第10話  五年後の二人 4

エピソード文字数 3,174文字





俺は自分でも優しい男だと思ってる。


過去に数々のトラウマを作ってくれた聖奈にも、情けを掛けるという聖人君子のように優しく教えてやった。


だが、いくら優しく教えてやっても、その内容が悪すぎるとどうにもならない事もある。

そんな……

うな垂れる聖奈は見てられないが、ちょっと面白かった。 顔面蒼白すると同時に「平八ぃ」と唸る彼女はショックと怒りの顔が交互に発動していた。




こいつがどれほどショックを受けるか未知数だったので、ある程度ショックの軽そうな話から始めたつもりだったが、最初からずっこけた感半端無い。




平八さんの夢物語とは程遠い真実に、平八さんの方が先に爆ぜそうになっていた。



顔は既に真っ赤になっており、腹にも拳が数発入ってたからな。


お許し下さいお嬢様。平八には。この平八にはそう見えたのでございますれば……

もういいだろ? あんまり平八さんを攻めんなよ。


仲が良かったといえばそうかも知れないし、ずっと一緒に遊んでたのは真実なんだから

こりゃトラウマなエピソードなど絶対耐えられないだろう。


まぁ俺だって喋りたくないし、喋る気もないし、思い出したくもない。

も、もういいわ。続きはまた今度でいい?

あまりにもショックで頭の整理が……追いつかない

 あっさりとギブアップする聖奈に「分かったよ」と情けをかけてやる。


 するとどうだろう。

 負け? をあっさり認める聖奈を見ていると、こんな事が頭に思い浮かんだ。




 もしかしたら、この聖奈だったら……

 過去を知らない聖奈となら……



 全然恐れなくてもいいどころか、高校でも上手くやっていけるのではないかと。



 そう考えていると、俺も聖奈に要求しなければならない事を思い出していた。



じゃあ俺からも要望がある

 入れ替わり体質なのは極秘。当然である。


 まずはこれが一番大事なのだ。

分かってる。絶対喋らないって約束するわっ
その件に関してはこの平八。存分に理解しております。麗華さんからもよく存じ上げております

 すまんな。二人を信用してない訳じゃないし、小学生の頃もずっと秘密にしててくれたんだ。だけどこの件だけは念を押しておきたい。



 ただ。怖いんだ。


 俺達の秘密が他人に漏れるのは、何としてでも阻止したい必須項目なんだ。

 それは俺だけの問題じゃなくて、家族全員の問題となるのだから。

うん。絶対外部に漏らさないって約束するから。安心して
(……参ったな。こんなに聖奈が素直に答えてくるとか、あり得ない)
じゃあ後は……いや、もういいか

 本来なら俺の要望としては、昔のように馴れ馴れしくして欲しくないやら、意地悪な事は勘弁してくれなど。


 それをハッキリを言うつもりであったが、よくよく考えてみれば、伝える必要がない事に気がついた。



 昔の事を覚えていないのなら、心配しなくて良さそうだし、今でも普通に受け答えできるのなら、心配ないだろう。

楓蓮お嬢様。どうか聖奈お嬢様と……昔のように仲良くしてあげてくださいませ。この平八。切実なお願いでございます


 昔のように。って言うのはちょと違うとは思うが、快く返事する。

 細かい部分まで余計に突っ込んでしまうと、平八さんがまた締められちまうからな。





 良かった……



 これなら高校生活も大丈夫そうだ。

 無意識に胸を撫で下ろした俺は、盛大な溜息を吐いていた。


 満足すぎる結果に、思わず「良かった」と漏らしてしまうほどに安心しきっていると、 ふと聖奈と目が合った。


じゃあよろしくね
……ああ。改まってよろしく。仲良くやろう

 とは言うものの、なんていうかその……


 こいつの素直すぎる。というのも困りものだな。




 しかも慈愛に満ちた微笑は、思わず顔を背けたくなるほどであった。


 マジで聖奈はこんな物分りのいい人間じゃなかったのだ。

じゃあ女の子の時は、楓蓮って呼べばいいの?
そうだな。まぁ事情を知ってる人間だけなら、どちらでも構わないけど、知らない人間の前では……
え?

 聖奈? おい……どうしたんだ?


 俺を見つめたまま動かなくなった聖奈は、素の顔をしてるのに、すぅ~っと涙は頬を伝うのだった。

まて、どうしたんだよ。何が「

かれんっ!

わ、わかんない。かれんって呼ぶたびに……ううっ……

聖奈お嬢様……
……お前

あっという間に涙でぐしゃぐしゃになった聖奈は、身体を震わせ、顔を隠し蹲ってしまう。


やがて唸るように楓蓮と叫ぶ彼女を見て、俺は無意識に詰め寄り、強く抱きしめていた。

かれん。私……思い出したい! 思い出したいのに !

 聖奈からも抱きしめられると、俺は更にきつく彼女を抱いていた。


 ガクガクと震える身体を止めようと、無我夢中に聖奈を両手で包んだ。

落ち着け。聖奈っ! 分かった。分かったから……
ううっ……かれん。私……あっ、会いたかった。それなのに何も思い出せ「
もういいって! もう……泣くなよっ!

 無意識に一喝すると、聖奈の身体から力が抜けていくのが分かった。


 俺は更に力を込めて抱きしめると、耳元で「大丈夫」と何度も囁いていた。

大丈夫だ。俺に任せろ。な?

かれん……


わ、私……

 すまんがお前の口癖をパクらせてもらった。


 昔。俺が泣いてた時、悲しい事があった時、お前は決まってこう言うんだ。


 私に任せなさい って。

うん、わ、わかった
うん……大丈夫だから


 聖奈はようやく落ち着いてきた。

 お前が俺を慰める時に使った方法は、凄まじい力を持っている。



 それは俺が一番良く知っているんだ。


聖奈。顔をあげて

素直に顔をあげる聖奈は涙でぐちょぐちょだった。


服の袖で拭ってやると、また泣きそうになってくるので、今度は正面から抱きしめていた。

無理に思い出さなくてもいい。もう……しょうがないじゃないか?


それよりも、これからの事を考えよう

でも私。全てを知っておきたい。思い出したいよ

まぁ……徐々に思い出せるかも知れないし、焦らずいこう。


これから時間は……たっぷりあるんだ

お前が忘れても、俺は……ずっと聖奈の事は
そこまで言っておいて言葉に詰るが、ふと頭を過ぎったのは平八さんの言葉だった。
ずっとお前は無二の親友だから。だから大丈夫だって
うっ……うぇぇ~~! かれん!

 し。しまった。

 せっかく泣き止んだのに酷くなっちまった。

待てってば。俺の知る聖奈はそんな事で泣かなかったぞ

 ……ダメだ。全然泣き止まないどころか収拾がつかない。


 打つ手を無くした俺にふと平八さんと目が合うと、僅かに頷く動作を見て、泣き止ませるのを諦めた。


 このまま気の済むまで、ずっと抱きしめていようと思った。


 ※



 なぁ聖奈。


 お前が泣いたシーンなんて、滅多に見せないんだぞ。だから今。とても驚いているんだ。



 まさか俺が、お前を慰めるなんて考えた事も無かったし。



 その代わりといっちゃなんだが、昔は俺の方がビービー泣きまくってた。

 ほぼ毎日泣いていた。泣かされていたとも言うが。





 でもな。

 俺がお前以外のヤツに泣かされた時だけは別だった。



 烈火の如く怒る聖奈はすぐに仕返しに行ってくれた。その時のお前はとんでもなく強くて、俺はいつもお前に……助けられた。




 どっちが男で女なのか分からない。そんな関係だったんだぞ。


なぁ聖奈。


これからまた、昔みたいに……仲良くしよう

 そう呟いて、泣きじゃくる聖奈をきつく抱きしめるのだった。








 こうして俺と聖奈は昔のように仲良くする事となった。

 その後どうなるのかは分からないが、これだけは言える。


 聖奈という人間は、俺を虐め、支配し、トラウマを作るようなヤツだが、根はとてもいい奴だって、とっても優しい奴だって、俺は良く知っている。



 入れ替わりの秘密を知る以上、聖奈との付き合いはきっと、長くなるだろうと、そう思った。






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登場人物紹介

キャラのプロフィールは、章の始まりにも記載しています。


ここに記載されているのは主要人物です。

その他の登場人物は章の始まりなどに記載しています。


読者視点は神視点。

物語の中の人達が知らないことを全部見る事ができます


また、二章からはキャラの心の声まで聞こえます(フキダシが灰色)

 ★ 黒澤 蓮 くろさわ れん


 本編の主人公。高校一年


 男女入れ替わり体質。
 
 弟の凛と共に、新天地で新たに生まれ変わろうと、楽しい学校生活を送ろうとする。友人作りに重きを置き、人との付き合いにはとても慎重である。


 とても弟思いの良いお兄さん(お姉さん)

 ★ 白峰楓蓮 しらみねかれん


  蓮の女性の姿。白峰というのは偽名。

  黒澤家とは繋がりを見せないように演じる。


  心の中は男の子なので、女の子のファッションやらに興味が無い。

  とても美人なのにあまり自覚がなく、女性の姿はオマケだと思っている。

 ★ 黒澤 凛 くろさわりん


 小学校六年生


 男女入れ替わり体質。

 

 兄である蓮を慕い、とっても素直で女の子のような性格。
 ことある毎に兄に甘えてしまい、いつまで経っても、子供のままなので、蓮は凛の将来をとても心配している。



 ★ 白峰 華凛 しらみねかりん


 凛の女性の姿。

 外部との接触が無いので、彼女の存在を知るのは家族だけ。

 楓蓮と違い、おしゃまさん。


 ★ 美神聖奈 みかみせいな


 高校で蓮と同じクラスとなる。実は小学四年生までの幼馴染。


 容姿端麗。成績優秀。運動神経抜群。リーダーシップ抜群。お金持ち。

 など、全てを兼ね備えている人。


 二人目の主人公。

 ★ 白竹 美優 しらたけ みゆう


 蓮と同じクラスとなる。ピンクの髪が目立つ美人。

 自分の家の喫茶店で働いており、メイド服で接客をこなす。


 学校と喫茶店では、雰囲気がまるで違うのには理由があり……

 

 三人目の主人公。 

 

 ★ 白竹魔樹 しらたけまき


 蓮の隣のクラス。美優は双子の姉弟。


 学校ではとてもクール。喫茶店では男の娘?

 双方を知る蓮にとっては、非常に疑問な人物。


 四人目の主人公

 ★ 染谷龍一 そめやりゅういち


 蓮と同じクラスとなり、前の席という事で付き合い始める。

 わりと積極的。学校ではいつも笑顔で誰にでも優しいが……

 

 五人目の主人公

 ★ 平八 へいはち 


 聖奈専属の運転手。

 黒澤家の秘密を知っており、蓮の親である麗斗(れいと)とは旧知の仲



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