十九・ 政治家: 豪田 行 (ごうだ・ゆく)の統一。
文字数 2,227文字
旧地表での国籍や民族や人種や。
はたまた思想や宗教にこだわって。
覇権争いや領土紛争を。
「おこしたくてしかたがない」としか思えない連中は、宇宙空間にまで沸いて出たのである。
一喝し、まとめあげた者が。
本系人・豪田 行 だった。
やはり旧パペル系企業群も資金援助した。
初代『宇宙生活者連合』大統領に就任した。
薄氷ではあるが。
平和と平等を目指す宇宙統一法治体制が始まった。
*
この頃になると、初期移民はみな、かなり老いてきた。
しかし医療の進歩も目覚ましく。
人口が少なく人手が足りない宇宙社会。
高齢者といえども可能な限りは長く働いてほしいと。
健康状態は常に管理され保全され、長寿命化が図られた。
「…ETか、ヨーダ様のような、外見になってしまった…」
カコさんは最近そう呟いては、高齢者仲間の定番の笑いを取る。
宇宙移住の際に背骨と神経を痛めて歩行がやや不自由になり、遠出する際にはもっぱら自走式車椅子が頼りだが。まだまだ頭も心も健在で。
発行間隔はやや間遠になりつつあるとはいえ、人気シリーズの新刊や続編は断続的に発表され続けており。
ファンたちは新旧とりまぜて、
『長寿と繁栄を!』という季節のカードメールを雨あられと贈ってよこす。
とはいえ、櫛の歯が欠けるように、かつての『地表パペル』全盛期の重鎮スタッフたちは、そろそろ静かに、表舞台から姿を消しつつあった。
*
月の重力に釣られて移動する『3PS』では、真上から見下ろせる地表のポイントも、それにつれて移動する。
母国の真上を通過する時には、民族系飲食店ではリアルタイムで画像を床に投影して、皆で集まって懐かしむのが新しい習慣になった。
月面にもそれは転送された。
月面では天井に投影された。
今では『ポックル・ポンニツ・ポキナワ』略して『ポポンポ』または『ポン系人』と呼ばれる老女たちは。
そんな集まりの時、かぼちゃのパイを食べて、シナモン入りの紅茶を楽しむ。
「…え? そこはアズキのマンジュウと、緑のポン茶でしょ!?」
という、若い人たちからのツッコミは、ものともせずに…。
シナモン…
(死なんもん!)
そういう、ダジャレだ。
宇宙移住初期。
地表の惨劇を、眺めおろしては。
自分たちだけが「救かってしまった」という自責と後悔の念に責められて。
鬱状態になり、みずから命を断ってしまう者たちが続出した。
そういう、時期が、あった。
そんな葬儀の時には。
満地球の見える大画面の下にみんなで集まって。
同郷の老女たちは、皆で口ずさんだのだ。
懐かしい…
若いころに流行った…
今では、誰も知らない…
ポンニツ語の。
あのころの…
流行歌の、数々を…。
♪ パーン!
と壊れた地球の上から
命からがら宇宙へ逃れた…
死なーんも~ん!
と、
心に、決めた!
命つきるまで
全力で、生きる~! ♪
せっかく、救助された命だ…
尽きるまでは、生き延びる。
♪ 死なーん! も~ん…。 ♪
*
土岐真扉の『全サルベージ計画』のおかげで。
今では、地表をあてもなくさすらう悲惨な残存生命体の数は、めっきり少なくなった。
半地下化されるか、完全に地下に潜った、
旧国家系の都市群の他には。
地上に、生命が安住できる場所は… ない。
パペル社の老女たちは、『3PS』がポックル島の上空を通る時には。
都合のつく限りにおいては、欠かさず集まって。
シナモン入りの紅茶で、かぼちゃのパイを。
映像で、眺めおろす。かつての。
懐かしい、栄光の、故郷の…
『 パペルの塔 』の…
津波と土石流に幾度もさらされて洗われて。
地表になかば剥き出しに現われた、その姿の全景は。
何やらやっぱり、どこぞのアニメの…
船の姿に、似ていた。
パペル塔は、艦橋のような位置に、今でも立派に突き立っていた。
今もその構造物は無事で。
数少ない、『積極的地表残留者』たちの。
放浪中のビバーク場所として活用されている、
らしい。
その玄関先の割れたガラスの扉には。
今でも、しっかりと刻印された防腐処理済みの。
金属製の銘板が、張り付けてられてある。
===============
(株)パペル社の緊急宇宙避難支援チームは、
本年2121年12月12日をもって解散し、
本社機能は月軌道上『L1ポイント』の、
『3PS』内*****に移転しました。
御用のあるかたは無我チャンネルにて、
『3PS』***-***-***
までご連絡下さい。
長年の御愛顧御厚情、ありがとうございました。
弊社地表活動を支えて下さったすべての皆様に、
感謝を捧げます。
なお、引き続き、避難移住希望者の受け入れは、
プウパリ基地ならびにポチフネヤマ宇宙港にて、
可能な限り、継続して行っております。
(方角を示す大きな矢印と地図)
===============
…これを眺めるたびにカコさんは最近、
「しまった! いまもう『月面に移転済み』…って、追加しないと!」と呟く。
もうプウパリの入り口も閉鎖されたし、ポチフネ宙港は、氷山津波で沈んだ。
「しまったぁ…」
本気で呟くので、まわりはいつも、笑う。