第7話(3)おとといきやがれ

文字数 1,892文字

「……トパーズちゃん、そろそろ上がって良いよ」

「はい……お疲れ様です」

「お疲れ、ありがとうね」

 トパーズは店を出る。その足取りはどことなく重い。

「ふう……」

 トパーズはため息をつく。

「あの~?」

「あ、おとといきやがれです……」

「えっ⁉」

「うん? あっ⁉」

 トパーズは聞き覚えのある声だと思って振り返ると、そこには山田が立っていた。

「ト、トパーズさん……」

「や、山田くん、どうしてここに?」

「い、いえ、その前に……」

「え?」

 トパーズが首を傾げる。

「お、おとといきやがれって……」

「あ~何故だかナンパがしつこいからね……」

「ナ、ナンパ撃退の返事ですか……」

「いやだ、撃退って……丁寧にお断りしているわよ?」

「丁寧……?」

 笑うトパーズに対し、山田は首を捻る。

「それで山田くんはどうしてここに?」

「いえ、エメラルドさんに言われまして」

「エメちゃんに?」

「最近心ここにあらずという感じなので、何か悩み事があるのだろうと……」

「まったく、長女の目は誤魔化せないわね……」

 トパーズは笑みを浮かべながら腕を組む。

「はあ……」

「自分のことにはわりと無頓着な癖にね」

「え? そうなんですか?」

「まあまあ、それは良いわ。なるほど、それで派遣されてきたわけね」

「派遣……まあ、そうなりますね」

「ふむ……」

 トパーズが顎に手を当てて山田をじっと見つめる。

「あ、あの……?」

「……かわいいかわいい妹ちゃんたちが色々とお世話になったようね?」

「い、いや、色々とお世話って……」

「……うん、そうね」

 トパーズが頷く。山田が首を傾げる。

「トパーズさん?」

「わたしも相談に乗ってもらおうかしら」

「相談ですか?」

「ええ、そこの喫茶店で話しましょう」

「は、はい……」

 トパーズと山田は近くの喫茶店に入る。二人はカウンター席に並んで座る。

「……というわけなのよ」

「なるほど……」

 山田が腕を組んで考え込む。それを見てトパーズが笑う。

「ふふっ……」

「? なにか?」

「いや、ごめんなさい、流石に困っちゃうわよね、こんなことを相談されても」

「いいえ」

「うん?」

「アイディアが既に浮かんでいますが……」

「ほ、本当に?」

「ええ」

「……せっかくだからそのアイディアを聞かせてもらおうかしら」

「そうですね……やはり新メニューの開発でしょうか」

「ちょっと待って」

「はい?」

「簡単に言ってくれるけど、そんな容易なことじゃないのよ?」

「それは分かっているつもりです」

「いいえ、分かっていないわ。メニュー開発っていうのは……」

「すみません。新メニューというのは少し語弊がありました」

「語弊?」

「はい、俺が言いたかったのは、既存の味にアレンジを加えるということです」

「アレンジ?」

 トパーズが首を傾げる。

「そうです」

「それこそ簡単に言ってくれるけど……店には店ごとの味ってものがあって……」

「様々な客層に対応するためには必要なことだと思います」

「様々な客層?」

「はい、あの店の辺りは学生も多く、また住宅街やオフィス街からも近いですよね?」

「そうね……」

「ユーザーの味の好みも細分化されているはずです。それに応えることが出来れば……」

「理屈は分かるけど……対応するのは難しいと思うわ」

「何故です?」

「大将は自分の味に絶対の自信を持っているわ。それを変えるなんて……」

「そこまで頑固一徹な方ですか?」

「い、いいえ、話せば耳を傾けてくれるとは思うけど……」

「それならば……」

「でも、慣れ親しんだ味をアレンジするのって……」

「若者向け、あるいは女性向けにですね」

「それを大将に求めるのは……」

「その辺りをトパーズさんにフォローしてもらえれば……」

「そうは言ってもねえ……」

「微力ながら……俺も手伝わせていただきます」

「ええ?」

 山田の申し出にトパーズは目を丸くする。

「役不足なのは重々承知しています」

「あなたが料理上手なのはよく知っているけど……」

「……マスター」

「……はい?」

 山田がカウンター越しに髭をたくわえたマスターに話しかける。

「この軽めのコク、甘味が後味として残る感じ……ペルー産の豆を使っていますね?」

「ほう……若いのに詳しいですな。日本ではほとんど取り扱っていないというのに……」

「どうですか?」

 山田はドヤ顔でトパーズを見つめる。

「あの……ペルーってどこだっけ?」

「!」

 山田が軽くズッコケる。トパーズが恥ずかしそうに呟く。

「地理は苦手なのよ……」

「……エクアドルの横です」

「いや、もっと分かんないけど……」

「まあ、それはともかく……どうでしょうか?」

「そうね……あなたの提案に乗ってみるわ」

 トパーズがコーヒーを一口飲んでから頷く。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み