第3話 ヴィンス

文字数 15,994文字

 
             3章 ヴィンス


  ポーニチャック弁護士のアシスタント、マーヴィン・ストーカーは背の高い褐色の肌の男で、そのスーツ姿には一寸の隙もなかった。

 彼からは、これが、アン・パワーズの頼みの綱の証人か…勝ち目はない、そんな視線を感じた。
  
「申し訳ないのですが、ミラーさんのことをちょっと調べさせていただいたんです。気を悪くなさらないで下さい。証人になっていただく方については、一応調べるのが一般的手続きなものですから」

 マーヴィンは左右均等に整った笑いを浮かべ、手際よく、証人として必要な知識を与えていった。そして、裁判はまだ先になる、実際の証人台に立つ前には、ポーニチャックが予想される質問に答える練習をするだろう、と言った。

 一通り話終えるとマーヴィンは少し小声になった。
 
「ミラーさん。実は、ロバート・アレン氏が証人になることを拒否しているのです。こちらとしては、なんとか証人になってもらうように説得したいと思っていますが、難しいかもしれません」

 ですからミラーさんの証言の重要度が増します。とても重要になるのです。そう言い、ゴールディをじっと見つめた。

「ミラーさんはアン夫人からお金をもらっていたりすることはありませんよね。念のためにお聞きしているのですが」
 
 ゴールディの心は沈んだ。 

 


 ゴールディの口座にかなりまとまった金が振り込まれたのは、アンがパワーズと結婚して二年目のことだった。振り込み人の名は、バーディ・フィッシュ。

 バーディ・フィッシュが 鳥と魚とかけてあることにすぐ気づいた。二人で買ったお揃いの指輪。翼魚の指輪。

 金額は時によって異なった。正直いって金はひどく有難かった。25歳を過ぎたころから肩から手へのしびれが少しずつ始まり、二十代後半になるとしばしば耐えがたいほどの痛みを感じるようになっていた。4つ目に訪れた病院で首ヘルニアと診断されてからは、保険にも入れなかった。だからその金はゴールディにとって心底有難いものだった。アンはゴールディの状況をパワーズとの結婚前から知っていた。

 金をもらっていた証人にどれだけの価値があるのか…。まったく駄目だな、証人として…。ゴールディは自虐的な気持ちになった。
 

                ☆             

 目が覚めると時計は十時半を指していた。寝酒が過ぎたからか、体中が痛い。風邪をひいたのかもしれないと、手を握り締めてみる。力が入らない。

 窓際のところに丸い緑の虫のようなものが貼りついている。近くへ行って見るとジェイドプラントの葉だった。今まで葉など落ちたことのないジェイドプラント。水だけは気がつくとやってきたジェイドプラント。丸いぽってりした葉は干上がることなどないと思っていた。しかしあまりに愛情無き主人に嫌気がさしたのか、手でふれると、パラパラと五、六枚いっぺんに落ちた。

 何だか信頼していたものに裏切られたようで、ゴールディは葉を一枚一枚拾い上げ、手のひらにのせた。ジェイドプラントのジェイドは翡翠という意味だ。つやつやと輝いていたはずのその葉は水分がなくなり、細かいしわが幾重にもよっている。見つめていると呼び鈴が鳴った。
 
「誰ですか?」
 
「ウェンディ・ウィンターズです」
 
 明るい歯切れのいい声だった。ウェンディ・ウィンターズ…。どこかで聞いた名だ。

「どなた?」

「ロバート・アレン氏の知り合いです」

 ゴールディは洗面所に飛び込んで、鏡を見た。肌はかさかさ、目元に力がない。ジェイドプラントと一緒だ。もつれる髪をゴムでくくり、カチューシャで前髪を上げた。何やってんだか…。

「ごめんなさい。お待たせしました」

 ドアを開けると、卒業式で見たあの娘が微笑んで立っていた。ボブが拍手をしていたあの娘。ストロベリーブロンドが肩までかかっている。

「少しお話よろしいでしょうか?」

 証人のゴールディがボブの知り合いと話すのはよくない、それはわかっていた。ボブともリズの店で話すべきではなかったと後悔していた。

 ちょっと待って下さいますか。

 一旦、部屋に戻り、ポーニチャックかマーヴィンに電話をするべきか、と携帯片手に考えたが、ウエンディが何を話に来たのか、ひどく知りたかった。

 近くで見るとウエンディは決して美人ではなかった。遠くで見た時は美しく見えたが、近くで見るとバランスの悪い顔だった。頬骨が高く顎も出ている。ただ瞳は美しかった。何色っていうんだろう。頭の中で幾つかの色の名前が現れては消えた。

 ダイニングに通し、コーヒーテーブルで向かい会うとウエンディが聞いた。

「ミラーさん、証人台に立たれるとお聞きしましたが、ほんとうですか?」

「そのことについてはお話できません」

 この娘は、金の苦労をしたことないのだろう、ゴールディはその白い顔を見ながら思った。生まれながらにして豊かな生活を保証された幸運な赤ん坊…やがて幸運な少女になり、幸運な若い娘となる。そして、幸運な妻となる。

「私、ロバートの婚約者です。まだ正式に発表はしていませんけれど…」
 
「そうですか。少し年の離れたカップルになりますね」
 
「そうでもないんです。けっこう若く見られるんですけど、もう二十八なんです。だから、そんなに不釣合いってほどじゃありませんよね」
 
「そうですね。二十八といったらもう大人ですよね」

 ウェンディの目が少しきつくなった。
 
「私、ロバートを愛してます。どうしようもないほど愛してます」

 ゴールディは突然強い陽差しを浴びせられたように当惑した。何かが眩しすぎた。

 ウェンディの瞳は真剣だった。
 
 ゴールディは余裕を見せようと、ゆっくりと脚を組んだ。
 
「最初は、父がいう毛色の違った男としてのロバートに惹かれているのか、ロバート個人に惹かれているのか、わかりませんでした。そのどちらにもすごく惹かれているって気づくまでには、少し時間がかかりました。不器用なんですね」

 それで?というように、ゴールディは口もとにかすかな笑みを浮べてみた。
 
「ロバートは素晴らしい人です。最初は気に入ってなかった父も今は彼のことを認めています。人間って本質的には保守的っていうか、自分と同じカテゴリーの人間の言うことは信じ、それ以外のものはよくないと決めつける傾向があると思います。人種だけの問題ではなく、宗教、価値観、すべて、自分のアイデンティティと近いと安心し、そうではないと警戒するんです。けれどロバートの柔軟性、そして誠実さを父は気に入りました。ミラーさん、ロバートのような育ちの人間が、ここまで来るのがどんなに大変だったか、おわかりになります?」

 その言葉はゴールディを怒らせた。あんたなんかに何かわかんのよ。今でも、ゴールディはボブの出発点だった生活をしている。出発点から先に進めない人間には、先に進んだ人間の苦労がよくわかるのだ。
 
「ロバートは一度従兄のジェシーの話をしてくれました。小さい頃よく遊んだそうです。でも十五のときに鑑別院に入れられて、それから会ってないって言ってました。ジェシーと僕の立場がすっかり入れ替わっても、誰も不思議に思わなかっただろうな、誰一人って…ロバートは言ってました。運だけでは人はここまでこれません。彼はまれに見る努力家でもあるんです。私、ロバ一ト・アレンを4年前から知っています。彼の努力が並み大抵のものじゃないのも知っています。彼には素晴らしい素質と意志、そしてバックアップする人々を引きつける何かがあるんです」

 それはよかったじゃないの、そうつっけんどんに言って立ち上がりたくなった。

「私、ロバートのチャンスをつぶしたくないんです。証人になると失うものが多すぎます」

「何を失うんですか?」

「あの日は父の心臓手術の日で、ロバートは父の代わりに仕事でボストンへ来ていたのです。生死に関する父の手術の日に、ミラーさんとホテルにいたなんて父の性格として、決して許さないと思うんです」

「許さないって言っても」 

「私と結婚することも許さないでしょうし、これからは援助も応援もしないでしょう。それどころか父を敵に回すことになります」

「お父様のお加減は?」

「手術は成功し、順調に回復しています」

「それはよかったです」

「だから…ロバートは証言しません。私がさせません。もしどうしてもというなら、私がロバートとずっと一緒にいたと言います」

「そんな嘘、すぐにばれるでしょ?」

 ゴールディはなだめるように言った。

「ここへ来ることにしたのはあなた自身の考え?」

 ウェンディは下を向いた。

 ゴールディはだだをこねる子供を見ているような気になった。この娘を傷つけたいわけじゃない。

 ウェンディは沈黙し、薄いローズ色のマニュキュアの爪をこすり合わせた。彼女のストロベリーブロンドとよく合っている。

 この娘はきっといい子なのだ。違う場所で違う時に会ってたら、楽しくくだらないことで笑いながら話せたかもしれない。フルーツマフィンにバターかなんか塗りながら。
 
「あたし、ミラーさんの写真見たことあります」
 
「写真?」
 
「ええ、こう、片方に髪を集めてリボンで結んでいました。薄紫のリボンに見えましたけど、写真自体少し色が褪せてたから、ほんとは鮮やかなブルーだったのかもしれません。ロバートの目の色も実際とは随分違う色に写ってましたし…。ミラーさんのエクゾチックというか…髪はブロンドなのに、東洋風の顔立ちが、とても魅力的だと思いました」

 その髪型はつきあって間もない頃のものだった。あの頃、随分二人で写真を撮った。ゴールディがポーズし、ボブが撮った。ボブがポーズし、ゴールディが撮った。二人でポーズし、二人で撮った。

 どの写真だろう。写真のクラスをとっていたボブが自分で現像した色褪せた写真が象徴するようにもう色褪せた過去のことだ。
 
「ボブは満面笑みでレッドソックスの帽子をこう、はすにかぶって、ミラーさんはボブの肩にもたれて少し微笑んでいるんです。とても素敵な写真でした。少しピンボケで、後ろの「芝生に入るべからず」ってサインにピントが合っちゃってるんですけど、二人の表情がとても素敵でした。ミラーさんの写真を手に持って、あたし随分長い間じっと見つめてました。写真そのものってより、ミラーさんに対するロバートの気持ち、二人の歴史ってのを感じたかったのかもしれません。そのときからミラーさんはあたしにとってミステリーになりました。これほど写真の中で輝いて見える人…。何度ロバートに誰?って聞こうとしたかしれません。でも、それも出来ず、自分なりにミラーさんを想像しました。東洋系の人のことがひどく気になるようにもなりました。それまで、クラスにいても街で見かけても、さほど意識しなかったのに東洋系の女の人を見かけるとじっと見つめてしまうようになったんです」

 この子は実際の私を見てどう思ったのだろう…。

「私の東洋人を見る視線の変化でも感じたのでしょうか。あるとき、ロバートが言ったんです。僕には以前恋人がいてねって…。別に彼女だけが今までの人生でつき合った唯一の子ってわけじゃないんだけど、なんだかいつまでも記憶のどこかに残って息づいてるような人でねって。まだ好きってわけ?って聞いたら、そういう感情はないな。何年も前のことだし…ただ過去においてとてもスペシャルな人だった…別れてしばらくしてそれに気づいたんだけどね、って。きっと今では幸せな結婚をしてるだろうって、どこか淋しそうでした」

 心が揺れた。熱くなったわけでも、しめつけられたわけでもなく、風が草を揺らすように、心がざわめいた。

「写真の話はわかりました。でも、もう十年以上も前のことでしょ。今では何の意味もないことです。なんとなく捨てるには惜しいって思ったんでしょう。そんな写真、誰にも一、二枚ありません?」

「そうですね」

 ボブと再会したりしなければよかった。思い出は思い出のまま…。会わなければアンと居合わせることもなかった。事は複雑にならず、ウェンディも悲劇のヒロインまがいの眼差しで、会いにくる必要もなかった。
 
「ミラーさんは、それだけロバートにとってスペシャルな人だったんです。だから…ミラーさんにとっても、ロバートは以前スペシャルな人だったんじゃないでしょうか。…だから…」
 
「だから?」
 
「だからお願いします。彼の将来を奪わないで下さい」
 
「ウィンターズさん、たとえ何があったって彼と結婚したらいいじゃないですか。結婚さえしたら、お父上もそのうち許するんじゃないかしら」

「いいえ、父は自分にも人にも厳しい人間です。私のことも許さないと思います。私、ロバートと結婚したいんです。プロポーズ…普通、男からしますよね。でもあたしたちの場合、違うんです。あたしからしたんです。何度も何度も…。最後の方はほとんど嘆願してました。彼は、困ったやつだっていうようににっこり微笑んで、ありがとう、ウェンディ、君のプロポーズ受けるよ、って…。だから、たとえほかの人との浮気がばれても、私が婚約破棄したりしないこと彼が一番知ってるんです。だから今度のことも話してくれました。でも、ロバートが証言をためらっているのは私のためではないんです。結婚がなくなったときに失うものが多すぎると感じているからなんです。それでも私はちっともかまいません」

「ウィンターズさん、私はすべきことをするだけです」

 ウェンディでは無言で下を向いていたが、ゆっくり視線を上げ、ゴールディをにらんだ。最初まとっていたチアフルな快活さはすっかり姿を消していた。

 ウェンディが出ていったあと、ゴールディはボブに対する感情を思った。愛などという甘いものではない…。この十年来、心のどこかにあった思い…それがどうにも正体不明の感情に変わりつつあった。動くたびにぷよぷよと形が変わっていく正体不明の物体…。ボブの将来を壊したくはなかった。けれど選択枝はない。


                 ☆


 裁判の日が決定した。

 ポーニチャックからは、主にマーヴィンを通じて細々とした連絡があった。

 ゴールディは時々恐くなった。なんともいえぬにおいが、この事件を通じて自分に染み込んでいく…心の嗅覚に染み込んでいく…。

 


 夏が終り、秋が来て、裁判の日は次第に近付いてきた。

 ゴールディの神経はいつもぴりぴりしていた。誰かに見られている…狙われている…根拠なくそう感じた。

 パラノイアだ。誰がねらうと言うのだ…。テレビドラマじゃあるまいし、証人が狙われるなんてそんなしょっちゅうあるわけじゃない。

 なのに、歩道で瓶が跳ねる音にびくついた。車のブレーキの音に跳びあがった。急いでいる男と肩がぶつかっただけで、キッと声をあげ、反対に男を驚かさせた。

 数日前など後方でエンジンのかかる音がしただけで、ドキリとした。道路脇に駐車していた車の一台が発進しただけだというのに。

 小さな恐怖心はパニックラインを行ったり来たりし、ドックン、ドックン…体中の血が反乱を起こしたように流れた。自分の足音が息苦しく、のどが焼けるように熱くなったりもした。

 夢もみた。

 灰色の男の出てくる夢だった。服の色か体の色か…男は体全体が灰色だった。鼻も口もない男…。影のようにゴールディについてくる。振り返ると、必ずいる。影と違うのは、男に目があることだ。どこかで見た目だ。誰だ。男はゴールディを脅すでもなく、ただついてきた。ゴールディは必死で走った。走りながら振り返ると、やはり男はそこにいた。無機的な二つの目…。車に乗ってゴールディは全速力で、とばす。バックミラーを見ると、何も見えない。ほっと一息つく。…と、パシュパシュと聞こえるか聞こえないかの声とも息ともつかぬ音。振り向くと灰色の男がゴールディを見ている。
 
 自分の叫び声で目が覚めた。

 裁判に関わる限り灰色の男からあたしは逃れられないだろう、ゴールディは確信した。そしてその目は今もゴールディを見つめていた。

 もう限界だ。ヴィンスに相談しよう。ゴールディは決心した。


                 ☆

 
 ヴィンスのオフィスは昔栄えた面影を残した商店街の一角にあった。潰れたのかもっとよい場所に移ったのか、何件もシャッターが下ろされている。

 細い階段を上っていくと、ヴィンスは留守だったが、チャックことチャーリーがいた。

 ヴィンスとチャーリーは、チャーリーの妻が蒸発したときに仕事を依頼して以来の付き合いだ。チャーリーの妻は今だに見つかっていない。

 20分ばかり待っていると、長身の一人の女がオフィスに入ってきた。黒いレザージャケットを着ている。袖口から背中にかけて何本もピラピラした飾りがついている。大柄だが、均整がとれていた。股のところはピッタリで裾にかけて次第に広がったジーンズは、ひどくノスタルジックだった。

 ブロンドの鬘を取ると、短髪のダークブラウンの髪があらわれ、エムの知るヴィンスの顔になった。かつらをしているかぎり、メークをした顔は骨ばった女に見えた。顔を洗いメイクを落とすと、やっと見なれたヴィンスの顔になった。

「トランベスタイトの男友達みつけてくれって依頼があったもんで、ちょっとその手の店にいってきたのさ。チャックじゃ目立ちすぎるからね」

 チャックは120キロ以上ある。

 ヴィンスは未完の仕事は嫌いだったが、チャックの妻探しは未完のままだった。紙のファイルから電子ファイルになっても未完であることに変わりはなかった。変わったのはチャックがクライエントからヴィンスの仕事のパートナーになったことだ。

 アン関係のごたごたが始まってからも、ゴールディはヴィンスに何度か会っていた。けれど事件のことは黙っていた。
 
「おいしい店があるけど行くかい?」

 ヴィンスは鼻の頭を中指で二、三度撫でた。彼の癖だ。最初見たとき、てっきり鼻の頭がかゆいのだと思った。

 小さなタイレストランに入った。夫婦でやっている小さな店だ。
 
 注文を終え、メニューをテーブルに置いたヴィンスが、短髪の頭をかいた。顔にくっきり刻まれたしわに、ゴールディは彼と初めて会ったときを思い出していた。



 
 ボストンに出てきて間もない頃だった。やたら街を歩いてたころだ。それまで目につかなかった公園や歩道のホームレスが目につくようになっていた。公園のベンチで昼寝してるもの、ごみ箱からあさったポテトチップやポップコーンの袋から食べてはクォクォクォと鳩も顔負けに笑う男。地下鉄の出口で馬鹿丁寧にお辞儀ををしては、手を差し出して小銭をねだるもの…。たまに女のホームレスも見かけたが、身なりからは男か女かわからなかった。

 ゴールディは何かにとりつかれたように目的もなく歩き続けた。何日も歩き続けた。

 ある時、角を曲ると、突然雰囲気が変わった。あの時、感じたのは何だったのだろう。後になって、ゴールディはしばしば思った。まだ灯のともらぬネオンサインの前でタバコを吸っている初老の男と、黒いミニスカートのポニーテールの女…。二人ともほとんど動かず、そこに立っていた。

 女の立っている店の前にはダンサーの写真が飾ってあった。大きな羽飾りで体を隠し、つり目風にメイクした女…。いくつくらいかな、そんなことを考えていると、後ろで声がした。
 
「仕事さがしてるのかい?」

 白髪の短髪で、髭が顔半分を覆っている男が立っていた。グリーンのポロシャツにベージュのパンツ。やつれているのか病気なのか、姿勢が悪く、片方の肩が下がっていた。濃い茶色のブーツを履いていた。

「仕事さがしてるのかい?」

 仕事はさがしていたが、この男が思っているような仕事ではないと言いたかった。ゴールディは首を横に振った。

「仕事をさがしているんだろ」

 ゴールディは小声でノーと言い、男に背を向け歩き出した。

「ヘイ」

 男が後ろから声をかけてきた。
 
「悪い人間じゃないよ」
 
 なぜか振り向いてしまった。ボストンに出て以来、初めて自分に興味を示した人間だったからかもしれない。ゴールディは、まじまじと男を見つめた。痩せすぎで、頬がこけている。背も曲がって見えた。台風にやられて中途半端に黒ずんで立っている枯れ木を連想した。目にも輝きがない。

 ピザを食べようじゃないか、枯れ木はゴールディの後ろを指さした。ワンブロックほど先にピザ屋らしいオレンジ色の看板が見えた。

 ゴールディは呪文にかけられたように、枯れ木の後をついていった。

 枯れ木はスペシャルピザを注文した。ピザが来るまでどれくらいの時間が過ぎただろう。枯れ木は何も言わなかった。斜め後ろからの陽が男の頬骨にあたっていた。ひどく疲れた血色の悪い顔だった。目が落ちくぼんでいた。

 黙っていても居心地は悪くないのが不思議だった。見知らぬ男。悪人かもしれない。悪人…と日本語で思った。悪人とは悪事は働いても必ずしもゲス野郎ではないのかな…。そんなことをぼんやり思ったりした。

 ペパロ二、ソーセージ、オニオン、グリーンペッパー、マッシュルーム、具だくさんのぶ厚いピザが来た。一切れ食べ始めるともうとまらなかった。あっという間に四切れ食べ、二切れ残った皿をゴールディは男の前に押しやった。
 
 その様子に男は笑った。笑うと少しばかり下顎が出て、愛敬ある顔になった。八重歯というほどではないが向かって右の犬歯が少し出ていた。その横に笑くぼもできた。年齢不詳…とやはり日本語で思った。
 
「いくつかな? 14? 15? 13ってことないよな」

 男はどうやらゴールディを随分下に見ているようだった。本当の歳を言ったらがっかりするだろうな、ゴールディは思った。

「金になって将来性もある、そんな仕事やってみる気はないかい?」
 
「どんな仕事?」
 
「ダンサーさ。最初は小さいとこから始めるけど、そのうち、オフブロードウエイやブロードウェイのステージにもたてるようになる。とにかく早いうちにステージの数をこなすのが成功の秘訣なんだ」
 
「でも…」

 実際、ゴールディはバレリーナに憧れたことがあった。けれど男が言うダンサーとはストリッパーだ。
 
「ダンスが苦手なら、芝居でもいいさ。東洋系ってのは注目されるからね。タレントエージェントに知り合いがいるけど、東洋系の需要が多いのに、モデル、ダンサーが足りなくて困ってる。これから何にだってなれるんだよ。とりあえず見るだけ見てみないかい?」

「ストリップ…よね」

「レビューだよ。そりゃ少しお色気はあるけれど洗練されたショーだよ」

 店に入っていったのは興味があったからか。自分はなる気はないにしても興味はあった。

 客は雑多だった。ビジネススーツを着たサラリーマンタイプもいれば、ドラック売り風の男もいた。

 ステージが始まった。三人の女が、羽飾りのようなものを体に巻きつけ、踊り始めた。乳首が見え隠れした。ゴールディは不安で体が硬直するのを感じた。入ったのを心から後悔した。それを感じたのか、枯れ木はしっかりゴールディの手首を握った。逃げようにも逃げられない。恐怖の中、ゴールディはステージを見つめた。ダンサーたちは厚化粧で歳が分からない。あどけなくも見える。一人のダンサーがぱらりと羽飾りを落として全裸になった。イェーイ!ピュー!男たちの喚声が上がった。

 ゴールディは立ち上がろうとしたが、枯れ木がゴールディの腕を握り、無理やり椅子に座らせた。
 
「ここは、若いダンサーしか雇わなくてね。若けりゃ君みたいな素人でも雇ってくれる」

 声を出そうにも、歯がカチカチいって声にならなかった。枯れ木は店のカウンターにもたれて立っていた男に目で合図した。剃り込みをいれた赤毛のパンクヘアの男だった。パンクヘアはゴールディを無理やり椅子から立たせ、手をつかんでカウンター横の小さな部屋へ連れていった。

 その部屋ではどこか貧相な男が、足を組みタバコをくわえていたが、ゴールディを頭の先から爪先までなめるように見た。

 恐怖は頂点に達した。足ががたがたで、立っていられない。

 男がおもむろに立ち上がり、ゴールディの肩に手をかけた。ゴールディは夢中で手を振り回し声をあげた。

 キャアアアアア! 




 どれくらい経っていたのだろう。失神していたようだった。ゴールディは湿ったようなにおいのする革のソファに横になっていた。

「まいったな。つんぼになりそうだよ」

 パンクヘアが指を耳に突っ込みながら、ふざけたように枯れ木に言った。

 枯れ木は不思議な顔をしてゴールディを見ていた。困っているようにも見えた。

「恐い思いをさせたな。こいつら、みんな未成年保護の協力者なんだ。ちょっと恐い思いさせたほうが、二度とよりつかなくなって未成年が身を崩さなくて済むってのが、信念でね」

 枯れ木は言った。

「こいつはさ、みかけは悪いけど、まったくクソまじめなやつだから信じていいよ」

 パンクヘアが枯れ木を指して言った。

 ゴールディはぽかんとしていた。何が起こったのか、わからなかった。
 
 枯れ木の視線はとても穏やかになっていた。さっきはしっかりゴールディの手をつかんでいた大きな骨ばった手でゴールディが起き上がるのを手伝ってくれた。

 暗くなった街を歩きながら枯れ木は言った。
 
「怖かったと思うけど、俺のこれまでの経験ではいくら口で言っても効き目がないんだよ。あの辺は危ないとか、こういう仕事始めれば、ドラッグ、プロスティチューションとブレーキが利かないとか、いくら口で教えても効果なしさ。罠にはまってく子たちがあとを断たない。実際に恐怖を体験すれば、いい教訓になる。口で言うのの何倍も効果がある。もう知らない男についてったりしないだろ?」

 ゴールディは無表情にうなづいた。

「手遅れになってほしくないんだ。うまいこといって、女を金儲けの手段としかみてないやつが、うようよいるからね」

「あのダンサーたち、いくつなの?」
 
「彼女らはもう成年だ。自らが望んでいる。本人が望んでるかぎり、止めさせられない。最初無理やりこの世界に入れられドラッグづけにされたのも一人いる。今では、自分でいたがってる。外の世界に出ても、もうどうしようもないと思ってるんだ」

「救ってあげられないの?」

「ああなるともう手遅れだ」

 そのあと、枯れ木はゴールディを連れて、夜の街めぐりをした。

 街角に断つ娼婦たち…。

 豹柄のタンクトップを着た中年の太った女。自分の体重を支え切れないような赤いヒールをはいている。

「彼女は十七の時から立ってる。今は三十半ばだろ。すでに疲れ切ってしまっててね。いつまでも売れ残って、3時でも4時でも立っている」
                      
 そして細身のブロンド。

「彼女は年齢不詳だ。今、このあたり一番の売れっ子さ。立つと、たいてい30分以内に売れる。今夜はまだ店開き始めたばかりだな」

 ワイルドなスパニッシュ系の女。
 
「彼女、新顔だね」

 あちらこちらにハイヒールをはいた女たちが、全部で十四、五人いた。
 
「彼女たちの中には今日の君みたいに声をかけられるところから始まったものも多いんだよ。いいかい、今日のことを忘れずにこれからは注意するんだ。頼むからさ」

 その後、枯れ木は自分の行きつけのスパゲティ屋に連れていき、ゴールディの話を聞いてくれた。
 
「金をとられたのは気の毒だったな。でも、災難にあったら、そのあとこそ根性出さなきゃな、しっかりしなきゃな」

 いくつなのだろう。ひどく短く刈った髪と髭がほとんど白髪で、痩せた頬が疲れて見える。目の周りの皺は笑うとさらに深くなり…。

 ゴールディを未成年保護施設に連れていくという男に、未成年ではない、とゴールディは運転免許を見せた。母の手伝いで配達することがあったので、免許は取っていたのだ。

 鳩が豆鉄砲をくらった、ほんとうにそんな表情があるなら、まさに男の顔がそうだった。

 マサチューセッツ州では18才から成年だ。ゴールディが未成年でない、14でも15でも16でもない、という事実は男を戸惑わせた。

「何人も見てきたけど、こんなの始めてだ」

 枯れ木は言った。

 ゴールディは凄く申し訳ない気がして、ソーリーと言った。

 いや、君のせいじゃないよ、男は言った。

 服も髪型もノーメークのところも、スニーカーも、小柄なところも、全てがゴールディを幼く見せていた。

 じゃ、あなたは幾つなの?

 ゴールディは聞いた。

 男は不意打ちをくらったように目を見開いてしばらくゴールディを見つめた。

 それはまあ、幾つでもいいだろ。

 嘘が見破られたかのように男は少し動揺していた。

 あたしとは反対で案外若いのかもしれない、ゴールディは思った。

 じゃ、名前教えて。

 ヴィンス。

 枯れ木は言った。




 そのあと、ヴィンスに会ったのは、数力月ばかり経ってからだった。ゴールディが働いていたクリーニング屋に洗濯ものを持ってきたのだ。クシャッと丸めた厚手のシャツとカーキー色のジャケットをカウンターに投げるように置き、「いつできるかな」とだるそうに顔を上げたが、ゴールディの顔を見て、ああ、と笑顔になった。

 以来、彼は一、二週間に一度、ゴールディの勤めるクリーニング屋に立ち寄るようになった。たいてい、一、二枚を持ってだ。クリーニングに出さなくても十分洗えるものも多かった。

 あたしの様子、見に来てくれてのね、ゴールディは嬉しかった。それは純粋な好意に感じられた。ヴィンスのことをもっと知りたいと思わぬわけでもなかったが、ゴールディの方からは個人的なことは何も聞かなかった。

 クリーニング屋が閉じることになったとき、ヴィンスが預けたままだった革のコートが気になった。彼にしてはいいものだった。柔らかい手触りで、艶もあった。この種類の革だと結構高くなります、と言ったけれど、大丈夫だ、と彼は言った。店じまいの紙が長い間貼られていたが、その間にヴィンスは取りにこなかった。一定期間をすぎたものについては責任を持ちませんと壁にも受け取り書にも書いてあるから、閉店後は服を受け取れなくても自己責任なのだろう。けれど、ヴィンスの革コートだけはきちんと渡してあげたかった。

 何かが起きたのだろうか、ふと思った。交通事故とか何かで取りに来れない理由があるのだろうか。

 どこに住んでいるのだろう。届けてあげたいと思った。ヴィンスには借りがある。それくらいすべきだと思ったが、住所がわからなかった。

 ゴールディはふとヴィンスが言っていたことを思い出した。金を盗られたつらい経験を語ったとき、「落ち込んだ時は最高に価値があるって思える時を思い出すんだよ」彼は言った。楽しいとき、ではなく、価値があるとき、と言った。

「価値がある?」

「うん、ある時 親父とさ」ここでヴィンスはくちごもったが早口で言った。

「家の壁をブルーに塗ったことがあるんだけどさ、その時が価値があるって思えるたときの一つだな。もちろん親父とはほかにいろんなことをした。でも、なぜか、一緒に壁をブルーに塗ったときのことを奇妙なほどはっきりと覚えているんだ」

 あなたの家なの?どこにあるの?と聞いてみた。

「実のところ、ここから遠くないんだ。3、4ブロック先だよ」

 そう話したのはあのスパゲティ屋だ。そこから3、4ブロック先か。




 ハナミズキの木がまばらにある細い通りにその家は建っていた。ほとんだ諦めたころ、見つけた。見た瞬間、この家だ、と感じた。

 褪めたブルーの壁だった。ポストには広告や小冊子やらがあふれている。どうやらしばらく留守らしい。広告メールを取り出し、宛名を見ると、ヴィンス・ペロスキーとある。やはり合っていた。

 外からうかがう限り人の気配はしなかった。

 決して手入れの行き届いた家が並んでいるのではない通りだったが、その家だけ特に古ぼけて芝や低木も手入れがしてなかった。

 左隣は銀色がかった屋根の少し前衛調の家で、右隣の前には茶色のSUVがとまっている。

 ゴールディは右隣の呼び鈴を鳴らした。

 出てきたのは少し悲しげな顔に見える小柄な婦人だったが、話しだすとむしろ陽気なのかもしれない、と思った。カラカラとテンポのよい声だった。

「何かご用?」

「あの、お隣のペロスキーさん、ヴィンス・ペロスキーさんはお留守ですか?」

「ああ…」

 婦人の顔は今度は本当に悲しそうになった。

「あなたもヴィンスにお世話になった一人なのね」

「え、ええ…」

「ほんとにいい人だったわよね。残念だったわ」

「はい?」

「ご存知ない?…ヴィンスは亡くなったのよ」

 亡くなった? 

「1年ちょっと前よ」

 ゴールディは混乱した。

「あの…でも、私、6ヶ月前に、最近は2カ月ほど前に会いましたけど…」

「え?」

 今度は婦人が混乱する番だった。

「ヴィンス・ペロスキーさんよね」

「はい…」

「確かに亡くなったわよ。お葬式にも出たんだし…。あなたの見たヴィンスさんって、いくつくらいの人だったの?」

「40代か50代でしょうか。白髪でしたけど、五十にはいってないのかもしれません。痩せていて身長は6フィートにはちょっと足りないくらいで」

「それはやっぱりヴィンスね。そうだ、写真があるの。見てみて」

「はい」

 婦人はゴールディを中に入れてくれた。小さな花柄の壁紙。イギリスの郊外にありそうな内装だった。

「待ってね。アルバム持ってくるから。あら、お帰り。早かったわね」

 入ってきたのは茶色の髪をポニーテールにした青年だった。

「トミーよ。トミーがヴィニーと同い年だったから、ヴィンスとも親しくしてたのよ。父子家庭だけど頑張ってたわ。凄くいい父親だったわよ。ねえ、トミー」

「ヴィンスおじさんの知り合い?」

 ゴールディは小さくなづいた。

「ほら、これよ。ヴィニーこのころいくつくらいかな。6、7才よね。庭でビニールプールで遊んでるの。ここでビール飲んでんのが主人のロンよ。で、これがヴィンス」

 エムは息をとめてその写真を見た。少しぼやけた写真だ。けれど顔立ちはよくわかった。ヴィンスに似ている。髪はまだ白くない。

「ほら、これもそう。こっちが最近ね」

 その写真の男はもうかなり白髪だ。口を大きく開けて笑っている。きれいに揃った歯をしている。

 違う。よく似てるが違う。歯も違う。ゴールディはじっと写真を見つめた。よく似ている。目も。鼻も。けれど、どこか違う。

「あの、ヴィンスさんって入れ歯だったんでしょうか?」

 ヘッというような顔で婦人はゴールディを見た。

「あの、私の知ってるヴィンスさんは少し八重歯気味だったんです。こんなにきれいに歯がそろっていませんでした」

 婦人はトミーと顔を見合わせていたが、「八重歯ねえ」と言い、トミーが「八重歯っていえば、ヴィニーはそうだけど、右のここんとこが。けっこう笑顔が人気だったよ。高校の頃」

 ヴィニー…。

「あのヴィニーさんって何才ですか?」

「トミーと同じだから、27よ」

 27才…。

「ほら、これがそう」

 婦人はそう言って暖炉のマントルの上に飾ってあった写真を持ってきた。バスケットボールの試合の時の写真だろうか。中学2、3年くらいの少年が二人笑っている。一人はトミーだ。あどけない顔だ。そしてもう一人は濃い髪を少し伸ばした整った顔の少年だった。

「ヴィニーはヴィンスが亡くなってから、この家に住むのがいたたまれなかったんでしょうね。出ていったの。ときどき、郵便とか家の管理とかでは戻ってるみたいだけど…」

「君、ヴィンスおじさんをさがしに来たの?」

「ヴィンスって名だって彼言いました。でも数か月前にも会いました」

 ああ…。トミーはうなづいた。

「それきっとヴィニーだよ。父親がヴィンスで息子がヴィンス・ジュニア。みんなヴィニーって呼んでる」

 彼曰く、少し前にヴィニーを見かけたけれど、ヴィンスだと思ったそうだ。髪が白くなっていたし、着るもの、振る舞い、表情が父親のヴィンスにそっくりだったというのだ。まるでヴィンスの魂がヴィニーに入り込んだようだったと。


 

 ゴールディの感じた通り、ヴィンスは若かった。ヴィンスは事故で父親をなくした。父親に別れを言う時間もなく突然のことに茫然自失した。自分の心の中に父親を移す時間がなかったのだ。思い出として心に居場所をつくるにはあまりに悲しみが深かった。

 だから、彼は父親になった。気がつくと行動も態度も話し方も父親になっていた。髪と髭は脱色した。父親の服を着た。悲しみで食欲はなくなり、どんどん痩せていった。夜は眠れない。目も落ちくぼみ、外見は急速に老け、それは外見をさらに父親のヴィンスに近づけた。ヴィニーを遠くから見た者はヴィンスだと思った。

 次にヴィニーは父親の仕事を完全に引き継ぐことにした。それまでも手伝っていたが、P.I.として、真剣にプロとして探偵業に取り組み始めた。父親の確固たる存在を自分の中に作り上げるまで父を死なすわけにはいかなかった。父が力を入れていた未成年者を非行から守るための無報酬の活動も、熱意をもって行った。仕事内容やルーティンはよく知っていたが、ただ引き継ぐ、代わりにやる、のではなく、父親ヴィンスになりきろうとした。 

 ヴィニーは自分を消してヴィンスになった。事情を察した周りの人間たちはヴィニーをヴィンスとして扱ってくれた。ヴィニーは完全に自分の中にヴィンスが入り込むまで、自分を捨てた。ヴィニーの中に父親が完全に入り込んだとき、彼は少しほっとした。そして眠らせていた本来の自分を起こした。以来ヴィニーの中で、ヴィニーとヴィンスが共存を始めた。

 ゴールディがヴィンスと初めて会った時、ヴィンスはヴィンス・シニアとして存在していた。その視線、態度、ヴィンスはヴィンス・シニアとしてゴールディを助けた。ゴールディが歳を聞いたとき初めて素のヴィンスが僅かながら顔を出した。

 それから徐々に、ヴィンスは年相応のルックスに戻っていった。

 ヴィンスは実際ゴールディと10歳も違わなかった。

 



 あれから何年も経った。二人の関係はゆっくりと知り合いから友人になっていった。ヴィンスはゴールディの相談相手になった。ヴィンスもゴールディを信頼した。

 ヴィンスはボブもアンも知っていた。相性の問題があるのか、どちらとも友人とはならず、顔見知りからの進展はなかった。

 今回のことをヴィンスにすぐに相談しなかったのは、やはりボブとの出来ごとを言いにくかったからかもしれない。何もなかったにしても。

 大昔、そうあの頃ボブがいなかったら、ゴールディはヴィンスと付き合っていたと思う。二人の間には親しみと信頼と友情、そして不思議な感情の流れがあった。ボブと別れたあとは、タイミングの問題で、恋人同士になれなかった。よい友達になりすぎてしまっていたからかもしれない。



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