第15話 入れない空気

文字数 1,734文字

 結局――

「いやー、助かったでござるよ。イア殿」

「もう……ほんとユイちゃんは、もう……」

 ――ずれてしまったユイの水着は、駆け付けたイアによって綺麗に修正されることとなった。

「これをこうして……大丈夫? 苦しくない?」

「うむ。収まるものでござるな」

「でしょ? サイズは合ってるんだから、あとはしっかり出来てるかどうかだよ。こことか、こうやって」

「い、イア殿。もう直ったでござるから、充分……んっ」

「それから、ここも……」

「下は大丈夫! 下は大丈夫でござるからな!?

 ――まあ、戯れが過ぎるとは思うが。

「おー、イア。ユイで遊んでんの? アタシも混ぜてよ」

「私も参加しようかしら? どうやったら勝ちになるゲームなの?」

「アミ殿!? カオリ殿!? 違うでござるからな。その手をわしゃわしゃするのをやめるでござる。フリじゃなくて本気で待っやぁぁああ!」

 ――戯れが、過ぎ過ぎるとは、思うが……



 女の子に囲まれて楽しい。――という状況は、主に二次元にのみ存在する幻想である。
 大体の場合、こういう状況になると男一人、入るタイミングを逃してしまって疎外感を味わうことになる……などということは、いくら高校デビューの与次郎でもよく解っていた。なにせデビューから3年目である。そろそろ学習するというものだ。
 それでも頑張ってしまうと、

「ユイちゃーん。ぼくも混ぜてー」

「いやお主だけは無い」

「……わー、さっきまでと違ってガチのトーンじゃーん。冷たーい」

「よじろー殿がいつから見ていて、どこから聞いていたのかによっては『冷たい』では済まぬよ?」

 このように、大けがを負って退場させられる羽目になることもある。それでもめげない与次郎は、ある意味で大物なのかもしれない。

「与次郎くん」

 カオリが与次郎を手招きする。その白く細い腕は、夏の暑さに溶けて折れてしまいそうなくらい、儚げで――

「どうしたのカオリちゃ……んぐはぁっ!」

 ――は無かった。与次郎が挙げた手をスッと取った彼女は、そのまま合気道のような動きで、彼を砂浜に叩きつける。その細腕のどこにそんな力が眠っているのやら。

「痛いよカオリちゃーん。……いや、あっつ!! 砂が熱い!!

 どちらかと言えば痛みより熱さに耐えられなかった与次郎が、まるでポップコーンのように跳ね起きる。一方のカオリは、大きなフリルのついたパレオを整えながら言う。

「積極性が空回りするのも、いい加減にしたほうが良いわよ」

「え?」

「え? じゃないわよ。私たちが上手くお膳立てして、良い感じでユイちゃんと二人きりにしてあげるって、言ったでしょ?」

「う、うん」

 与次郎が頷くと、カオリはため息を一つ吐いた。糸目のせいかいつでも微笑んでいる印象のある彼女も、今は眉をひそめているせいか、与次郎に呆れているように見える。

「いい? 私たちは協力するつもりでここにいるんだから、貴方もどっしりと構えなさい」

「あ、ありがとう」

「そ、れ、と」

 ずん! と表現するには非力な動作で、カオリの脚が与次郎の両脚の間に差し入れられる。相手の動きを封じる動作だ。

「え? え?」

「悪いお知らせ。例の『彼』も、ここに来ているわ」

「え? 彼って誰……っていうか、近い」

 吐息さえ交換できるような距離から睨まれる与次郎。なんならカオリの方が背が高いので、彼女の息はおでこにかかる。
 その与次郎の顔が赤くなっていくのを見て、カオリは元から白い顔をさらに白くした。

「私に欲情している時間なんかないわよ。っていうか、骨と皮しかない私に赤面する理由はないわ」

「え?えっと……」

「それじゃ、上手くやりなさいね」

 骨すら浮きそうなくらい細い脚をすっと引っ込めたカオリは、そのままユイのいる場所へと戻って行った。
 ――丁度、逆襲したユイがイアを抑え込み、イアを裏切ったアミが彼女をくすぐり尽くしたところであった。

(こっちはこっちで、何をしているのかしら……)

 よほど自転車のせいで疲れがたまっていたのか、イアは海に入る前から、両足とお腹ををぴくぴく痙攣させていた。その表情が幸せそうなのは、きっとユイとの自転車旅が楽しかったのか……
 普段は眼鏡のおかげで知的に見えなくもないイアが、今日はとても頭悪そうに見えた。
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