#8

エピソード文字数 1,722文字

 そう言っておもむろに立ち上がり、ちょいちょいと手招きした。
 晶良はその手招きに従って、住職の後ろをついていくと、なぜか玄関口に案内されて靴を履くように促された。
「え? どういうこと?」
 小声で陽向がささやきかけてくる。
「まぁ、ついていきましょう」
 住職も草履を履いて、外に出て行き、本堂の向こう側へ回った。庫裡とは真反対の場所にはいくつか土蔵があり、比較的新しい土蔵の扉を開いた。
「なかに記録とか文献とかあるから。船戸神社が出来た頃は確か千六百年前半ですか……。一応年代順に分けてます。必要な分だけ持って庫裡で調べてください。きちんと後片付けされてくださいね」
「はぁ……」
 陽向は住職が一から説明してくれるものだと思い込んでいたらしく、いきなり古文書だけ押しつけられて呆然としていた。陽向が恐る恐る棚にある古びた一冊を手に取って、中を見てみた。
「うわぁ、ミミズがのたくっててなんて書いてるかわかんない……。これ、読めないよ。どうしようか?」
 そう言われて、上から和綴じされた古文書を覗き込み、晶良はこともなげに言う。
「読めますよ。うちのと変わらないから」
 一宮家で読まされた数々の古文書もこれと似たようなもので、こういった古いものを読むのは得意だった。だが、それ以外がからきしダメだ。
「ところで千六百年頃って何時代ですか?」
 陽向に困ってしまって訊ねると、陽向も同じ表情を浮かべている。
「わかんない。だって当時の年号で書かれてるからさっぱりだよ。ちょっと待ってね」
 そう言ってスマホのネットアプリで何か検索している。
「戦国時代と江戸時代の境目だね。前半となると……、慶長と元和と寛永かな」
「よくわからないですけど、ちょっと見せてください」
 漢字を確かめてから、平置きに積み重ねられた古文書を一冊一冊見ていく。
「この一帯が江戸時代以前から庄白山と呼ばれてたみたいですね。荘川周辺のこの辺りは、すでに白山郷と呼ばれたみたいです」
 上から順にまた見ていくと、『久那土【くなと】神社御由緒書』という薄い冊子があった。
「これかな……」
 それを取り、とりあえず他を戻した。その本を持ち、庫裡に戻ると、先ほどの女性に案内されて座卓のある狭い部屋に通された。すでに麦茶が用意されている。
「ゆっくり調べられてください」
 そう言って女性は部屋を下がった。
 二人は座卓を挟み、由緒書を開く。少しかび臭い匂いがしたが、本自体の保存状態は良好だ。
 由緒書には簡素に由緒が連ねてあった。
「創建は寛永二年……で、久那土山を御神山としてその中腹に久那土神社を建てたらしいです」
「船戸じゃないんだね」
「多分、後期に久那土では畏れ多いから、転訛した名で呼ぶようにしたのが定着したのかも。船戸は訛りの当て字なんでしょう。それについては浅野先生もおっしゃってましたね」
「えーと、くなど、くなと、くなぐ……だっけ?」
「どうも、もともと神社以前に、久那土山を信仰する人たちがいて、彼らが神社を創建したようです。もともとクナト大神という神を祀っていたようですね」
「それって船戸の神様……、なのかな?」
「多分。祀っていた一族はやはり岐家ですね。旧家で、和銅十年から朝廷に仕えていたそうです。それで、あのお道具類を下賜されたのかもしれないですね」
「でもさ、こういう御由緒書って、普通、岐さんとこに置いてないの? なんでここにあるの」
「それは住職に聞かないとわからないですね。ちょっと待ってください、最後に書き足してあります。えーと……、天保十一年に廃したみたいですね……。そのときにご神体である久那土山を禁足地にして、岐家も罰せられたようです」
 晶良は少し考えてから、頭に浮かんだことを言葉にした。
「畏れ多いから名前を船戸にしたんじゃない……。何か廃さないといけないようなことがこの年に起こって、何か名前を変えざるを得ないことがあって船戸になったんですね。でなかったら、下賜までされる岐家が罰せられるわけがないです」
「ちょっと待って、天保って言った?」
「ええ、天保十一年です」
「それって天保の大飢饉じゃない?」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

一宮 晶良(いちのみや あきら)

美貌の、残念な拝み屋。姉からの依頼で行方不明の高木俊一を探しに、岐阜の白山郷を訪れる。

岐(くなぐ)姉弟の営む民宿に滞在し、村に伝わる神隠しの伝説を調査することになり……

常に腹が減っている。

岐 幸姫(くなぐ ゆき)

岐家の長女。ししゃの家と言う屋号を持つ民宿を営んでいる。

24歳くらい。儚げな美人。

弟の久那(ひさな)ととても仲がいい。

岐 久那(くなぐ ひさな)

高校二年。幸姫の弟で、姉に似て美少年。

晶良にとてもなついている。

高木 俊一(たかぎ しゅんいち)

行方不明の男。もともと白山郷の出身。

高木 綾子(たかぎ あやこ)

俊一の妻。夫を探しに晶良とともに白山郷を訪れる。

清水 辰彦(しみず たつひこ)

白山村役場の課長。


浅野 怜治(あさの れいじ)

村立白山小学校の教師で郷土史家。

高木 俊夫(たかぎ としお)

俊一の父。大阪にある会社の代表取締役。白山郷の出身。

佐藤 良信(さとう りょうしん)

栄泉寺の住職。白山郷の言い伝えや歴史に詳しい。

水野 八重(みずの やえ)

村の最年長の老婆。村の言い伝えに詳しい。

田口 光恵(たぐち みつえ)

八重の孫。

堀 聡子(ほり さとこ)

八重のひ孫。

一宮 翡翠(いちのみや ひすい)

晶良の姉。晶良に今回の調査を依頼した。

諏訪 陽向(すわ ひなた)

晶良の友人の妹。大学一年生。

一言主神の巫女。晶良のマネージャー。

泥蛆(でいそ)

人の悪心、嫉妬、殺意、憎悪や、人に取り憑いた子鬼を食らうために、人間に取り憑き、精気を吸ってさらに悪い状態へ持って行く存在。

黄泉から来た。

小鬼(こおに)

人の欲に取り憑く。人間の欲を食べる小物。どこにでもいる。大抵の人間に憑いている。

瓜子姫(うりこひめ)

白山郷の伝承

あまのじゃく

白山郷の伝承

双体道祖神(そうたいどうそしん)

塞ノ神。村の境界にあり、厄災から守る。


白山郷では子宝の神様として祀られている。

白山郷

岐阜県の山間にある小さな村。世界遺産に登録されている。

合掌造りの家屋が有名。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック