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文字数 987文字

“聖なる紋様、あなたを愛しています。

世界の善性。

世界の本性(ほんせい)

悲しみの涙を(ぬぐ)い去る、大いなる指先。”

〜三十年前〜
リーセリー?
そこは光差さず。
なあ……?
答える声もない。
わかるか?

お前の金獅子紋だ。

『終焉ここにあり。気高さがあるなら見出してみよ――』

濡れた布地を撫でる音……
光が射した。
うわっ!

なんだこの臭い……

ヴィゼリー!!

ヴィゼリー、いないのか!?

赤い光の球が入ってきた。

太陽だ。

その紋様は輝きを放ち、洞窟を照らした。

男が一人、うずくまり、麻袋を抱えている。

人ひとり収めるのにちょうどいいその袋には、炭化した何かが収められており、崩れた炭が、袋を内側から黒く染めていた。

何度も抱きかかえたせいだろう。

中のものは既に人の形を留めていないようだ。

誰だ?
……ああ……オーレリアか…………。
………………。
ヴィゼリー、すまないが、いつまでも同情ばかりしてはいられないんでね。

セレナルはリーセリーを埋葬しろと命令したんだ。これ以上背き続けるのはまずい。

遺骸の生焼けのところが腐敗臭の発生源だった。鼻をつまみたくなるのをオーレリアは理性でこらえた。
それに、今のままのほうがリーセリーに対してあんまりだ。わかるだろう。
ここには埋められない。
リーセリーは金獅子紋の生まれたところに行くと言ったんだ。

そこ以外のどこにも埋めるものか。

じゃあここに放置していくか。

腐って虫にたかられるままにしておくか。

………………。
火葬にしよう。
いつか戦が終わったら、骨をリーセリーの望んだところに埋めればいい。そうしよう。
………………。
ヴィゼリー!!

頼むからわかってくれ!

…………ああ……

わかってる……

……わかってる。

ヴィゼリーは袋を土に寝かせる。

紋様術による太陽が、右手にかけた純金のメダイを照らす。

獅子が描かれたメダイの裏側には、細かい文字が彫られていた。

“聖なる紋様、あなたを愛しています。

世界の善性。

世界の本性。

悲しみの涙を拭い去る、大いなる指先。”

洞窟を出れば夜。
日は落ち、人に闇を読ませる。
聖なる紋様。
ヴィゼリーの目は、天空の紋様を読めない。
世界の善性。
紋様、『世界の涙の器』を彩る星を読めない。
世界の本性。
………………。
ただ紋様の光の網目を埋める、

ただ星々の光の隙間を埋める、

どこに――
闇しか読めない。

どこにそんなものがあるんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!?


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登場人物紹介

イグネフェル

本作主人公の紋様兵器。魔女を討伐するべく旅に出る。

涙を流す機能がない。

ヴィオレンタ

本作のヒロイン。

セレナル

『世界の涙の魔女』。

30年前の器継承戦争によって魔女の地位を継いだ。

ミクリラ

30年前に名を上げた英雄オーレリアの孫娘。

ナーシュ

イグネフェルの創り主。

30年前の器継承戦争で息子イグネフェルを失い、自身は顔面を奪われた。

ヴィゼリー

西の浮遊要塞の司令官。生ける紋様兵器。

リーセリー

ヴィゼリーが連れている紋様兵器。

オーレリア

30年前の器継承戦争の英雄。ミクリラの祖父。

アグア

東の浮遊要塞の司令官。

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