24 先輩と後輩
文字数 2,027文字
「そうです! センパイのことが好きなんです!」
僕のつぶやきに反応したのか、夏鈴さんが再度、告白を繰り返してきた。
彼女は両目をつむって、両手を強く握りしめていた。しかしよく見ると微かに震えてもいた。
それは普段の夏鈴さんらしからぬ様子だった。いつもの彼女なら会話をする時、ほぼ必ず視線を正面から合わせてきたはずだった。
からかっているわけでも、冗談のつもりでもないのは徐々に実感がわいてきた。
よく考えてみれば同じ図書委員になってから今日まで、夏鈴さんが意味のない嘘を僕についてきたことは一度たりともなかったのだ。
しかしその一方で、僕は完全に冷静さを失っていた。
那由多先輩の姿が見えない。それは否定しようのない事実だった。屋上にいる人の数は限られていたし、身を隠せるような死角もない。うっかり見落とすような場所ではないのだ。
まさかさっきの大会提供で花火大会が終わったと勘違いして帰ってしまったのだろうか?
でも、帰るってどこへ?
家? それとも……。
考えれば考えるほど胸の辺りが冷え込んでいった。
「……センパイ?」
ずっと返事をしない僕を訝しんだのか、夏鈴さんが目を開いて僕を見つめてきた。酷く不安そうな目をしていた。
「ご、ごめん。ちょっと考え事をしていて……」
「それって、あたしの告白の返事について、ってことッスか?」
「えっと、それは……」
考えなかったわけではない。ただそれ以上に那由多先輩の所在が気になって仕方がなかったのだ。
「もしかして、別のことッスか?」
夏鈴さんは怒るでも、責めるでもなく、ただ寂しそうに言った。
僕は上手く返事をすることができなかった。
それだけでも夏鈴さんには十分すぎるほど伝わってしまったようだった。
「……ああ、やっぱりそうだったんスね」
夏鈴さんは目を伏せて言った。
「……なんだかセンパイって、近くにいるのに、あんまり近くにいない感じがするッスよね」
「え?」
「いつも遠くを見ているような雰囲気があるんスけど、時おり、本当に遠くに行っちゃってるように感じる時があるんです。今日なんて一緒に花火に来れたと思ったのに、急にいなくなっちゃったりするし」
「………………」
「今も、なんだかこの場から離れたがっているのを感じます。もちろんあたしはセンパイを縛る権利なんて何一つないッスけど、でも、それでもやっぱり自分の方を見てもらえないのは、悲しいッス……」
夏鈴さんのその言葉を聞いた瞬間、僕は不遜にもこう思ってしまった。
彼女は僕だ、と。
もしかしたら僕がそう思いたいだけなのかもしれない。
でも境遇はかなり似ているはずだ。
僕も夏鈴さんもお互いに先輩という存在を追いかけている。
正直なところ、今まで夏鈴さんは僕とは正反対の人間だと思っていた。体育会系だし、言いたいことははっきり言うし、行動力がある。
でも、今こうして接してみると、僕と夏鈴さんはとても似たもの同士だったのかもしれない。
本当は一刻も早く、那由多先輩を探すためにこの場を離れたかった。
宛てがあるわけではない。でも、だからこそ急がなければならない。
そもそも先輩と再会できたこと自体が奇跡のようなもので、本来はありえないことだったのだ。だからその幸運が僕の傍から完全に離れてしまわないうちに、僕は全力で先輩を見つけないといけないのだった。
だけど僕は夏鈴さんの前から動けずにいた。
彼女にちゃんと返事をしないことには、僕も先輩には追いつけない気がしたのだ。
そして何よりも勇気を出して告白してくれた夏鈴さんに失礼だ。
夏鈴さんから告白されて驚いたことは確かだ。
だけど本当に予想外だったかと自問すると、疑わしい。
これまで夏鈴さんと接していて、好意を持たれていることは薄々知っていた。
それを僕は気づかないフリをしていた。
図書委員に興味があるからよく手伝ってくれるのだろうとか、夏彦の妹だから仲良くしてくれているのだろうとか、自分に都合よく理由をつけて逃げていたのだ。
でも夏鈴さんが勇気を出して告白にしてくれた以上、僕もそれに応えければならない。
僕は目を閉じて夏鈴さんとのこれまでのことを回顧した。
最初の出会いは一年前、夏彦の部屋で勉強会をしていた時のことだった。それから今年の四月に同じ高校に入学してきて、図書委員会では数えきれないほど助けてもらった。
「夏鈴さん」
僕の中で返事が固まったので、僕は彼女の名前を呼んだ。
夏鈴さんは顔を上げて僕を見た。
彼女は不安そうな表情をしていたが、僕と視線が合うと驚いたように目を瞬かせた。
「なんだか初めて正面から向き合ってもらえた気がするッス」
「今までずっとうやむやにしてきてごめん。これまでの態度を改めて、ちゃんと返事を考えたんだ」
「はい」
「夏鈴さん。悪いんだけど、僕は君とは――」
僕のつぶやきに反応したのか、夏鈴さんが再度、告白を繰り返してきた。
彼女は両目をつむって、両手を強く握りしめていた。しかしよく見ると微かに震えてもいた。
それは普段の夏鈴さんらしからぬ様子だった。いつもの彼女なら会話をする時、ほぼ必ず視線を正面から合わせてきたはずだった。
からかっているわけでも、冗談のつもりでもないのは徐々に実感がわいてきた。
よく考えてみれば同じ図書委員になってから今日まで、夏鈴さんが意味のない嘘を僕についてきたことは一度たりともなかったのだ。
しかしその一方で、僕は完全に冷静さを失っていた。
那由多先輩の姿が見えない。それは否定しようのない事実だった。屋上にいる人の数は限られていたし、身を隠せるような死角もない。うっかり見落とすような場所ではないのだ。
まさかさっきの大会提供で花火大会が終わったと勘違いして帰ってしまったのだろうか?
でも、帰るってどこへ?
家? それとも……。
考えれば考えるほど胸の辺りが冷え込んでいった。
「……センパイ?」
ずっと返事をしない僕を訝しんだのか、夏鈴さんが目を開いて僕を見つめてきた。酷く不安そうな目をしていた。
「ご、ごめん。ちょっと考え事をしていて……」
「それって、あたしの告白の返事について、ってことッスか?」
「えっと、それは……」
考えなかったわけではない。ただそれ以上に那由多先輩の所在が気になって仕方がなかったのだ。
「もしかして、別のことッスか?」
夏鈴さんは怒るでも、責めるでもなく、ただ寂しそうに言った。
僕は上手く返事をすることができなかった。
それだけでも夏鈴さんには十分すぎるほど伝わってしまったようだった。
「……ああ、やっぱりそうだったんスね」
夏鈴さんは目を伏せて言った。
「……なんだかセンパイって、近くにいるのに、あんまり近くにいない感じがするッスよね」
「え?」
「いつも遠くを見ているような雰囲気があるんスけど、時おり、本当に遠くに行っちゃってるように感じる時があるんです。今日なんて一緒に花火に来れたと思ったのに、急にいなくなっちゃったりするし」
「………………」
「今も、なんだかこの場から離れたがっているのを感じます。もちろんあたしはセンパイを縛る権利なんて何一つないッスけど、でも、それでもやっぱり自分の方を見てもらえないのは、悲しいッス……」
夏鈴さんのその言葉を聞いた瞬間、僕は不遜にもこう思ってしまった。
彼女は僕だ、と。
もしかしたら僕がそう思いたいだけなのかもしれない。
でも境遇はかなり似ているはずだ。
僕も夏鈴さんもお互いに先輩という存在を追いかけている。
正直なところ、今まで夏鈴さんは僕とは正反対の人間だと思っていた。体育会系だし、言いたいことははっきり言うし、行動力がある。
でも、今こうして接してみると、僕と夏鈴さんはとても似たもの同士だったのかもしれない。
本当は一刻も早く、那由多先輩を探すためにこの場を離れたかった。
宛てがあるわけではない。でも、だからこそ急がなければならない。
そもそも先輩と再会できたこと自体が奇跡のようなもので、本来はありえないことだったのだ。だからその幸運が僕の傍から完全に離れてしまわないうちに、僕は全力で先輩を見つけないといけないのだった。
だけど僕は夏鈴さんの前から動けずにいた。
彼女にちゃんと返事をしないことには、僕も先輩には追いつけない気がしたのだ。
そして何よりも勇気を出して告白してくれた夏鈴さんに失礼だ。
夏鈴さんから告白されて驚いたことは確かだ。
だけど本当に予想外だったかと自問すると、疑わしい。
これまで夏鈴さんと接していて、好意を持たれていることは薄々知っていた。
それを僕は気づかないフリをしていた。
図書委員に興味があるからよく手伝ってくれるのだろうとか、夏彦の妹だから仲良くしてくれているのだろうとか、自分に都合よく理由をつけて逃げていたのだ。
でも夏鈴さんが勇気を出して告白にしてくれた以上、僕もそれに応えければならない。
僕は目を閉じて夏鈴さんとのこれまでのことを回顧した。
最初の出会いは一年前、夏彦の部屋で勉強会をしていた時のことだった。それから今年の四月に同じ高校に入学してきて、図書委員会では数えきれないほど助けてもらった。
「夏鈴さん」
僕の中で返事が固まったので、僕は彼女の名前を呼んだ。
夏鈴さんは顔を上げて僕を見た。
彼女は不安そうな表情をしていたが、僕と視線が合うと驚いたように目を瞬かせた。
「なんだか初めて正面から向き合ってもらえた気がするッス」
「今までずっとうやむやにしてきてごめん。これまでの態度を改めて、ちゃんと返事を考えたんだ」
「はい」
「夏鈴さん。悪いんだけど、僕は君とは――」