第3話 駆け込み乗車

文字数 524文字

 子供の頃のアンちゃんは、小さな灰色ネズミのようだった。
その素早さは尋常ではなく、家中猛烈な速さで駆けずり回っていた。
漫画的表現をすると、灰色の毛玉があちこちに瞬間移動をしている感じだ。
特に脱走癖があり、玄関の扉、ベランダの扉、窓、
開くもの全てから風のように飛び出していった。
どんな隙間からもすり抜けていく様は、まるでアクションスターそのもの。
けれど二階のベランダを飛び出して、ためらうことなく隣の家の屋根に飛び移っていく様には、
ただただ、肝を冷やした。

「ネコちゃんだー」
「あー、降りられないみたーい」
近所の子供たちが、屋根を指さして大声で言う。
屋根の上から、我々を見下ろして「ニャーニャー」と叫び続けているから当然だ。
しかし、決して降りられないのではない。
「しーんぱーいないわー。私、最高ー!みてー」と、
ミュージカル俳優の如き、美声を響かせているのであり、
喜びの歌だということを、私は知っている。
なぜなら、その後ケロリと降りてきて、猫缶をむざぼっているのだから。

その後脱走されないよう、きちんと対処したのだが、隙間を狙って走りこむ姿は、
駆け込み乗車さながら。
「お客様、駆け込み乗車は大変危険ですので、おやめください」
いやいや、乗車でなくて下車か。



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