詩小説『ホテル ピーチデイズ』3分で裏側を。訳アリな人へ。〜第2話〜

エピソード文字数 1,943文字

ホテル ピーチデイズ〜第2話〜

「この歯ブラシ、さっきの可愛い娘ちゃんが使ったヤツかな」
「あんた寝起きドッキリのイジリー岡田か」
「やくみつる思い浮かべましたけど俺。ちょっとちげーか」
「って言うかアンタ、それおっさんが使った歯ブラシかもしれないでしょ」
「なんであんなこぎたねぇおっさんが、あんな可愛い娘抱けんだよ」
「あの娘デリヘル嬢でしょ、普通に」
「なんでそんなの分かるんですか?」
「長いことこの仕事に足突っ込んでたら、だいたい分かるものよ」
「女の子は良いですね。ほんの数時間であっという間に稼げるから」
「デリヘル嬢もそんな気楽な商売じゃないでしょ。嬢の旬は二十四まで。訳アリな娘も珍しくないしね」
「訳アリ? 借金とかですか?」
「この娘、母親の愛情を受けずに育ったんだね」
「えっ?」
「ほれ、このカフェラテ。ストローに幾つも歯型がついてる。子供の頃に噛む癖がついたんだね」
「あらー」
「デリヘルにしか、自分の居場所作れずに。客相手にする度に大事ななにかを擦り減らして。その場しのぎの金で今を温めてる」
「……。」
「ほれ、急げ。清掃は素早く正確に。回転が命」

『ゴトン』

こじんまりした『関係者以外立ち入り禁止』のモニター室。
防犯カメラが映し出す、男と女。
「客入ったわよ」
「軽トラで来たぞ」
「町外れのホテルだからね。珍しい訳でもない。身を隠すには丁度良い立地で需要があんの。色んな事情を抱えた客が来るからね」
「えっ。おっさんとおばさんのカップル? ウチのおかんくらいの歳ですよきっと」
「あれは不倫ね」
「えっ?」
「ゴルフウェアの男は口実作り。普段着の女はノープランで家出てきましたって感じ」
「あの歳で不倫かぁ。おっさんになったら落ち着いていたいなぁ、俺は」
「その台詞はおっさんになってから言うべきよ。身体だけ衰えても、心は果ててないってことでしょ。夢見てんのよ、いくつになっても」
「そんなモンですかね?」
「あのカップルはその場のノリで来ちゃいましたって口ね。だらしない遊び方してんのが滲み出てるわ。女の子の根元だけ黒い髪とか」
「馬鹿ですね。男の方は下心しかないってのに。済ませたらポイ。使い捨てくらいに思ってんのに」
「そんなこと百も承知。それでも一瞬、特別な気分になれるのよね、女って。傷つかないように、私だって遊びだからなんて言い聞かせてんの」
「俺には分かんねぇな、その感覚」
「寒かったら、マフラーでも、ストールでもあった方がマシでしょ? たとえ柄が気に入らなくても。寒いよりマシじゃない」
「はぁ」
「ほれ、部屋空いたぞ。清掃行くよ」
「はーい」

乱れたシーツ。雫が飛び散った洗面台。髪の毛をつけたクシ。
「あっ」
「どしたの?」
「俺、気づけばなんの抵抗もなく使用済みのゴム摘んでる。しかも素手で」
「ゴム手袋つけてたら非効率。どうでも良くなんのよね。どうせ汚れるんだからって諦めてんの。鈍ってんのかな、感覚が」
「あっ、すんません」
「コラっ、なに電気消してんのよ」
「肩が当たりました」
「早くつけてよ」
「はい」

『カチっ』

「えっ?」
天井には星が散らばり、ベッドを照らす。
「コラっ」
「すんません。電気つけようと思ったら。ボタン違ったかな。ってか、このホテルプラネタリウムの演出があったんですね」
「A室だけね。売りにしてんのよ。ウケは悪いけどね」
「確かに、安っぽいですもんね」
シーツに肩を並べ寝転がって、ふたりして天井を見上げた。
「俺、こんなじっくり星見るの久しぶりだな」
「まぁ、プラネタリウムだけどね。東急ハンズに売ってるレベルの」
「なにしてんだろうな、俺」
「なにって、ラブホテルの清掃でしょ?」
「あん時想像してた大人ってやつになれてない気がして」
「そんなもんよ。大人なんて」
「まだ、中途半端に夢見てて、そんで正社員にもならずに、ラブホの清掃やってます」
「それもまた正解なんじゃない。採点基準は自分自身にあるから」
「こんな安っぽい星でも追いかけてみたいと思ってるんです。心のどっかで。恥ずかしいですね、俺」
「恥ずかしいわよ」
「えっ?」
「私だって」
「そんなこたぁない、でしょ?」
「ねぇ、アンタ子供の頃、将来の夢なんだった?」
「ベタですよ? ウルトラマンです」
「確かにベタね。子供ならでは」
「ならでは?」
「3分しかもたない正義なんて、子供ならではの発想。戦いは3分じゃ終わらない。死ぬまでよ」
「……。」
「ねぇ、今日ハーゲンダッツ奢ってよ」
「はぁ? なんで?」
「なんとなく」

開くことのない窓の外は明るくなり始めていた。
もうすぐ、誰も知らない朝が来る。
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登場人物紹介

主人公はあなたです。それぞれの恋愛模様を『詩小説』で。

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