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文字数 1,853文字

「今回は真面目な動画なんだな」

 電話の向こうで央ちゃんがけらけらと笑っている。

「何を言う。私はいつだって真面目だよ」
「そうだったっけ。ものまねとかアホみたいな動画ばかり見てる気がするけど」

 つい一時間ほど前に母校で撮影した演奏動画のデータを送り、央ちゃんに中身を確認してもらった。これを央ちゃんが上手いこと編集して、動画サイトにアップロードする。ちなみにボランティアではなく、しっかりとお金を払って作ってもらっている。

「どうだった、卒業以来の母校は」
「懐かしかったよ。校舎も、先生も変わってない」
「そっか」

 その後央ちゃんはうんうん、と何か言葉を発したそうだったけどそれを飲み込むような声を出しては、間を持たせた。言わんとしていることはなんとなく察したけど、私からそれを切り出す勇気はなかった。

 私も央ちゃんも進学で東京に出て、かれこれ十年以上が経ったというのに変わらず仲良くしている。野球少年だった央ちゃんはウェブなんとかという横文字の職業につき、パソコンにかじりつくような生活を送っている。忙しい中で私の動画も編集をしてくれて、私の生活を支えてくれているので央ちゃんには頭が上がらない。

 いつになっても央ちゃんには頼りっぱなしだ。互いにもう三十歳を迎えようとしているのに、央ちゃんがなかなか結婚出来ないのは私のせいではないかと密かに思っている。

「……吹っ切れそうか?」

 私が切り出さずにいたことにしびれを切らしたのか、央ちゃんの方から切り込んできた。切り込むといっても刃こぼれしたナイフの先で熟しすぎた桃の表面をそっと撫でるくらいの勢いで、私には痛くも痒くもない。

 しかし、央ちゃんはどうしてこうも私のことを見通してしまうのか。私が分かりやすいのか、央ちゃんに超能力があるかのどちらかだ。現実的なのは前者だけども、後者の可能性も否定できない。

「何のことだろう? この前別れた彼氏のことかな、それともその前の彼女のこと?」
「……とぼけるなよ」

 央ちゃんを誤魔化すのは難しい。央ちゃんは昔からここぞというときにはてこでも動かないので、私がいくら粘ろうとも多分その話に戻ろうとする。

「……ひばりさんのことかな」

 観念した私の言葉に対して央ちゃんは「おう」と呟くも、そのまま黙ってしまった。切り込むだけ切り込んでおいて、その実にナイフを刺しっぱなしにする気だろうか。
 吹っ切れそうか、という質問に私は溜息で返した。

 ──吹っ切れていれば私はもっと楽しく恋をしている。

 ひばりさんと別れてからの私は、多分少しだけ大人になった。高校を卒業するまではピアノが恋人と宣言してピアノを弾き続けていたし、大学生になって東京へ出てきてからもしばらくはそうだった。だけど、友達ができてそれから恋に発展した。相手は男の子だった。

 ひばりさんとああいう関係になったので、私はてっきり同性愛者なのかと思っていたけどそれは半分誤解だったらしい。正確には両性愛者だった。男の子でも女の子でも好きだと思えば何でも出来るということを知り、誰かと付き合っては長続きせずに友達に戻っていく。

 ひばりさんほど、相手を愛せなかった。あの桜の香りと黒髪、猫みたいに釣りあがった大きな目。そしていつも不安そうに揺れている黒真珠みたいな瞳──あの美しさに私は囚われたままだった。

 一度だけ、央ちゃんから「俺と付き合うか?」と言われたことがある。確か大学を卒業する間近のことだった気がする。その頃央ちゃんもちょうど彼女と別れて、私も彼女と別れてお互いにフリーだと分かった日の飲み会だった。

 だけど私はそれをお断りした。
 央ちゃんとこれまでの関係性を崩すのが怖いというのも理由のひとつだった。私の中に未だにひばりさんがいたことを見透かして、央ちゃんは割とすんなり身を引いた。

「梅、相当ひばりさんのこと好きなんだな」
「そりゃあ初恋だったもの。ああ、あの頃が今みたいな時代だったらあんな風にはならなかったのかな」

 今はとてもいい時代だ。私は配信している動画の中で自分の性的指向をオープンにしている。男も女も恋愛対象です、とはっきりと誰にでも分かる言葉でSNSのプロフィール欄に書いていた。それがごくごく当然というか、特段異質ではないというか、あの日みたいに犯罪者を追い込むような扱いをされない。むしろ「へえ」のひと言だけで済む時代になっている。

 もし、そんな時代にひばりさんと私が好き合っていたのなら、もっと違う未来があったんではないか──そんなことをよく思う。
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