お墓参り

文字数 1,011文字


 穏やかな日和になって良かった。
 丁寧に掃除をすませると、白い百合の花を供えた。
 姉の一番好きな花だ。
 線香をあげ、お墓に向かって手を合わせる――。
 
 
 手術を受けると言いだしたのは姉だった。
 姉は、生まれつき心臓に重い病気を抱えていて、治すにはとても難しい手術しか方法はなかった。
 が、それはあまりにもリスクが大きく、手術中に亡くなってしまう人も多いと聞いた。
 姉は子供の頃、学校にもほとんど行けなかった。
 外で友達と遊ぶ私を、家の中から羨ましそうに眺めてる姿が、一番心に残っている。
 私が高校三年の時には、両親を車の事故で亡くし、それからは姉と私だけになった。
 大学進学予定だった私は、諦めて就職した。
 私が働いて、姉と二人で生きていかなければならなかった。
 その事に、姉は「私がこんな身体だから、負担ばかりかけてごめんね」と何度も謝るように言った。
 むしろ私は、心優しい姉がいてくれるからこそ頑張れたし、姉がいるから毎日が楽しかった。もし姉までもがいなくなったらと考えると、恐ろしかった。
 だから私は、姉が心臓の手術を受けたいと言い出した時には泣いて止めた。
 もうたった一人しかいない肉親の姉に、そんなギャンブルのような手術は受けてもらいたくなかった。
 たとえ普通の生活が難しくても、姉にはずっとそばにいて欲しかった。
 でも姉の気持ちは頑なだった。
 真剣な眼差しで訴える姉に、私は折れるしかなかった。
「約束だから、絶対治って帰ってきてね」
 泣きながらそういう私に「がんばるからね」と、姉は笑顔で手術室に入っていった。
 手術患者家族用の待合室には、他の患者家族の人たちがたくさんいたが、室内の空気は鉛のように重く、誰も皆一様に仄白い顔で、言葉少なに座っていた。
 私はひたすら祈りながら、手術が終わるのを待ち続けた。あれほど時間を長く感じたことはない。
 手術が終わった順に、他の家族がひと組、ふた組と減っていき、最後に私一人だけが残った。
 そして、看護師さんの声で呼ばれた瞬間、私は弾かれたように立ち上がった。
 まるで心臓を直に鷲掴みにされ、これから針で刺し貫かれようとするかのような心境だった――。
 
 
 ――あれから時間が経って、今こうして墓前にいると、とても穏やかな気持ちで心の中にたくさんの感謝の言葉が溢れ出す。
 私はゆっくりと顔を上げる。
 
 隣で手を合わせている姉の横顔は、初夏の陽に照らされて美しく輝いていた。
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