犯人は誰だ

文字数 2,160文字

 ミヒャエルの言葉に、残る一同は顔を見合わせた。
「クリスマスツリーとお菓子の家が選択的に荒らされてるあたり、クリスマスに対する恨みだろ? だったら……あの二人は何処行った?」
「ちょ、ちょっと待ってよミーくん!」
「ラファエルの奴はガチの悪魔崇拝系ブラックメタルバンドに居ただろ? ロキだってオカルト好きだったが、鬱こじらせてぶっ壊れた結果、今や俺以上に見事なアンチクライストだろ?」
「だから待ってよミーくん!」
 ローニは慌ててクーラーボックスを開け、アルミホイルに包まれた物体を取り出した。
「これ! これ作ったのラブちゃんなんだから、わざわざラブちゃんが此処壊すわけ無いじゃん!」
「それは……」
「ユール・シンカ。スウェーデンでラブちゃんがおばあちゃんから教わった、ハムみたいな料理だよ。パーティーするならって、ロキ君のウチで作ってきてくれたんだよ!」
 力説するローニを、フェリックスは訝しげに見遣った。
「……その、ガチブラックメタルバンドに居た奴が、わざわざクリスマスパーティーに料理を持ってくるってのが俺には信じ難いんだが……」
「僕達の故郷だと、今のクリスマスは冬至のお祭りのユールと混ざって出来あがってるから、クリスチャンじゃなくてもご馳走を作るんだよ」
 それを聞き、フェリックスはふとミヒャエルを見遣った。
「……そういや、お前も、アンチクライストというか、大概な無神論者だったな……なぁ、ミッヒ、お前、なんで今日来ようと思ったんだ?」
 ミヒャエルは不愉快げに眉間にしわを寄せる。
「お前、俺の事疑ってるのか? リルとローニ連れて帰ったのは俺だぞ?」
「いや、そうじゃない。そもそもお前が此処に居る事がおかしいと気付いたんだよ」
「そりゃ……」
 ミヒャエルはフェリックスから目を逸らす。
「ご飯食べれるからに決まってるよね?」
 ローニの無邪気な視線に、ミヒャエルは俯いた。
「フェリックス、それを言うなら私だって別にクリスチャンじゃないんだから、わざわざクリスマスパーティーをしようなんていうのがおかしいと思ってくれなきゃ」
 リディアは苦笑いを浮かべ、フェリックスは気まずさに目を伏せる。
「尤も……私のクリスマスの概念は形骸化したお祭りでしかないんだけどね。ほら、私は長く日本に居たでしょ? 日本だとクリスマスのお祭り自体は文化として取り入れられたけれど、イエス・キリストの生誕っていう事はそれほど重要視されていないの。もちろん、キリストは神様として認識されているけれど、多神教の文化ではそれが殊更特別ではないの。だから、私の概念は単なるお祭りであって、シュトレンを食べてお菓子の家を飾るのが楽しかっただけなのよ」
 リディアがそう言ったところで、突然、倉庫内に冷たい風が吹き込んできた。
「あ、え?」
 背の高い男が、呆けた顔で首を傾げていた。

「ぼ、僕はホットチョコレートの材料を買いに行ってただけだよ!」
 倉庫内で起こった事、そして彼等が話していた事の仔細を聞かされたクリスタル・ローズのドラマーであるラファエルは情けない表情でミヒャエルとフェリックスを交互に見た。
「思った以上に冷えてきたから、コーラよりホットチョコレートがいいんじゃないかって……それに、リルちゃんはチュロス作るって言ってたから……スペインだと、ホットチョコレートとチュロスって定番だって聞いた事があったし、リルちゃんは地中海にそこそこ住んでいたって言ってたし……」
 フェリックスとミヒャエルは眉を顰めた。
「俺も、わざわざ料理まで持ってきた人間が悪さするとは思わねぇんだけど……やっぱり分からんな。ラファエル、お前さ、なんでわざわざクリスマスパーティーなのにそんな事したんだ?」
 ラファエルと共に遅れてやって来たミスティック・サーガのベーシストであるディルクは訝しげにラファエルの背中に問い掛ける。
「え……それは……」
 ラファエルは俯き、消え入りそうな声で呟いた。
「皆集まるの、楽しそうだな、って……」
 その言葉に、ミヒャエルとフェリックスは顔を見合わせた。
「……リルのそれと同じだな」
 ミヒャエルが引きつった表情で呟くと、ディルクは訝しげな視線をミヒャエルに向ける。
「リルが言うには、日本人はクリスマスを単なるお祭りとしか見ていないらしい。多分、ラファエルにもキリストの誕生日という概念はなくて、今日は単に皆で打ち上げの持ち寄りパーティーだと思ってたんだろうって事だよ」
「それじゃあ……」
 ディルクは呟き、リディアとフェリックスを見た。
「なぁ、お前らんところのロキ、何処行ったんだ?」
 リディアは困った様にフェリックスを見遣り、フェリックスは溜息を吐いた。
「それが分からないんだよ……あいつ、携帯は鬱こじらせちまった時に解約しちまって……彼女と住んでるアパートに固定電話とパソコンあるからなんとかなるだろってそのままで」
 リディアは不安げに目を伏せる。
「ムサカっていう、ギリシャのグラタンみたいなお料理を作ってあげるって言ったら、喜んでいたんだけれど……どうしたのかしら」
 ロキが精神を病んでいた頃を知る面々が妙な不安に駆られていると、再び冷たい風が吹き込んだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み