第8話

文字数 4,914文字

 後輩から「雨が降ってきたので仕事をやめた。飯でも食いに行かない? 」って電話があった。
どこに居るんだい? と聞くとМの家に来てるって言う。Мは共通の知人で広い庭のある一軒家に父親と二人で住んでいる。後輩夫婦は門を入って大笑いしたらしいのだが、巨大なウルトラマンの人形が四体ほど転がっていたらしい。何これ? って聞くと、どこかの保育園か施設で廃棄を頼まれた物らしい。普通、断るのだが、人から頼まれると断れないイスラム教徒のようなМは持って帰ったらしい。(ちなみにМはアル中なのでイスラム教徒にはなれない)

その後、一時間もしないうちにやって来た後輩夫婦。ついでにМも一緒だ。
狭い部屋で四人で話しても窮屈なので、飯でも食いに行くか? って事に。相変わらず雨が降っていたので、後輩夫婦の車に乗り込み飯屋を探す。
空港近くの安いって評判の居酒屋が開いていたので入る事にした。
後輩夫婦に向かい合い、私とМが座る。後輩夫婦は日頃から全く飲まないので、私とМは生ビールを注文し、後輩夫婦はウーロン茶を頼んでメニューをひろげた。日頃、Мのアル中を快くは思っていない後輩夫婦。どういった風の吹き回しだろう? 
 Мは痩せていて、一見すると筋者みたいな尖がった感じもする男。元々、調理人だったと言う。知り合った当時は全く気付かなかったのだがМは大体、一日中飲んでいる。コンビニに四、五時間おきには行っていて、その都度缶ビールを三本買う。そしてチビチビと延々飲み続ける。「やめないよ」というのだが、飲まないと不安に圧し潰されそうになるようだ。人相は強面なのだが、気が弱い。ついでに酒が強い訳でもなく、すぐに酔っ払う。アル中の多くは元来体質的に酒の飲めない輩が多い。
血筋もある気がする。Мの家系で酒を飲むのはМだけらしい。その証拠ではないが、私の家系は酒豪だらけだがアル中は一人もいない。飲んでいきなりガツンとくる事もなく、早めに分解するので、依存はし難いようだ。飲めと言われれば底なしに飲むが、飲まなきゃ飲まないで平気なのだ。
 その日のМは絶好調であった。頼んだ生ビールのジョッキをすぐに飲み干した。おいおい、後輩夫婦はまずいなという顔をする。まあ、飲んで暴れた事は見た事ないので心配はいらない…… とは思う。
その後、他愛もない話をしていたのだが、後輩の嫁がМにどこの高校出たの? って聞く。
 Мは「実業」と答えた。へえ、実業高校なの? って話になって。私の高校時代、毎週バイクに乗って遊びに来る友達が航空整備課だったな。とにかくバイクに乗ってるだけで幸せな男で、私のように工業高校や農業高校の同級生と酒盛りする事もなく、煙草にも手を出さないバイクに乗る以外真面目な男だった。 そいつの熱烈な勧めにより私はバイクの自動二輪免許を取る。すると実業高校の同級生は三日に一度は私の家に訪れるようになり、休日にはツーリングに付き合わされた。 そもそもバイクに延々と乗って何が楽しい? 三〇分も乗れば満腹の私は、彼から逃げる為、町のパチンコ屋に行くようになる。行くと父親がいて、親子並んでパチンコを打つていた。玉がなくなると父親に「千円貸せ」と言っては打ったものだ。私の世代で手動式パチンコを実際打った事のある奴は稀である。ちなみに打ち方はうちの父親から習った。
高校二年生のある日、実業高校では一斉に手入れがあり、自動二輪免許を取った二年生二〇〇数十名が一挙に停学になった。同級生も坊主頭にされ、自宅で謹慎中だったのだが、遊びに行くと、一週間休校になったようなもので休暇を楽しんでいた。
「高校ってバイク乗ったらいかんと? 」と嫁が聞くので「高専以外は禁止だったな。大体、みんな農業をしていると言って取るんだが、俺は国立高専ですって取った」「大体、農業してんなら夏休みに通う必要もないのにな」
 後輩の嫁は高校には行っていないので、そんな事は知らない。彼女は元不良少女で中学生の頃にグレ始め、友達の家を転々と泊まり歩き、家に帰らなくなった。現在、四〇代後半になった今でも親姉妹とは絶縁状態であり、家族がどうなっているかは知らない。それまで何をしてきたかはよく分からないが、水商売をしていたのは間違いないようだ。二〇代前半で客との子供が出来た為、結婚(本当に結婚したかは不明)後に離婚し、パチンコ屋で後輩と出会い、同居を始めた。この夫婦と出会った頃は娘はまだ小学生だった。今では成人し、某食品会社の事務員として働いている。
二人が出会った当時、後輩はゴト師をしており、ジャグラーで月に一〇〇万以上稼いでいたようだ。その後、体感機が刑事罰の対象になった為、民間で働き始める。その頃、私は知り合ったのだが、後輩は目つきが悪く普通じゃないなって印象だった。でも数か月もするとすっかり温和な目に変わった。
目は口ほどにものを言うとはよく言ったもので、目の奥に宿るものが何か分からない事には付き合いようもない。
すると隣に座るМが「でへへ」と言い出した。酔っ払い始めたのだ。Мの顔を見ると、瞳の焦点が全くあっていない。「お前、宇宙人か? 」と爬虫類のような眼をしたМを見てマズイなと思う。その後、トイレに行くと席をたったМはなかなか帰ってこない。道にでも迷ったかな? まあ、いいか。
後輩の嫁が昼カレーをたくさん食べたので、あんまり食べれないと言う。
「ねえ、インド人って本当に三食カレーを食べるの? 」と聞いてきた。
「ああ、自分が知る限りはインド船の船員は食ってたな。それも凄い量を手づかみで食べてた。さすがにあれを見ると食わしてくれとは言えなかった。船も近づいただけでカレーの匂いがするしな、体臭もカレー臭い。日本のカレーと違ってちょっと薄い色なんだが、食ってないから味は分からない」
 それからはやたら踊るインド映画の話から、最近ネットの見放題の映画の話になった。何か面白い映画ってない? って聞くのでデカプリオの出るブラッド・ダイヤモンドなんか面白いぜなんて話していた。デカプリオは大作専門だからハズレが少ない。ジョニー・デップは精神病者の役をさせたら上手いし、ブライアン・ジョーンズになったりキース・リチャードになったり器用だよな…… と言ったところで「何それ? 」と話は頓挫してしまった。
「じゃあ何見てるんだ? 」と聞くと。
「福士くんや松坂くんの出るやつ」
 と言う。ああ、福士君ってジャイアント馬場のような走り方をする子だろ?
「ジャイアント馬場? 」
 ああ、肩を怒らせて走る姿は、在りし日の馬場の雄姿を思い出させた。松坂君の去年の問題作も見たよ、でも劇中でセックスの才能があると絶賛していたが、はっきり言ってあれ「下手」じゃねえか? 
「ぎゃはは、何ね、あんたは上手いとね? 」
 俺が上手いとか下手とかではなく、あれは間違った概念を植え付けるデマだと言ってるんだ。
「確かに上手いとは思えないけど…… 」
 そうだろ? 劇中で女の機嫌を取るところまでは合ってるんだが、それ以外はボロボロだろ? 役作りの為に三〇〇人と寝ましたとか、ヤクザやホストに弟子入りしましたって言えば「ほお、やるじゃん」と思うがね。
大体、男がアヘアヘ言わないだろ、そもそも男と女では回路が違う。その最中は普通、真面目な顔をして真剣に妄想するのが男だ。
アメリカ映画だと女が凶暴で強過ぎるから、女の機嫌を取りたがる映画が多いが、その影響かな? なんて話していた。
この手の話には後輩の嫁は食いつく。途中、世界で嫌われてる国の一位二位は断トツでアメリカとイスラエルだな、完全なツートップなんて話をすると途端に思考停止をする。
女には子供を産んで育てるといったDNAから、関係ない政治や紛争には興味を抱かないようだ。幼い頃から容姿や嫉妬に敏感なのは持って生まれた遺伝子存続の為の本能だろう。その証明ではないが、女の友情は一人の男が介入する事で木っ端微塵に破壊される。
業の深さや男女間の洞察力は男の比ではない。最近、飽きられてきた不倫問題だが、そもそも女が合意しない事には成立しない。仮に不倫した場合、された男も女も相手の女性を憎む。それは人間の本能的な感情であって、男がやり玉にあがる日本の報道は奇妙だ。恐らくほぼ恋愛経験もなく、浮いた話もなかった稚拙なオバサンの嫉妬だろう。
十月十日身籠らねばならない女に比べ、男は無制限に繁殖活動が出来る。男といっても大した遺伝子も持たず、うだつの上がらないボッサリでは女は満足しない。その為、早い時期から女の生存をかけた争いは始まる。
生れた時から一週間もすれば周囲に気づき始める女の子に比べ、一ヶ月もしないと認識出来ない男の子。プロのスカウトだって母方の血は祖母まで調べるが、男方の血は全く考慮されない。才能は男からは遺伝しないのだ。(只、容姿や性格は遺伝するようだ)子供も父親なんて付録のようなもの。母親基準に成長していく。
男は種付け馬の使い捨てとはよく言ったもので、子供が生まれた時点で「ご苦労様でした」なのかもしれない。

女の幸福は男から「奇麗だね、魅力的だね」とチヤホヤされ、他の女と差別化される事だろう。その為、化粧もするし、身ぎれいにもする。永遠に尽きる事のない業に支配され続ける。まあ、女にモテたいってのは男も同じだが、男の場合諦めも早い。
顔やルックスが良いから異性にモテるって単純な構造ではないのだが、意外と本能的なものに気づくと簡単だったりする。
仕方ねえな。異性に一生モテないであろう君たちに教えてやろうかな。

まず人たらしはよく使う手なのだが、初対面の人から好意的な感情を感じた事はないだろうか? 例えば「この人、奇麗だな」とか「この人、カッコいい」何て思った場合、瞳の瞳孔が一瞬開いたように感じる。アイドルのように始終キラキラしていては効果はないのだが、意図的にこれを使う人は実は多い。
勿論、その後の会話などでの好意的なコミュニケーションは大事だが、目は口ほどにものを言うって実践だ。まず、悪印象は与えない。
もう一つは相手との距離感だ。人は何センチ以内に近づくと恐怖感を持つ。逆に言えば恋人や夫婦の違いは距離がなくとも違和感を持たない事にある。いきなり密着なんかしたら通報されるかもしれないが、この距離感を縮める事は勝利への第一歩。
例えばホストの研修でまず習うのはボックスでの座り方。必ず客と身体の一部分を接触させて会話する事を学ぶ。理由は一部分が触れる事で相手が安心するからだ。つま先、太もも、肩、指先どこか触れさせる事で最大八人と会話が可能なのだ。女性ホステスなんかでもよく客の膝に手を添えて話をするが、あれも一緒だ。
まあ、酒を飲む席では意外と簡単なのだが、素面の場合どうするか? 
 私が若い頃たまにやっていたのが「ここだけの話だけどね」や「これは秘密だけど」って耳打ちしたり、とにかく相手の領域に知らないうちに入り込むやり方だった。それ以上に笑わせたり感心させたりってコミュニケーションや会話は必要なのだが、後は経験と度胸だな。
別に策に溺れる必要もなくて、自然に流れに沿って、気づいたら特別な関係になってたってのが多い。とにかく自然だと女は運命的だと勝手に解釈してくれるし、男は自分のいい方にしか解釈しないしな。
いい男はいい男止まりで悪い男はそれ以上に感情を掻き毟ったり、泣かせたりする訳で、只、悪事を働こうとしてやるのではないのだ。
どっちが楽しい男かといえば悪い男に間違いはない。悪い女も同じである。

その後、ながいトイレから帰ってきたМ。何かブツブツ言っている。「店長が…… 」って。明らかに不審者と思われたМは何か言われたらしい。まあ、いいじゃねえか、とМに言ったところで、外を見ると土砂降りだった。

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