第7話

文字数 1,618文字

[平成五年]

 息子のメガネ事件から二年後、妻から、娘がいじめにあっている、と打ち明けられた。娘は中学三年生になっていた。
 ここ二週間ほど、学校に行くとき元気がないこと。先週はお腹がいたと言って二日休んだ。その後も朝お腹が痛いので行きたくないと言っていた。問いただすと、泣きながら、今までよく遊んでいた三人の友達がいじめていると応えた。小さいころから弱々しい娘だった。でも話してくれてよかった。親として、解決してやらなければいけない。僕は娘と妻がコミニケションをとれるいい環境であることを幸いだと思った。
 僕は担任の先生に相談するよう話した。妻は、学校の担任に相談した。応えは「仲良くやっているように見えますが、一応様子を観察してみましょう」と、いたってのんきだ。当事者の不安を分かっていない。放っておいて不登校にでもなったらどうするんだ。僕は憤った。
 二日後の夜、娘はその友達からの電話を受けていた。そばで聞いていた妻は、「今、三人が集まっていて娘に何かを持ってそこへ来い、と言っているらしい」とおしえてくれた。僕にも困っている様子が見て取れた。妻の話では、今までも使い走りのようなことをやらされていたのだ。このままエスカレートさせるわけにはいかない。。
 僕は意を決して、娘から受話器を取ると、いきなり怒鳴りつけた。
「おまえ達のやっていることはいじめだぞ。そんなことして楽しいか。もう娘には構うな。娘はおまえ達とつき合わなくても何も困ることはない」
 受話器の向こうで息を呑む様子が聞こえた。三人で何か話している様子だが、一人が「なんだい、子供のことに親が口出ししやがって、親ばか。おまえの娘なんて、いつでも傷つけてやるよ」と、ガラの悪い言葉を投げてきた。
「おいっ、おまえは誰だ。今の言葉は脅迫だぞ。娘に何かあったらただではすまさないからな。警察でも学校でも行ってやるぞ。おまえら三人の名前は分かっているのだから。今度、娘に構ったら許さない。甘く考えるなよ」
 言ったあと僕は、自分の顔が紅くなっていくのが判った。動悸も速くなっていただろう。
 受話器を置くと、妻と娘は半ば驚いた顔で僕を見ている。妻はうん、と一人頷き「それでいいのよ、お父さん」と言う。娘は「あたし、明日どうしよう?」と、心配顔に変わった。
「大丈夫だ。おまえのことはお父さんが、ちゃんと守ってやる。もし、また何か言ってきたら相手の親に怒鳴り込んでやるよ。先生にもはっきりと言ってやる。仕事を休んででも守ってやるから心配しなくていいよ」僕は息を静めながら言った。
 いつの間にか息子も来ていた。頼もしそうに僕を見た。
 娘の推測だが、三人が、皆で同じ高校へ進学しよう、と言ったのに対して、娘はレベルの高い別の高校へ進みたいと言ったことからいじめが始まったらしい。そんなのは真の友達ではない。もう相手にすることはない。もっとも、娘は内向的な性格で友達作りも上手くなかった。当初、三人が声をかけてきたのでつき合っていたのだ。むしろ一人で静かにしているのが好きなのだ。
 次の日は一緒に学校について行った。先生とはいい関係でいるに越したことはないが、悪いことをしてもいない娘が理不尽な目にあうことはない。担任と教頭にきっちり話をした。学校側は、いじめを認めたくないと見て取れた。あると困るのは学校なのか。それなら話が早い。このままいじめが増長していくと、相手側の子供にとっても良くない結果になる、と強く善処を求めた。学校は相手の親へも連絡をしてくれた。
 その後三人はおとなしくなった。学校は上手く話してくれたようだ。
 こうなったらなおさら三人と同じ高校へは進めない。意地でも志望校に合格しなければならない。娘は一層勉強に励んでいる。
 今は当然のことのように高校へ進む。行きたい学校を自分の意志で選べ、努力すれば進学出来る。
 このことが当たり前ではなかった生徒が、かなりいた。あの頃は――。
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