第4話 高校卒業までの私 ③ What to do

文字数 3,361文字

 学校から推薦は貰ったものの、このあたりから少々怪しくなってきた自分は早速父に相談した。

「ねえ、おとう、こんな小論文のお題なんだけど、どうしたらいいかなあ」
「どうしたらいいかって、お前はいつもそういう聞き方をするけれど、自分の考えはないのか? まずは、自分はこのように考えるけど、どうでしょうか。アドバイスを貰えますか、と聞くべきだろ?」
「そんな事言ったって、よく分からないんだもん」
「君さあ、推薦でこんないい大学に行かせてもらうんだから、きちんとものを考えなきゃ。そもそもこれからの社会で活躍するには、自分で主体性をもって考えないとだめだよ」
「そっかー」
「少しヒントを上げるからまずは 自分で考えてみなよ」
「ヒントって何?」
「そうだなあ、今の社会をだなあ、考えてみるとだよ。資本主義が間違った方向に進んでいると思うんだ。利己的な資本主義が過度に進むとどういう事になるか、人類は良く考えた方がいいな。そもそもお父さんが7年も前に提唱した“週休4日が地球を救う!”というスーパー理論が世間にはちっとも浸透していないじゃないか。大体だなあ」
「ちょっと待ってよ、おとう。今は私の課題のテーマをどうするかって事で、お父さんの主張を聞いてるわけじゃないんだから」
「いや、それも全部関連するんだ。由理奈がこれから学ぶ事は全て世界の課題に結びついているんだよ。大体、ただお金を儲けたいからビジネスを学びたいなんて言ってるのは、本質を見失う事になるな。お金というのは、世の中に役立つ価値を創造しているからその結果として生まれてくるものなんだよ。そこを分かっていないと間違えるぞ」
「そんな事分かってるよ」
「いや分かってない。そもそも君の好きなテレビ番組でも悪は必ず捕まるじゃないか。あの優秀な刑事さんにかかれば金の亡者は間違いなく憂き目を見る」
「相棒の事?」
「そうさ。右京さんにはお見通しなんだよ」

家の中では、私と母親が「相棒」を頂点とする推理・サスペンスもの好き。父と姉の真理奈が恋愛などのドラマや音楽好きに分かれる。自分と母はテレビ録画した相棒を何度も繰り返し視聴して殆どのストーリーをそらんじているのだが、それでもまた見てしまうのだ。父に言わせると同じ番組を何度も見るな、時間の無駄だという事になるのであるが、父が見ているアニメこそ時間の無駄だと思う。ま、いっか。

「とにかく、ここまで地球環境がおかしくなっているのは、見過ごせないだろ。無駄な経済活動を縮小して、穏やかな地球環境を維持しながらバランスの取れた成長をすればいいんだよ」
「それがどう関係するの?」
「SDGsって聞いた事あるか?」
「それって、この前おとうがやった勉強会のテーマだよね」
「そうだよ。真理奈も参加してくれたんだけどね」
「どうせ、おかあに行けって言われたからじゃないの?」
「いや、さすがに大学2年生ともなると、いくらかは社会の課題に目を向け始めたんじゃないか? 一緒に同級生のタニノマイさんって子も来てたぞ」
「ふうん、で?」
「SDGsってのは持続可能な開発目標の事だよ。Sustainable Development Goalsの略だ」
「誰が決めたの?」
「それは国連だよ」
「あのNew Yorkに本部がある?」
「そう。つまり世界各国共通の目標さ」
「持続可能って事はつまり地球環境を守りながらって事?」
「そう、それも大きなテーマのひとつさ。でもそれだけじゃないんだ」
「他には?」
「大きく5つのテーマがあって、人間らしい権利や生活に関する事、経済や技術の発展、環境の問題、平和を維持すること、国際的なパートナーシップの5つさ」
「へえ、それならお姉ちゃんにも分かりそうだね」
「そうさ、そんなに難しい事を言ってるわけじゃないからね」
「だけど、難しいんでしょ、実際は」
「そうなんだ。世界の国が全部足並みをそろえるっていうのはねえ」
「で、おとうが言ってる “週休4日が地球を救う!” ってわけか」
「そう。2012年に発表したけど、売れなかったなあ、本は」
「いいじゃん、発表できたんだから」
「まあ、そうなんだけどね。それで、2015年に国連がSDGsを制定したんだ。それを見てびっくりしたよ。まるでお父さんが提唱したことと根源的なところでは同じだったから」
「そうか。だけど、私の小論文とどう関係するの?」
「いいか由理奈。そもそもビジネスを勉強するっていっても、ただお金儲けを考えちゃだめだ。世の中の役に立つ事、そして持続可能な事が重要だ」
「まあ、一応そこはいいよ」
「その前提でいけばだよ、由理奈の小論文も、何のためにビジネスを学ぶかという動機のところで、社会の持続可能な発展のために価値を生み出すという事が根底になければならないと思うんだな」
「なんかムズイよ」
「ムズイかなあ。ま、ムズイとか言わずに考えてみなよ。あ、それとムズイとかいう単語は小論文には書いちゃだめだぞ」
「分かってるよ。口語だからでしょ?」
「おいおい、ただの口語じゃないぞ。世間ではまだ認知されていない若者言葉だからな。ひょっとするといつの日か広辞苑に載るような単語になるかも知れないけど」
「りょ」
「おい、それもダメだからな」
「分かってるって」
「それでな、お父さんだったら、AI社会で必要になる人間の能力、みたいな事をテーマにするのも面白いと思うんだな。これからの社会で注目されるのはAI産業だろ。もしかしたら人間の仕事をAIが奪ってしまうんじゃないかって議論もあるからね」
「AIって人工知能だからロボットとかでしょ?」
「うん、それもあるし、ロボットという形をとらなくても様々なソフトウェアで人工知能としての機能を実現する事は可能だから、色々な形態があるよ」
「ふーん」
「まあ、いずれにしてもAIに使われる側になるのではなくて、AIを使いこなす側に立たなければ面白くないよ、きっと。そして、ただAIを使うというのではなくて、何のためにどんなAIをどのように使うかが問題の本質だよ。それによって世の中の役に立つような価値を生み出す事ができれば、それが自然とビジネスになるってことだと思うよ」
「そっかあ。じゃあ、もうちょっと考えてみるよ」
「うん」

私は父との話の中で少しヒントをつかんだような気がした。そうだAI社会だ!
大学へ提出する小論文のテーマは結局こんな事になった。

「近い将来に訪れるAI社会において、人間はどのような価値を発揮できるか。そしてそこにビジネスチャンスはあるのか」

 

 推薦入学が決定してから、かなり暇になった。ヒマとかいうと一生懸命勉強している受験生にはとっても申し訳ないのだが、受験勉強をしなくても良くなってしまったのだから仕方ない。でも、両親からはずいぶんプレッシャーをかけられた。曰く、他の子に申し訳ない気持ちを忘れるな。曰く、だらだら過ごすな。曰く、この時期にしかできない事をしろ。曰く、全く勉強していないとキチンと勉強した学生に置いて行かれる。曰く、どっかで修行してこい。
それで、運転免許を取る事、TOEICを勉強して受験する事、ICTの勉強をしてIPASSの試験を受ける事などを含めたTo Do Listを作り始めた。

 自分は幸いにも早々に推薦合格を貰ったため12月以降は家族にも余裕が生まれたが、姉の受験期は大変だった。一般受験だったのでシーズンが終わるまでずっと落ち着かず、最終的に志望校の一つから合格通知を貰うまでハラハラドキドキの日々だった。真理奈は高校2年生の夏から3年の夏にかけて米国ミネソタ州の高校へ留学していたので、帰国後は日本の勉強が追い付かず、一年目は受験に間に合わなかった。しかし、英語はかなり上達したため、この数年大学受験で一般的になってきた外部機関による英語試験利用の制度を使って2年目には希望の大学へ入学する事ができたのである。真理奈に英語の唄を歌わせるとネイティブっぽく発音するのでカッコいい。
 というわけで、私は受験シーズンに家族への負担はあまりかけずに済んだ分、3月までに何かをしなければならなかった。

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登場人物紹介

名前:由理奈(ゆりな)

誕生:2001年2月25日 東京生まれ 

2020年のステータス:大学生

趣味:キーパーを抜いてシュート

おとう(由理奈の父)

1957年 地方都市生まれ

海外在住歴10年(アメリカ6年、ドイツ4年)

現在は一人会社の社長

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