第54話 あの頃は面白かったな

文字数 1,780文字

たった一人だけ、先輩面して口のきける友人がいる。
長田寺勲ちょうでんじ。前にいた会社時代の友人だ。
のちに開業した教室の一番目の生徒となる人物だ。
「テラボー」と呼んでいる。体育会系でいかつい顔をしている。
横浜高校の野球部出身が自慢のひとつだ。
以前勤めていた会社は東京の浅草橋にあった。
埼玉県の本庄市から高崎線で片道約2時間弱かかる。
同じ会社で高崎線通勤組が3人いた。

いかついチョビ髭のこわもて。  通称 テラボー。北本駅
背が高く小心者で一見親分風。  通称 ジャンボ。籠原駅
お調子者で臆病者の先生風    通称 センセイ。本庄駅
3人とも、50前後の団塊の世代。
今では信じられないような高度成長時代の大量採用組だ。
「課長」といえば課長心得、課長補佐、課長代理、副課長に正課長。みんな団塊の世代だ。

「課長お~!」で社員の半数くらいが一斉に振り返る。
テラボーはひとつ年下でジャンボはひとつ年上だ。
このたったひとつの年の差が、微妙に面白い。
一つ違いでも先輩、後輩のきびしい序列をつくる。
また、好きなことがいえる仲でもある。
それぞれ会社では同じ事業部に所属する古参課長。
周りからは、「三馬鹿兄弟」として、恐れられている。
「触らぬ神にたたりなし」社内では挨拶以外に声をかけてくるものは誰もいない。

そういえば、最年少課長と騒がれて32歳で課長に昇進した。
それから18年経っても、いまだに課長。何が原因なんだろう。
3つ年上の大前田部長はトントン拍子に昇進していく。今は常務取締役だ。
毎年私は部長候補だった。人からは万年部長候補と陰口をたたかれていた。
「常務、もうそろそろ部長にして下さいよ」
「おまえ、たまには俺の言うことを聞いてみろよ!」
「いつも、来年、来年てさあ、もう10年以上ですよ」
「お前は協調性がないんだよ。来年まで待てよ、何とかするから」

昇進に縁のない「三馬鹿兄弟」は会社帰りに高崎線内で一杯やることが多かった。
定例会議の結論は殆ど高崎線の電車の中で決まってしまう。
電車に乗る前にはビール、おつまみを買いにいく。
その調達役をジャンケンで決める。その調達役がお金を払う。
何日かは勝ったり負けたりで、楽しくやっていた。
そのうちにジャンボが、最初はグーを出している事に気がついた。
ある日、それを試してみた。
テラボーには前もってそれを耳打ちしておく。案の定ジャンボは最初にグーを出す。
それからは、ジャンボの連敗が続く。無意識にグーを出してしまう。
「なんで、俺だけいつも負けるんだ」と不思議がる。
ジャンボは今でも気づいていないはずだ。
缶ビール3本、ピーナツ1袋、ゆで卵3個で約千円。何時もジャンボが支払う。

列車内で騒ぎながらビールを飲む。テラボーは私の頭でゆで卵を割るのが好きだ。
周りの人がクスクス笑うのが面白いのか、3つのゆで卵を私の頭で割って皮をむく。
高崎線で毎日のようにそんなことを繰り返していた。楽しかった日々だった。

ある日、小さな事件がおきた。ピーナツが2~3粒、袋から落ちてしまったのだ。
よくあることだが今回はちょっと様子が違う。
その中の一粒が前に立っている人の靴の上に乗ってしまったのだ。
ピーナツ一粒が靴上にチョコンと乗ってしまった。ちょっと怖そうな顔をした人だ。
週刊誌を読んでいる。まだ気づいていない。

まずい!拾わなければと、ちょっと屈んで手を出した。
今度は手に持っていたビールが、チョビっと、その靴の上にこぼれてしまったのだ。
ヤバイ・・・・・・・・! なにか起こるぞと気持ちを引き締めた。
しかし何の反応もない。気付いていないはずがない。靴下まで濡れている筈だ。

ジャンボもテラボーも私の様子に気がついたのか、話をやめ成り行きを見ている。
恥ずかしい・・・・・・・・! 頭の中が、真っ白になった。
大事にならないうちに、早く謝ってしまおう。
申し訳なさそうに、そのやくざ風の人の顔を見あげる。
えぇ。何もなかったように週刊誌を読んでいる。そんな筈がない?
あ! なにか勘違いしている。
右には大柄の親分風の、ジャンボ。左にはチョビ髭のチンピラ風テラボー。
その間に挟まれた、ちょっと渋い顔した小心者の先生が鎮座している。
心苦しいが勘違いのままにさせて頂いた。
そのやくざ風の男は次の駅で何事もなかったよう降りていった。

3人いると強い。この二人の「不細工な顔」に助けられた一幕だった。
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