第六十四話 謝罪

文字数 4,125文字


 これから1話の文字数を5,000?前後から3,000前後にします。
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 もう俺からは何もない。はずだ。忘れている事はあると思うが、クリスからお小言(説教)をもらうような事は無いはずだ・・・よな?

 皆が部屋から出ていったのを確認して、クリスは深々と頭を下げた。

 はぁ?なんでクリスが頭を下げる。俺が知らない事がまだあるのか?

「クリス。なんのつもりだ」

「アルノルト様。本当に申し訳ありませんでした」

「だから、なんのつもりだ!」

 クリスは、頭を上げてから、懐から束になった羊皮紙を取り出した。

「これは?」

「お読みください」

 一枚目を読んでみるが、大きな問題はなさそうだ。問題ではあるが、クリスが謝罪するほどの事ではない。
 クリスから渡された羊皮紙には、ルットマン子爵家と帝国の繋がりを危険視する報告が書かれていた。
 日付は書かれていないが文面や書かれている情勢から考えると、1年か2年前だろう。報告書の宛先もクリスではなくフォイルゲン辺境伯になっている。

 二枚目に目を通した時に体温が二度ほど上がった感覚になって、クリスを睨んでしまった。

「クリス!」

「アルノルト様。3枚目もお願いします。何卒。お願い致します」

 クリスはその言葉以上は何も言わないで頭を下げるだけだ。
 三枚目は二枚目に関する事だろう。

 二枚目の内容はあとでじっくりと聞くとして、三枚目を読む。

 そうか・・・。
 父が・・・。ライムバッハ辺境伯が望んだ事だったのだな。

「クリス。これを知ったのは”いつ”だ?」

「はい。葬儀の後で、父・・・。フォイルゲン辺境伯から聞かされました」

「そうか・・・。本当なのか?」

「わかりません・・・。いえ、サルラを問い詰めました。ほぼ間違いないです。それで、父・・・。ホルストが、アルノルト様に謝罪したいと・・・」

「必要ない」

「え?」

「俺は、ライムバッハ家から出た人間だ。謝罪なら、カールにしてくれ、カールが成人するまで、ホルスト殿には苦しんでもらう。謝罪して楽になろうなどの考えないで欲しい」

「わかりました。フォイルゲン辺境伯には”そう”伝えます」

「頼む、でも、この情報はありがたい。ルットマン子爵家を探っていけば、クラーラにたどり着けるかもしれない・・・、そうだな?」

「はい。フォイルゲン辺境伯も同じ考えで、それで・・・」

「わかった。それで、自分が今まで育てた部隊をクリスに預けて、俺にわたす許可までくれたのだな」

「はい」

 クリスは、沈痛な面持ちを浮かべているが、必死に笑おうとしてくれている。
 そんな表情をしなくていい・・・とは、いいたくない。クリスにも事情があるのはわかるのだが、俺がクリスの気持ちを汲み取ってなにか言ってもクリスは納得しないだろう。いや、納得したくないのだろう。
 だからこそクリスは一人で俺に向き合っているのだ。

 もう一度、二枚目の羊皮紙を見る。

 そこには、フォイルゲン辺境伯から”クラーラ”を推薦する内容が書かれていた。俺が産まれて間もない頃の話なのだろう。
 魔法と剣術に優れた人物として推薦する旨が書かれている。

 この羊皮紙は控えなのだろう。所々修正が入れられている様子が見られる。
 二枚目の最後の方に、フォイルゲン辺境伯から、ライムバッハ辺境伯への旅行のお誘いが書かれている。

”ルットマン領に、変わっているが美味しい帝国料理を出す店がある。クラーラを護衛にして、ご子息は産まれたばかりで難しいとは思うが、奥方と一緒にご子息を連れて行ってみてはどうだろう?私も娘と妻を連れて行こうと思う。お互いに忙しい身だが、帝国に行くよりはルットマン領なら近いだろう?貴殿は以前から帝国料理に興味を持っていたので、一考いただければ幸いだ”

 バレても問題ないと思われる符号だろう。

 ルットマンと帝国の繋がりを疑っている事が見えてくる。
 そこにクラーラが絡んでいる可能性があると言っているのだ。

「なぁクリス」

「はい。なんでしょう?」

「二枚目の最後だけど、どう考える?」

「それは、父を問い詰めました。父の言い分なので、全てが正しいとは限りませんが構いませんか?」

「問題ない。是非教えてくれ」

 クリスが語ったのは、やはりというか・・・、そんな前から・・・と、呆れればいいのか・・・、感心すればいいのか・・・、わからない内容だ。

 やはり、父エルマールはルットマンが帝国と繋がって居て、情報や物資を流していると思っていたようだ。
 その尻尾を掴むために、二重スパイの可能性もあるのだが”クラーラ”を食客として招き入れたのだ。実際のところはわからないが、クラーラは二重スパイではなく、帝国の裏組織の人間だったのが・・・。クラーラの目的はわからないが、ルットマンの手先では無いのだろう。

 三枚目には、父からフォイルゲン辺境伯に向けた羊皮紙だったのだ。そこには、クラーラは”ルットマン家”とは繋がっていないという結論が書かれていた。あやしい振る舞いはあるが、ルットマンや帝国との繋がりは無いと結論付けられている。三枚目が書かれた時期は不明だが、父は”クラーラ”を監視対象として懐に入れて、監視しながら帝国やルットマン子爵家を探っていたようだ。
 クラーラの様子も書かれていて、年に1-2度ほどウーレンフートのダンジョンにアタックしていると書かれていた。
 それで、フォイルゲン辺境伯は確認するために、諜報活動を専門としている者をウーレンフートに常駐させたようだ。

 フォイルゲン辺境伯と父は帝国がルットマン子爵家を使って、王国内に不協和音の芽を植え付けようとしていると考えたようだ。
 俺とクリスを連れての下りに関しては、俺とクリスが成人するまでには”かた”をつけようと考えていたということらしい。

 ライムバッハ辺境伯領は、帝国とは接していない。共和国との境界を有しているのだが、共和国よりも帝国の動きのほうが不利益になると考えていたようだ。共和国は、融和派と強硬派の権力が拮抗していたので、どちらかに肩入れする事なく見守っていれば大きな問題にはならないと考えていたようだ。
 実際、共和国は俺が産まれてから今日まで小競り合いはあるが大きく動く事は無い。帝国と共和国には火種が満載なので、定期的な戦争を行っている。多分、帝国としては共和国との戦争の”かた”がつくまで王国に手出しをしてほしくないのだろう。

「クリス。事情はわかった。これからの事も聞いておきたい」

「はい。私にわかる事でしたら?」

「わからなければ、わからないでいい。戯言だと思ってくれ」

「はい」

「なぁ父や母やユリアンネはなんで殺されたと思う?これから、どう動くと思う?」

「え?」

「ライムバッハ家の力を削ぎ落としたいと思っている勢力があった・・・。それは間違いない」

「そうですね。特に・・・」

「どの勢力なのかは、今は必要ない」

「はい・・・」

「力を削ぎ落とすのなら、殺害は悪手だと思わないか?それも、暗殺ではなく、強襲して殺害だ。実行犯もわかっている。後ろでタクトを振ったであろう者の名前も出てきてしまっている。強襲する事で誰が得した?」

「アルノルト様・・・それは・・・」

「俺が生き残った。カールは、ユリアンネの手柄だが生き残った。ライムバッハ家を支えていた家臣もほぼ全員残った。力が削ぎ落ちたと言えるか?」

「・・・」

「王国の戦力が落ちたかというと、違うだろう。変わっていない。確かに、ライムバッハ家は一時的に力を落としただろう。しかし、今はユリウスが後見人となった事や、クリス。お前達も居る。もともと、父は王宮での発言をする方ではなかった。王や宰相に意見を求められる時に、答える程度だったと聞いている」

「そうですね。派閥争いにも関心がありませんでしたし、辺境伯領を大きくしようとはお考えになっていなかったのでしょう」

「そうだ。クリス。ライムバッハ家の資料は調べたよな?」

「はい。一通り、ザシャとクヌート先生と一緒に整理しました」

「そうか、二枚目の羊皮紙は有ったか?」

「え?」

「この二枚目は、写しだろう?それが、お前の・・。フォイルゲン辺境伯の手元に残っているのはわかる。それなら、ライムバッハ家に届けられた書類はどこに行った?」

「あっ早急に戻って調べます」

「うん。クラーラが処分したのかもしれないし、違うのなら・・・」

「違うのなら?」

「ライムバッハ家の中に”どこかに”繋がっている者が居るのだろうな」

「・・・。わかりました、徹底的に調べます」

「悪いな。汚れ役を・・・」

「いえ、構いません。ユリウス様にはできない事ですし、やってはダメな事です」

「そうだな。それで、クリスはどう考える?」

「誰が得したのか・・・。ですか?」

「そうだ!」

 クリスは、目を閉じて状況を整理しているのだ。
 たっぷりと2分程度考えてから目を開けた。

「わかりません」

 クリスの答えだ。

「そうだよな。”誰も”得していないが正解なのだろう・・・。だから、おかしいと思わないか?」

「え?」

「このウーレンフートで行われた事や、ルットマンを簡単に切った事を考慮しても・・・。ライムバッハ家への襲撃は目的じゃなかったのではないか?」

「え?」

「ライムバッハ家の襲撃をして、辺境伯と関係者を殺害する。これは、襲撃者たちの目的であっただけで、本当の目的はもっと違う事じゃないのか?」

「それは・・・」

「考えすぎかもしれないけど・・・」

 冷めてしまった紅茶を口に含んだ。
 苦味が増していて不快を感じてしまった。喉を通る時に、なにかが引っかかっているように感じているのだが、それが”なに”なのかわからない不気味さを感じている。クリスは困惑した表情を浮かべるだけで、俺を見つめるだけだ。
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