第32話 「みんな」!

文字数 861文字

 多くの人が、自己の土壌に根を持たない。
「これが自分の根だ」と言って、根を伸ばすのは、たいてい他人の土壌だ。
 しかも、「ホレ、いい花を咲かせたろう」と、その見栄えにばかり気を遣って、そこが他人の土壌であることに気づかない。気づいても、「みんな、こうしているんだ」と「みんな」を持ち出し、自我の根が「ここだよ、ここにいるんだよ」と言う声にフタをする。
 多くの人が、自分を殺すことに慣れている。いや、自分の存在が、「みんなと同じでないと生きて行けない」と思い込んでいる。信じ切っているから、おのれの根が

にあることに毫ほどの目もくれない。

にあるのに、そこだという意識もない。根のありかを見ようともせず、ただ「みんな」と同化することだけを願っている。そのなかで、秀でようとか、劣りたくないとか、みみっちい下心をもっている。

「ひとりでは心細い」と彼は言う。もともと、「みんな」ひとりであることに目もくれず。
「こうすれば笑うだろう」と、彼は「みんな」を笑わせる。そして笑わない者を、気に入らない。
「こうすれば、みんなに好かれる」術だけを、彼は長けようとする。彼の目、足、挙動のすべては、他人の土壌で根を張らす。「これが世界だ」とさえ言って!
 ああ、他人の評価ばかりに気を遣って、おまえ自身の根はどこ行った?
 おまえは、自分を殺すことだけに長けてしまった。生来あった、おまえ自身の足が萎えきっている。
 創作、創作! 新しいものをつくるのではない。おまえ自身に回帰することだ。そしておまえ自身の言葉で語ることだ。
 まわりが「わからなくて」もいいのだ。まわりを、「わからせよう」として創作するほど、いやらしい、下卑たものはない。媚びを売る、品のない歌い手の声!

 おまえはすでに創造されていた。創造されたものであるおまえは、この上さらに創作をする。生きるという創作、そこから零れ落ちる物語… おまえが、おまえである、おまえであったところから、はじまるもの。
 おまえは、他人であってはならない。
 足をなくした亡霊に、迎合してはならない。
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