第1話

文字数 1,983文字

「げっ、なにこれ、めっちゃかわいいじゃん!」
 俺は鏡に映った己を見て絶叫した。
「って、どうして女子に!?」
 まあ、ありふれた設定だ。
 だがわが身に起きた転生とあっては一大事。俺は鼻息荒く、膨らんだ胸に手を伸ばした。その瞬間、聞き覚えのある大声が階下から響き渡った。
「おねーちゃん! 早く起きろお!」
 俺は慌てて手を引っ込めた。
「お、おう!」
「早くご飯食べなよー!」
「い、今行く。だがしかし……」
 一体どんな顔して妹に会えばいいのだろう。
 とりあえず俺のことをおねーちゃんと呼んでいる。いつもの「糞兄」ではなく。てかなんだ「糞兄」って。そんな単語あるのか。とにかく、ここは普通に振る舞うのがよかろう。
「まだあ!?」
「ご、ごめん!」
 妹は怒らせると怖い。俺はリビングへ急いだ。

 そこにいたのは見慣れないセーラー服を着た、見慣れた妹だった。
「遅刻しちゃうよ!」
「あ、ああ。……あれ、親父と母さんは?」
 妹はきょとんと俺を見つめ、そして吹き出した。
「なに、その呼び方?」
「え」
「それにパパとママはわたしたちが幼稚園の時に亡くなったでしょ」
「マジ!?」
 そりゃあ確かにいればウザいし、五月蝿いし、面倒くさい連中だが、何も存在ごと消すことはあるまい……。
 他にも変わっている設定があるかもしれない。まずは状況を確認しよう。
「お前の名前は?」
「……は? なんて?」
「あ、いや実はベッドから落っこちて頭ぶつけちゃったんだ。それでわけわかんなくなっちゃって」
 とりあえずこう言っておくのがよかろう。
 妹はさすがに驚いた。
「大丈夫? 病院行った方がいいんじゃない?」
「あ、いやそこまででは。ただ基本的な情報が思い出せなくて」
「……そうなんだ。じゃあわたし、あ、メイが色々教えてあげるね」
「そうか。妹といえばメイか。やべぇな。安直だな」
「は」
「いや、なんでもない。ちなみに俺の名前は?」
「ナツキだよ」
「……惜しいな」
「どゆこと?」
「いや」
「他に聞きたいことは?」
「今って西暦何年?」
「2021年だよ」
「だよな。豚年だよな」
「丑年だよ。なに豚年って。頭大丈夫?」
「いや、そもそも干支とかよくわからんし」
「じゃあ聞くなよ」
「歳は俺が15でお前が14だよな」
「そうだけど、お前って呼び方やめてよ」
 妹は頬を膨らませて睨んだ。
「好きくない」
「……お、おう」
「それと、そろそろ行かないと遅刻だよ」
「やべぇな」
「姉妹そろって遅刻とかマジありえないし」
「おう。え、なに、俺たち同じ学校通ってるの?」
「当たり前でしょ! っていうかその、やべぇな、とか、おう、ってのやめ。ジャンプかよ」
「う、うん。にしても、もう出るの? まだ6時前だよ?」
「埼玉オブ埼玉のこの町から六本木まで2時間はかかるじゃん!」
「六本木!? 今お前、じゃなくてメイ、六本木って言ったの?」
「当たり前でしょ。学校、六本木だもん」
「すげー。マジすげー。まさかの港区進出とか……」
「ねえ、本当に病院行った方がいいんじゃない?」
 妹は眉をひそめて俺を見ている。
「そっか、それが制服か」
「そうだよ。お姉ちゃんも早く着替えてきなよ」
「は」
 俺は固まった。
「何? まさか制服の着方まで忘れちゃったの?」
「いやそういうわけではなく。いや、分からんけど。そうじゃなくて。だがしかし……」
「何言ってんの。さっさとしないとおいてっちゃうよ!」
「……わかった。わかりました。着てまいります」
 俺は覚悟を決めて部屋に戻った。もはややるしかないのである。だがしかし。だがしかし。だがしかしである。

「ああ、これを着るのか」
 俺は壁に掛けてあるセーラー服を手にとった。
「まあ、どうせ異世界の出来事だ!」
 覚悟を決めて部屋着を脱ぎ、セーラー服に袖を通し、短いスカートを履いた。
「ああ、すーすーする。……えっと、チャックはこれか。女性ものって着づらいな。あとはスカーフ。え、これどうやってやるんだ?」
 俺は青いスカーフを相手に悪戦苦闘した。どうしてもきれいに結ぶことができない。
「おねーちゃん! まだあ?」
 階下から聞こえる妹の声に苛立ちが募っている。
「ああ、もうこれ無理。メイにやってもらおう。あと、靴下は……」
 部屋の中を見回し、入っていそうなチェストを探す。
「あった。え」
 俺は靴下に刺繍された学校名を見て思わず叫んだ。
「せ、せれ、瀬零撫女子!?」
 それは有名モデルやアイドルが多数在籍する伝説級お嬢様学校だった。そういえばこの制服もインスタとかで見たことがある。
「嘘だろ!? 恐れ多いだろ! こんなかわいい女子になって、しかも瀬零撫女子って!」
 俺は湧き上がる笑いを抑えることができなかった。
「……最高かよ!!」
 その瞬間、目が覚めた。

「……どうでしょうか?」
 編集者の妹は原稿から目を上げると、困ったように言った。
「あのね、お兄ちゃん」
「はい」
「お馬鹿ちゃん」
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