第26話 家電

文字数 896文字

 新幹線の公衆電話が廃止されると聞きました。使ったことはないけれど、今まで慣れ親しんだ物が無くなっていくのは、やはり寂しいですね。時代の流れと言えばそれまでですが……

 1人に1つの電話を持てる日が来るなんて、学生時代の私には想像すらしなかったことだ。実家に固定電話がきたのは私が小学生のとき。当時はダイヤル式が主流で、黒電話(電話の色)が多かったから、布で出来たカバーを掛けている家をよく見かけた。そんな中、普通のサラリーマン家庭の実家に来た電話はプッシュフォン。電卓のように数字が配列され、受話器を上げて押すと数字毎に音が変わる。しかも、色はモスグリーン。電話に無縁だった家が、いきなり、最先端に躍り出た。

 どうしてこうなったのか。父です。新し物好きの所業(しわざ)。他にもあります。衣類乾燥機。私が生まれたころ、つまりは半世紀以上前に家庭用のそれがあった。物心ついたころには、納戸の隅に置かれ、家屋の一部となっていた。ある日、母に「この洗濯機みたいな物は何?」 と聞いて、初めて何物かが分かり、さらに使っていたのかと尋ねると「数えるほど」 と答えた。家電の三種の神器すら豊かさの象徴と言われた時代に……

 どうしてウチにあるのか。当時は布オムツ。それを乾かすために夫である父が買ってくれたと、母は答えた。呆れるを通り越して、凄いとしか言いようがないが、こそばゆい話、母への愛情のなせる技もあったようだ。そう思った根拠は、以前父と外出したときに聞いた、母との馴れ初めにある。『大恋愛』

 言葉にこそ出なかったが、エピソードの端々に伝わってきた。私の知らない世界。いろいろな意味で。それにしてもね……

 私が結婚で家を出てから、どのくらい経ったか納戸のその場所には、別の物が置かれていた。親しんでいた物ではなかったが、実家が変わっていくのは切ない。

 父母は弟夫婦と暮らしてはいるが、台所は別々。八十路を越えた今も自分たちで食事の用意をしている。もちろん後片付けも。半年くらい前、体力の衰えが気になり、私の勝手で食洗機を買った。最初は「いらない」と断った父。新し物好きの烙印は、いつの間にか消えてしまっていた。





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