ジオラモ編(8)

エピソード文字数 2,984文字

ナギが目を覚ました時、そこは宿のベッドだった。

リョータが嬉しそうに鳴き、ルナがすぐに覗き込んで手を握った。

「ルナちゃん……モンスターは?」

「みんないなくなりました。えと……ちょっとせつめいがむずかしいです」

ルナは何がどうなってモンスターが退治されたのか説明したかったのだが、何をどう言えばいいのかさっぱりわからなかった。
具体的には巨人が炎を集めて炒飯を作り、謎の老人が連れてきた鹿のひと鳴きで島のシサヌチ達が動き出してモンスターを残らず退治したのだが、どう考えてもその経緯にはリアリティーがなかった。

それでも、また悪魔がなにがしかの怪しい人物を呼び出し、怪しい方法で事態を収拾してくれたのだろうと、ナギには察しがついた。

「でも、ナギさん、あんなたたかいかたは無茶です。おねがいです。あんな無茶はもうしないでください」

「うん、ごめんね。でも私、あの時は……」

自分でも無茶苦茶だったと思う。以前、悪魔を呼び出そうとして召喚できなかったことがある。今回も悪魔が来てくれなかったら、ルナをも巻き添えにして死んでいただろう。

バカだ。自分は戦い方を知らない。ただ感情の爆発に任せて、自滅することなど考える余裕さえなかった。

リンは違っていた。絶えず、ナギの存在を意識して、ナギをかばいながら戦っていてくれた。

リンは凄かったんだ。

自分は、ルナをかばいながら、戦えるだろうか……
自信がない。また、怒りや悲しみに任せて無謀な戦いをしてしまうのだろうか。

「ナギさん、」

呼ばれて、我にかえった。同時に、ルナに抱きつかれた。

「無事でよかったです!」

ルナに押し倒され、笑い合いながら、とりあえず、生きてて良かったとナギは思った。


その日の夜。たくさんの人が宿に集まって来て、ナギとルナを囲んで祝杯があげられた。人々は口々に二人を讃え、感謝の握手をした。ご馳走が並べられ、歌に合わせてみんなが踊った。ナギもルナも手を引かれ、一緒に踊った。歌と笑い。楽しいひとときだった。

だが、ナギの心には、ささくれた傷穴が開いていた。今ここに、リンがいてくれたら。

もちろん、リンはここにいたとしても、はしゃいだりはしない。冷めた目でみんなを見ながら、勝手にジュースなど飲んでいるのだろう。それでも、リンがいない寂しさはナギの心に突き刺さっていた。

夜が更けても、宴は続いた。ルナは先に休み、ナギも席を離れて表に出た。


涼しい風が吹いている。星は夜空狭しと散りばめられていて、南の空には先を急ぐ流星さえ見つけることができた。

さんしんの音がする。宿から聴こえるのとは別の。音の主は、海を望む高台の切り株に腰掛けていた。

ナギは星の足音のような音色に誘われるように、一人さんしんを弾く老人に近寄って行った。

「おー、若い救世主さん、どうした? 迷っとるかね? 不安かな?」

老人の声は、さんしんと同じくらい優しかった。

不安。何もかもが不安だ。16歳の女の子が、管理者と言われて世界を脅かす敵と戦うなど、不安でないはずがない。ましてナギは誰かと争ったり、競ったりしたことさえない。

それどころか両親を亡くし心を病んで、少しずつその傷が癒えて来たところだったのだ。それなのに、さらにたった一人の兄を失い、そして心の支えと慕うリンさえ失った。

今、ナギは必死で強がっている。本当はそうなのだろう。ルナがいるから? ルナを守るため?

「泣きたいか? 泣きたい時は泣けばいいサー」

そうだ。みんなと笑って食べて歌ったけど、本当は泣きたいんだ。誰かにすがって、聞いてほしいんだ。

ナギは老人のそばにしゃがみ、暗さの中に横たわっている海を見つめた。ぽろり。ぽろり。涙が落ちた。

「この国の民もな、たくさん泣いた。昔、この国にも戦争があって、たくさんたくさん辛いことがあって、みんなで泣いたさ。泣いて、歯を食いしばって耐えて、そして今、笑っているのさ。泣いた後は笑えるから、我慢しないで泣きなさい」

辛くて、怖くて、心細くて、何もかもわからなくて、どうしたらいいのかわからなくて、不安で不安で、
ナギは、泣いた。

「救世主さん、自分が、怖いかな?」

老人に言われてナギははっとした。そうだ。そうなんだ。モンスターは怖い。でも、同じくらい、自分が、怖い。

争いのない平和な世界で、心優しく生きられるように。そういう願いで、ナギの名はつけられた。朝凪のように、夕凪のように、優しく、育てられてきた。

けれどあの時、炎の獅子を前にして、ナギの心は荒れ狂った。怒り、憎しみ、その感情が相手を一瞬にして抹殺してしまうほどに荒ぶるのを、止めることはできなかった。

いや、ナギはそれを望み、その感情に身を任せたのだ。

まだ16歳の自分が、いや、年齢など関係ないだろう。銃を手に取り、恐ろしいモンスターとはいえ憎しみを持って撃ち殺す。次々と。次々と。やがて感覚は麻痺し、相手がモンスターなら平気で撃ち殺せるようになるのだろうか。

なんて恐ろしい私。

「あんたのように人としてまっすぐに育った人間は、誰にも殺されたくない、それ以前に、誰も殺したくないだろう。だのに、戦いになれば殺さねばならない。殺されるかも知れない。それは仕方のないことさな。それが戦いだからな。どんなにいい人でも、守るべきものを守らねばならない時は、武器を取ってしまう。だがそれが嫌ならどうする?」

ナギは老人を見る。星明かりに浮かぶ、老人の横顔を見る。

「それが嫌なら、戦いを起こさないことさな。
ひとたび戦いが始まってしまえば、誰かが誰かを殺し、その憎しみでまた誰かが誰かを殺す。その憎しみがまた新たな憎しみを生み、たくさんの血が流される。
戦いが始まってからでは、誰もそれを止められない。だから、戦いを始めてはいかんのサー。人間はこれまでいくつもの醜い戦いをしてきたよ。もういい加減、戦うことをやめることだってできるはずだ。なのにいまだもって戦いのための武器は作られ、戦いのための基地を増やそうとする。基地があれば兵隊が集まる。武器を作れば使う人間が現れる。それではいつまでも、戦いはなくならんサー」

「私は、」

ナギは問う。自分は、どうすべきなのか。

「戦わなくちゃいけないんでしょうか?」

遠く、波の音が聞こえる気がする。答えを求める唇に、少し柔らかい、風が、触れる。

「それはあんた以外の誰にも決められんサー。目的もなく戦うのは、ただの殺戮よ。あんたに守りたいものがあって、それを守るために闘うか否か、それはあんた自身が決めることサー」

守りたいもの。
私の、守りたいものは、何?

この国の人達は、平和で美しいこの島のために闘っている。自分の闘いは、なんだったのだろう?

流されるままに戦って来た。戦えばパセムに会えると言われて戦って来た。自分の意志に関係なく、管理者だからと言われて戦って来た。

炎の獅子との戦いなど、リンの復讐でしかなかったではないか?

守りたいもののために、戦う。

そしてそれが、パセムやリンを取り戻すことにつながるというのなら。

涙はいつの間にか、止まっていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

ナギ ……本篇主人公。16歳。失踪した兄を探すため、冒険の旅に出る。

パセム……ナギの兄。ナギを守るためにゾンビと戦い、行方不明になる。

アビス……ナギの親友。元気よく、いつもナギを励ます。パセムを慕っている。

フロス……ナギの親友。明るく好奇心旺盛で、人なつこい。

ムジカ……ナギの親友。おっとりした少女だが、天才的ピアニストでもある。

グラディ……ナギの幼なじみで、連邦一の剣士。一子相伝の雷剣の使い手。

ランス……グラディの親友で、連邦一の槍使い。口下手でどもるところがある。

エジェット……グラディの祖父で剣の師匠。

リン……黒いゴスロリの黒魔法師少女。右頰にコウモリのタトゥがある。

ピンセル……リンと一緒におり、空間の隙間を走る車を操る。喋らない。

リョータ……メルカートおじさんの家で出会った七色インコ。

ノートン……真実を伝えるベリテートのジャーナリスト。

悪魔……???

ルナ……ハティナモンで出会った不思議な女の子。回復魔法が使える。

ティマ……連邦とは海を隔てたモルニ国出身の女の子。ネピオルネスのスコラに通う。真面目でしっかり者。

アミィ……ティマの親友で、同じくモルニ国出身。活発で明るい性格だが、スコラはさぼりがちになっている。

レン……リンの姉で、数少ない白魔法師。様々な回復系魔法を使う。誰よりも優しいが、変わり者な一面もある。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み