大きな傘のような家

文字数 1,381文字

 天の子どもは立派な大工になろうと思いました。
 けれども、不器用な彼は、釘一本ろくに打てはしませんでした。
 これには大工もほとほと困り果てていました。

 結局は、自分の仕事ぶりをおとなしく見ているようにと言いつけて、天の子どもを仕事場に連れていくだけとなりました。

 大工の仕事ぶりはすばらしく、簡単な針仕事のように、易々と家をなおしたり、造ったりします。
 それを見て、天の子どもはわくわくした気持ちになりました。
 そしてそれと同時に、自分にはできないことだと、悲しんだりもするのです。

 そんなある日、大工が言いづらそうに切り出しました。

「そろそろな、おまえも別な仕事を探す時だと思うんだな……。はっきりいって、おまえにゃ大工仕事は無理だ。このままおれに連れ回されても、何にもならないと思うんだ」

 大工は、伏し目がちにちらちらと天の子どもの反応をうかがいます。
 天の子どもは傷つきましたが、反面どこかほっとした気持ちもありました。

「確かにぼくに大工仕事はできません。でも……」

 天の子どもはふっきれた顔でにこっと笑顔を見せました。

「でも楽しかった。親方が家を造るのを見ていると、まるで魔法をみているようだった」

「魔法? 魔法か……。そんなこと、言われたこともないぜ」

 大工は照れくさそうに頭をかきます。

「その魔法を、最後にぼくのために使ってくれませんか?」

 天の子どもが思わぬことを切り出すので、大工はきょとんとしました。

「大きな傘のような家を広場に造ってほしいのです」

 天の子どもは言いました。
   
 大工は天の子どもの望みにすぐに応えました。

 翌日から、大きな傘のような家を広場に造る作業が始まったのです。

 大工夫婦と出会ったあの日、天の子どもにとって大工夫婦の親切は、大きな傘のようでした。
 冷たい雨で冷え切った心に差し掛けられた傘でした。
 あの日から、天の子どもは、突然の雨に降りかかられた人たちに差しのべられる大きな傘を自分も持ちたいと思ったのです。
 軒下を探す人たちに、ほっと一息雨宿りができる場所を与えたいと思ったのです。

 大工は天の子どものために、はりきって家を造りました。
 天の子どもへのうしろめたいような気持ちが、そうさせるということも少しはあります。
 けれど何より、天の子どもが、自分の仕事を手放しでほめてくれたことがうれしくてうれしくて、大工は仕事に精を出すのです。

 やがて、天の子どもの希望通り、大きな傘のような家が完成しました。

 真ん中の柱を軸に、八本の骨組みの傘のような屋根が広がります。
 八角柱の壁には、それぞれ八つの窓になった扉があって、どこからでも出入りできます。

 大工の素晴らしい仕事でした。

 広場にあるこの傘の家は、町の人の憩いの場にもなりました。

 大工に家を造ってほしいと頼む人も後を絶ちません。
 以前は屋根の修理などがほとんどで、頼まれた仕事だけをこなしていた大工も、自分で多くの工夫をするようになり、大工の腕をさらにあげました。

 そんな大工に憧れて、弟子がどんどん増えていきました。
 大工のおかみさんは、弟子たちのまかないを買って出ました。
 喜ぶ弟子たちの顔を見て、おかみさんはさらに料理の腕をあげました。

 大工夫婦は大忙しです。

 大工の家は活気に満ちあふれていました。

 そんな中、天の子どもはひっそりと姿を消しました。

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