とする典型的な軍人ではあるが、政府の行った闇の部分には思うところがあるようで、自分をその手先の『悪人』だと思っている節がある。

海外の生まれであり、そこで戦争に巻き込まれ家族全員を失っている。

その時に救ってくれた日本国防軍のとある人物(現在は国防軍の高官)の推薦で国防軍に入ることとなった。

このため、心の中では戦争やテロリズムを憎悪しており、それを引き起こそうとする人物に対しては、容赦しない苛烈な部分を持つ。

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