遺言…… ②

文字数 4,310文字


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 ――そして、その年のクリスマスイブの夜。わたしの家では、ささやかな――()()()ささやかなクリスマスパーティーが行われた。
 いうなれば、ホームパーティーに毛が生えた程度のもので(少なくとも、篠沢家の人間はそう思っていた)、招待したのも里歩と彼――貢くらいだった。

「――絢乃、メリクリ! 今日はお招きありがと!」

「里歩、いらっしゃい! どうぞ上がって!」

「うん、おジャマしま~す! ――あ、コレ。クリスマスっていったらやっぱコレでしょ」

「わぁ、ありがとう。食卓が賑やかになるわ」

 わたしは、フライドチキンのパーティーパックを手土産にしてやって来た里歩を、笑顔で出迎えた。
 父が息を引き取るまでは、わたしはなるべく笑顔でいようと決めていたのだ。少なくとも、里歩や家族以外の人の前では。

「――クリスマスケーキね、我ながら会心の出来だと思うの。パパや里歩に食べてもらうのが楽しみだわ!」

「そうなんだ? あたしも待ち遠しいなー」

 でも、里歩はわたしのはしゃぎっぷりに多少のムリを感じ取ったらしく。

「絢乃、アンタ相当突っぱってるでしょ? あたしの前では強がんないでさ、泣きたいときは遠慮なく泣いていいんだからね」

「……どうして分かったの?」

「アンタねぇ、あたしが何年アンタの親友やってると思ってんの? 事情だって分かってるんだし、それくらい察して当然じゃん」

「うん、ありがと。ホントに泣きたくなったら、そうするわ」

 わたしは本当に、頼もしい親友を持てたなと思う。彼女はそれまでにも、何度もわたしを助けてくれていたから。
 あの数ヶ月間、わたしの精神的な支えになってくれたのは彼と、間違いなく里歩だった。

 ――里歩をリビングまで送っていくと、またもインターフォンが鳴った。ちなみにセキュリティーの関係で、我が家のインターフォンはモニター付きである。

「はい、どなた様でございましょう?」

 史子さんが、応答ボタンを押しながらモニター画面を確認した。

『あの……、こんばんは。僕は篠沢商事の社員で、桐島といいます。こちらの絢乃お嬢さまからご招待を頂きまして』

「お嬢さまが……。少々お待ち下さいませ」

「えっ、桐島さん!? 待って、史子さん。わたしが応対するわ」

 まだリビングにいたわたしは彼女に代わってもらい、インターフォンで応対した。

「桐島さん! よく来てくれたわね。どうぞ、上がって。――車は、車庫のどこに停めてもらっても構わないから」

『えっ、絢乃さん!? ――ああ、はい。では、お言葉に甘えて』

 突然、応対者がわたしに変わったことには驚いていたものの、彼はインターフォン越しに声を弾ませていた。

 ――それから五分くらい経って、彼が玄関に現れた。
 それだけの時間がかかったのは車を停めていたからというのもあっただろうけれど、広い敷地で迷っていたからかもしれない。

「――桐島さん! いらっしゃい!」

「こんばんは。絢乃さん、今日はご招待ありがとうございます」

 わたしが笑顔で出迎えると、彼は少々緊張した様子でわたしにお辞儀をした。

「そんなに固くならないで、もっと肩の力抜いていいのよ? ――パーティーの会場はリビングなの。どうぞ、上がって」

「はい、おジャマします」

 スリッパに履き替えた彼を、わたしはリビングまで案内した。

 彼はスーツこそ着ていなかったものの、襟付きのカラーシャツにニットを重ねたキッチリしたコーディネートだった。「パーティーに呼ばれたのだから、おめかしせねば」と意気込んだからなのか、彼の私服はいつもこんな感じなのだろうかと、わたしは首を傾げた。

「あの……、絢乃さん」

「……ん? なぁに?」

 彼が何かを気にしている様子で、わたしに声をかけてきた。
 振り返ってみれば、彼は落ち着かないのか家の中をキョロキョロと見回していて、彼には失礼だけれど挙動不審のおサルさんみたいだった。

「いいんでしょうか? 僕なんかがこんなお屋敷のパーティーに呼ばれて。場違いじゃないでしょうか?」

「何を気にしてるのかと思えば、そんなこと? 今日のパーティーはささやかなホームパーティーだし、家族と家の使用人以外はわたしの親友しか招待してないから。場違いとか、そんなこと気にしなくていいのよ。わたしだってホラ、ドレスなんか着てないし」

「……はぁ、確かに。それって絢乃さんの私服なんですよね」

 わたしはその時、赤いハイネックの二ットにグレーのノースリーブワンピースを重ねたちょっとカジュアルな服装で、しかもその少し前までは小麦粉や生クリームまみれのエプロンをしていたのだ。これで、形式ばったパーティーだと思われても困る。

「それに、わたしにあなたを招待してほしいって頼んだのはパパなのよ」

「……えっ、会長が僕を?」

「そうなの。検査を受けるよう勧めてくれたのが貴方だって、わたしが話したの。そしたらね、パパ、『直接お礼が言いたいから、彼を招待してくれ』って」

「そうなんですか……」

 彼が「信じられない」というように目を瞠った。

 きっと父は、わたしが想いを寄せている相手が彼だと気づいていたのだろう。だからこそ、彼のことを気に入って、大事にしてくれていたのだと思う。

「パパも今日は具合がいいみたいで、もうリビングにいるはずよ。桐島さん、心の準備はできてる? まぁでも、そんなに緊張しなくて大丈夫だから」

「はい。……多分、大丈夫です」

 彼はぎこちない笑顔でそう答えた。……まあ、めったに会うことのない雇い主、言ってみれば雲の上の人と対面するのだから、「緊張するな」と言う方がムリな話だったのかもしれないけれど。

「はい、ここがリビングです! さ、入って入って!」

 わたしは後ろから彼の背中をグイグイ押し、彼をリビングへ入らせた。

「パパー、桐島さんが来てくれたよー!」

 わたしが入口から手を振ると、広いリビングの奥のソファーに座っていた父が「おう」と片手を挙げた。そのままゆっくり立ち上がり、わたしと彼のいる方へしっかりした足取りでやって来る。

「……やあ、桐島君。いらっしゃい。よく来てくれたね」

「会長、本日はお招き下さいまして恐縮です。体調はいかがですか」

 父がにこやかに挨拶すると、彼はかしこまって招待へのお礼を言い、父の体調を気遣ってくれた。

「うん、今日は調子がいい。君の顔を見たら、さっきまでより元気になった気がするよ」

「そうですか。それはそれは……」

 彼は、父の冗談にどう返していいか分からくなったようで、言葉に詰まっていた。
 わたしはそんな彼を放っておけなくて、すかさず助け船を出してあげた。

「パパ、桐島さんを悩ませちゃダメよ。彼は真面目な人なんだから、返事に困ってるじゃない」

「ああ、いやいや! すまない! 今のは聞き流してくれてもよかったんだ」

「はぁ……」

 彼がまだ困ったように頭を掻いていたので、父は笑い出した。わたしもあんなに笑う父を見たのは久しぶりで、彼もつられて笑っていた。

「桐島君。――いざという時は、絢乃を頼むよ」

「……は?」

「…………いや、何でもない。今日は存分に楽しんで帰ってくれたまえ」

「はい」

 二人がこんな会話をしていたのだとわたしが知ったのは、彼との交際を始めてからだった。この時は、わたしは十分に冷やしていたケーキをキッチンからリビングへ運び込むために、その場を離れていたのだ。

「――ねえねえ絢乃! あの人? アンタの好きな人って。……あ、あたしも何か手伝うよ」

 わたしを手伝うためにキッチンへ来ていた里歩が、はしゃいだ様子でわたしに話しかけてきた。
 せっかくなので、わたしは彼女に、切り分けたケーキを載せるお皿とフォークを出してもらうことにした。

「ちょっと里歩、声が大きいわよ!」 

「あー、ゴメン! ――さっき、お父さんに挨拶してたよね? 背が高くてイケメンで、優しそうな人。あの人が桐島さん?」

 わたしがたしなめると、里歩は謝りつつも話題を変えなかった。食器を出しながら、まだ同じような話を繰り返していた。

「うん、そうよ。ステキな人でしょ?」 

「確かに、いい人そうだよね。あたしが思ってたのとちょっと違うけど。イケメンには違いないんだけどさ、〝王子様〟って感じじゃなさそうだね」

 里歩はもっとイケメン――例えば少女コミックとかに出てきそうな感じの、洗練された男性をイメージしていたらしい。
 でも、わたしはむしろ、彼の純朴(じゅんぼく)な感じが好きだ。彼女が想像していたようなイケメンと出会っていたら、わたしの方が息が詰まってしまいそうである。

「そこがいいの。彼は誠実で純朴だから、わたしも惹かれたのよ。彼ね、八歳も年下のわたしに敬意を払ってくれてるの」

「それってさぁ、絢乃が雇い主のお嬢さまだからじゃなくて? お父さんがいないところでもそうなの?」

「うん……、そうね。電話とかメッセージでも、いつも敬語だもの」

 父と同じように、彼にとってはわたしも〝雲の上の存在〟なのだろうか? 秘書として働いている今ならともかく、当時のわたしは彼のボスでも何でもなかったのだけれど。

「でも、壁を作られてるような感じはしないのよね。それが何だか自然な感じがするの。ちゃんと()をわきまえてる、っていうのかしら。そういうところが彼らしくていいな、って」

「あれあれ~? アンタ、なんかめっちゃベタ惚れしてんじゃん♪ ねえねえ、彼とまだ付き合ってないの? っていうか付き合わないの?」

「そんなこと、今はまだ考えられない。パパのこともあるし、彼がわたしのことどう思ってるかも分かんないし」

 そもそも、彼がどうして父の誕生パーティーの日にわたしに話しかけてくれたのかも、その当時のわたしには分かっていなかった。
 周りが大人ばかりの中、あの会場内で〝壁の花〟と化していたわたしが気になって、気を利かせて声をかけてくれたのだと思っていたのだ。

「じゃあさ、もし彼も絢乃のこと好きだったら? その時はどうすんの?」

「その時は……お付き合いするかも。でも多分、彼は自分からモーションかけてきたりしないと思う。性格的に」

 わたしがグループのトップの令嬢だからと、こんな小娘にも関わらず敬語を使うような人である。もしもわたしに好意を持っていたとしても、「自分ごときがおこがましい」と一線を引いているのではないかと、当時のわたしは思っていた。

「どのみち、この状況だと恋愛どころじゃないでしょ」

「……まあ、そうだね。――このトレー、そっちのワゴンに載せていい?」

 里歩がお皿とフォークの載ったトレーをホールケーキを運ぶためのワゴンに載せたところで、わたしたちはキッチンを後にした。
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登場人物紹介

篠沢絢乃(しのざわあやの)

私立茗桜女子学院・高等部二年A組。

四月三日生まれ、十七歳。O型。

身長一五八センチ、体重四四キロ。胸はDカップ。

趣味は読書・料理。特技はスイーツ作り・英会話。好きな色は淡いピンク。

主人公。高二の一月に『篠沢グループ』の会長だった父・源一(げんいち)をガンで亡くし、父の跡を継いで会長に就任。

小学校から女子校に通っているため、初恋未経験。

大のコーヒー好き。ミルクと砂糖入りを好む。

桐島貢(きりしまみつぐ)

篠沢グループ本社・篠沢商事・秘書室所属。大卒。

五月十日生まれ、二十五歳。A型。

身長一七八センチ、体重六〇キロ。

絢乃が会長に就任する際、本社総務課から秘書室に転属し、会長付秘書になった。マイカー(軽自動車→マークX)を所持している。

恋愛に関しては不器用で、現在も彼女なし。

絢乃と同じくコーヒー党。微糖を好む。スイーツ男子。

中川里歩(なかがわりほ)

私立茗桜女子学院・高等部二年A組。

五月二十四日生まれ、十七歳。B型。

身長一六七センチ、体重五三キロ。胸はCカップ。

初等部からの絢乃の同級生で大親友。バレーボール部に所属し、キャプテンを務めている。

数ヶ月前から交際中の、二歳上の彼氏がいる。

コーヒーは、ミルク多めを好む。

※このアイコンではセーラー服着てますが、本当の制服はブレザーです。

篠沢加奈子(しのざわかなこ)

篠沢グループ会長代行。篠沢家当主。短大卒。

四月五日生まれ、四十三歳。O型。

身長一六〇センチ、体重四五キロ。胸はDカップ。

絢乃の母で、よき理解者。娘が学校に行っている間、代わりに会長の務めを果たしている。

亡き夫で婿養子だった源一とは、見合い結婚だったがオシドリ夫婦だった。

大の紅茶党。ストレートティーを好む。

ちなみに、結婚前は中学校の英語教諭だった。

桐島悠(きりしまひさし)

フリーター。飲食店でのバイトを三ヶ所ほど掛け持ちし、調理師免許を持つ。

六月三十日生まれ、二十九歳。B型。

身長一七六センチ、体重五八キロ。

桐島貢の兄。一人暮らしをしている弟の貢とは違い、実家住まい。高卒でフリーターになった。

貢曰く、かなりの女ったらし……らしい。兄弟仲は決して悪くない様子。

愛煙家である(銘柄はメビウス)。

阿佐間唯(あさまゆい)

私立茗桜女子学院・高等部三年A組。※絢乃、里歩とは三年生から同じクラス。

七月二十四日生まれ、十七歳。B型。

身長一五四センチ、体重四一キロ。胸はBカップ。

三年生で初めて絢乃、里歩のクラスメイトになる。マンガ・アニメ研究部に所属。

男子バレーボールが題材の『ドラゴン・アタッカー』というアニメにハマっている、いわば「オタク少女」。その縁で、バレー部員である里歩と親しくなり、絢乃とも仲良くなった。

一つ年上の大学生・谷口浩介(たにぐちこうすけ)という彼氏ができたばかり。

レモンティーが好き。

村上豪(むらかみごう)

篠沢グループ本社・篠沢商事の代表取締役社長、常務兼任。大卒。四十五歳。

絢乃の父・(旧姓・井上)源一とは同期入社で、同じ営業部だった。源一が会長に就任した際に専務となり、常務を経て社長に。源一亡き後、絢乃の会長就任に際して再び常務を兼任する。

源一とは恋敵でもあったようで、結婚前の源一と加奈子を取り合ったことも。現在は一つ年下の妻と、絢乃よ中学生の娘がひとりいる。

源一の死後は、父親代わりに絢乃を支えている。

コーヒーにこだわりはなく、インスタントでも飲む。

山崎修(やまざきおさむ)

篠沢グループ本社・篠沢商事の人事部長。専務兼任。大卒、五十二歳。

総務課で続いていたパワハラ問題に頭を抱えており、人事部長として責任も感じていた。

真面目でカタブツだと誤解されがちだが、実は情に脆い性格。三歳年下の妻と二十二歳の娘、二十歳の息子がいて、自分の子供たちが篠沢商事に入社してくれることを期待している。

広田妙子(ひろたたえこ)

篠沢グループ本社・篠沢商事の秘書室長。大卒、四十二歳。秘書室に異動した貢の直属の上司。

入社二十年目、秘書室勤務十年のベテラン。バリバリのキャリアウーマン。職場結婚をしたが、結婚が遅かったためにまだ子供には恵まれていない。

絢乃とは女性同士で気が合う様子。

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