#18
文字数 2,236文字
“Omen”
*
シンゴは名も知らない少女への黙祷を終え、セレンへ振り返った。続けて彼は気絶したままのハカナを一瞥する。
「セレン、彼に見覚えは?」
「いいや……ない。誰だ、こいつ? 一体、どこのマレブランケのやつだ? この歳じゃあ、新参者のはずもねーし……」
「そうか」
少し逡巡した後、セレンは意を決したように口を開いた。
「シンゴ、こいつはダメだ。お前だって見ただろ? 良くて足を引っ張ることしかしねえぞ。それに不明点が多すぎる。……リスクを負わないようにするには、今しかねえ」
そう言ってセレンは腰に差した拳銃 を引き抜いた。それだけで彼の言いたいことはシンゴに十分に伝わっていた。だが、それに対しシンゴは首を横に振る。
「……いや、連れて帰ろう」
「……ッ!! 正気か? ……それとも、それはお前のコナトゥスの答えか?」
「いいや。『直観』は何も感じない。どちらを選んでも結果は変わらないということだと、思う。これは俺の……ただの勘、だ」
セレンはシンゴの目を視る。冗談でもないらしい。彼がそんなことを言っている姿を見たことはないが。意志は固いようだ。セレンはわざとらしく溜め息を吐き、肩を竦めた。
「あんまり変わらねえじゃねーか……」
「それに、もうすぐ休戦時間だ」
「って、もうそんな時間か。急いで戻らねーと……っておい、コイツはどうするんだよ」
気絶したままのハカナを指してセレンは苦虫を噛み潰したような顔をする。洞察力の優れた彼はこの先の展開が予想出来たからだ。
「そりゃあ、セレンくんが運ぶんじゃないんすか?」
それまでの二人の剣呑な会話に入れずにいたラタネが割って入った。
「シンゴさんは普通に動けてるけど、それがおかしいような状態ですし? アタシもレキナちゃんもか弱い女の子ッすよ? それに、彼を気絶させちゃったのセレンくんッすよねー?」
さっきまでの仕返しとばかりに、彼女は意地悪そうに言葉を捲し立てる。
「…………置いていって良いか?」
ささやかな抵抗とばかりに、セレンはひどく嫌そうな顔をする。それにシンゴが目を合わせるように向き合った。
「頼む」
断れない。普段のシンゴなら自分でやるだろう。しかし、自分を頼るということは彼も限界が近いというのがセレンにはわかってしまう。
「あーーーー、もう!! クソッ、クソッ!」
悪態を吐きながら、セレンはハカナを米俵のように担ぎ上げた。ハカナは決して長身ではなかったが、彼はそれに比べても小柄だ。セレンは普段から体を鍛えてはいるが、体格差は埋めようもない。
セレンが歩く度に廃墟の瓦礫ががんがんとハカナの身体にぶつかる。しかし、気絶しているのを良い事に、我関せずといった様子で彼は構わず歩いていく。
「あー、あー、あんまり雑に扱ってたら彼が可哀想っすよー。一応、怪我人だし。大事にしてあげてくださいよー」
見かねたラタネが抗議するもセレンは面倒そうに答える。
「じゃあ、どうしろっていうんだ。こいつ、見た目より重てえぞ?」
んー、とラタネは少し思案して、あぁ! と手の平にポンっと拳を当てて名案が浮かんだ! という顔をする。
「お姫様抱っことか!? アタシ、憧れるッす!」
「ぶん殴るぞ。後、そのドヤ顔やめろ」
とは言ってはいるものの、セレンはハカナを抱えていて手が出せない。憤慨するセレンを余所にラタネはあははと笑いながらもう一人の少女、レキナに近付いた。
「…………ん?」
「なんか、機嫌よさそうッすね。レキナちゃん」
彼女に訪れた僅かな変化を、ラタネは敏感に察知した。ラタネとしては友人のその変化が気になって仕方ないらしい。今は右腕に在り合わせの布を包帯のように巻かれている。その狂気の片鱗は隠され、露わになっていない。
「……そうかしら?」
レキナはその言葉に驚いた顔をする。
「なんとなくッすよー! 心なしか口調も変わってるような……?」
「そう? ……自分じゃよくわからないわ」
「いやいや良い意味ッすよ! 暗い顔しないで! アタシもなんだか嬉しいッす! ……どうしたんすか? もしかして、彼に何か言われたとか?」
興味津々といった様子で件の少年の話題をにやにやと出す。
「……そうね。色々と言われちゃった」
「キャー! 素敵! 後で話聞かせて!」
「それは……」
レキナが言葉が詰まり紫の瞳が揺れる。彼女は少し思案するように俯いた。
「……うん、秘密」
「ちぇー」
ラタネは大して残念ではなさそうに話を切り上げた。興味がない訳ではない。が、自分の興味より友人の意思を尊重しての事だ。
「おい、ラタネ! 喋ってる余裕あるなら手伝え!」
「はーいはい、セレンくんは本当、仕方ないッすねー」
なんて言いながらラタネはセレンの手伝いをする為に彼の近くに移動する。それを見やってから、レキナは独り嘆息した。二人の会話は相変わらず騒がしい。だが嫌いではない、むしろ好ましいくらいだ。
好ましい。そんな感情の発露をした彼女は既に無機質な人形ではなくなっていた。レキナは空を見上げる。中天にある太陽が眩しい。中天。ハカナが足を踏み出した時と変わらない位置にそれはある。
「あぁ、そう。きっと、彼なら……」
レキナの口元が歪み、瞳が昏 く輝いた。
*
シンゴは名も知らない少女への黙祷を終え、セレンへ振り返った。続けて彼は気絶したままのハカナを一瞥する。
「セレン、彼に見覚えは?」
「いいや……ない。誰だ、こいつ? 一体、どこのマレブランケのやつだ? この歳じゃあ、新参者のはずもねーし……」
「そうか」
少し逡巡した後、セレンは意を決したように口を開いた。
「シンゴ、こいつはダメだ。お前だって見ただろ? 良くて足を引っ張ることしかしねえぞ。それに不明点が多すぎる。……リスクを負わないようにするには、今しかねえ」
そう言ってセレンは腰に差した
「……いや、連れて帰ろう」
「……ッ!! 正気か? ……それとも、それはお前のコナトゥスの答えか?」
「いいや。『直観』は何も感じない。どちらを選んでも結果は変わらないということだと、思う。これは俺の……ただの勘、だ」
セレンはシンゴの目を視る。冗談でもないらしい。彼がそんなことを言っている姿を見たことはないが。意志は固いようだ。セレンはわざとらしく溜め息を吐き、肩を竦めた。
「あんまり変わらねえじゃねーか……」
「それに、もうすぐ休戦時間だ」
「って、もうそんな時間か。急いで戻らねーと……っておい、コイツはどうするんだよ」
気絶したままのハカナを指してセレンは苦虫を噛み潰したような顔をする。洞察力の優れた彼はこの先の展開が予想出来たからだ。
「そりゃあ、セレンくんが運ぶんじゃないんすか?」
それまでの二人の剣呑な会話に入れずにいたラタネが割って入った。
「シンゴさんは普通に動けてるけど、それがおかしいような状態ですし? アタシもレキナちゃんもか弱い女の子ッすよ? それに、彼を気絶させちゃったのセレンくんッすよねー?」
さっきまでの仕返しとばかりに、彼女は意地悪そうに言葉を捲し立てる。
「…………置いていって良いか?」
ささやかな抵抗とばかりに、セレンはひどく嫌そうな顔をする。それにシンゴが目を合わせるように向き合った。
「頼む」
断れない。普段のシンゴなら自分でやるだろう。しかし、自分を頼るということは彼も限界が近いというのがセレンにはわかってしまう。
「あーーーー、もう!! クソッ、クソッ!」
悪態を吐きながら、セレンはハカナを米俵のように担ぎ上げた。ハカナは決して長身ではなかったが、彼はそれに比べても小柄だ。セレンは普段から体を鍛えてはいるが、体格差は埋めようもない。
セレンが歩く度に廃墟の瓦礫ががんがんとハカナの身体にぶつかる。しかし、気絶しているのを良い事に、我関せずといった様子で彼は構わず歩いていく。
「あー、あー、あんまり雑に扱ってたら彼が可哀想っすよー。一応、怪我人だし。大事にしてあげてくださいよー」
見かねたラタネが抗議するもセレンは面倒そうに答える。
「じゃあ、どうしろっていうんだ。こいつ、見た目より重てえぞ?」
んー、とラタネは少し思案して、あぁ! と手の平にポンっと拳を当てて名案が浮かんだ! という顔をする。
「お姫様抱っことか!? アタシ、憧れるッす!」
「ぶん殴るぞ。後、そのドヤ顔やめろ」
とは言ってはいるものの、セレンはハカナを抱えていて手が出せない。憤慨するセレンを余所にラタネはあははと笑いながらもう一人の少女、レキナに近付いた。
「…………ん?」
「なんか、機嫌よさそうッすね。レキナちゃん」
彼女に訪れた僅かな変化を、ラタネは敏感に察知した。ラタネとしては友人のその変化が気になって仕方ないらしい。今は右腕に在り合わせの布を包帯のように巻かれている。その狂気の片鱗は隠され、露わになっていない。
「……そうかしら?」
レキナはその言葉に驚いた顔をする。
「なんとなくッすよー! 心なしか口調も変わってるような……?」
「そう? ……自分じゃよくわからないわ」
「いやいや良い意味ッすよ! 暗い顔しないで! アタシもなんだか嬉しいッす! ……どうしたんすか? もしかして、彼に何か言われたとか?」
興味津々といった様子で件の少年の話題をにやにやと出す。
「……そうね。色々と言われちゃった」
「キャー! 素敵! 後で話聞かせて!」
「それは……」
レキナが言葉が詰まり紫の瞳が揺れる。彼女は少し思案するように俯いた。
「……うん、秘密」
「ちぇー」
ラタネは大して残念ではなさそうに話を切り上げた。興味がない訳ではない。が、自分の興味より友人の意思を尊重しての事だ。
「おい、ラタネ! 喋ってる余裕あるなら手伝え!」
「はーいはい、セレンくんは本当、仕方ないッすねー」
なんて言いながらラタネはセレンの手伝いをする為に彼の近くに移動する。それを見やってから、レキナは独り嘆息した。二人の会話は相変わらず騒がしい。だが嫌いではない、むしろ好ましいくらいだ。
好ましい。そんな感情の発露をした彼女は既に無機質な人形ではなくなっていた。レキナは空を見上げる。中天にある太陽が眩しい。中天。ハカナが足を踏み出した時と変わらない位置にそれはある。
「あぁ、そう。きっと、彼なら……」
レキナの口元が歪み、瞳が